生誕パーティー

「……この前、私は秤位遊戯ノブレシラーを教えたよね?」

「えぇ、まぁ……一応一緒にやりましたからね」

「だから今度は応用編……秤位遊戯ノブレシラーの裏に隠された話を教えていくんだよ」


 真剣な瞳でそう語るカルラ。

 ガヤガヤとした喧騒が辺りから聞こえてくるが、サクの耳には想い人の声しか入ってこない。


秤位遊戯ノブレシラーはあくまで余興ゲーム。貴族の遊び一つではあるんだけど、そうじゃない場合もあるんだよ───それが『決闘』ってやつだね」

「ふむふむ」

「『決闘』っていうのは、貴族間で起こった争いごとや決めごとを解決するための勝負。勝った方は相手の要求を呑まなきゃいけないの。それは、天秤に要求が乗せられた時点で絶対遵守されるんだ」


 シャンデリアの光が艶やかな金髪を輝かせる。

 サクの目には金銀財宝よりも綺麗に映った。


「昨今、秤位遊戯ノブレシラーは『決闘』の手段で用いられることが当たり前になってきちゃったの。魔法や剣を向けて怪我を負わせるよりかは、ゲームをして決めた方が平和的に解決できるからね」

「イメージとしては、賭博みたいなものってことですか?」

「その通り。賭博でお金を賭けるように、決闘では相手の要求を賭ける───ポーカーとかルーレットという遊戯ゲームがパーティーで行われる秤位遊戯ノブレシラーに変わったって思った方が分かりやすいかな?」

「ほほう……」


 淡いエメラルド色のドレスが動く度に揺れる。

 カルラの美貌と合わさり、少しの動きだけでも目が追ってしまった。


「それで、どうやったら『決闘』が始まるのか? それは「ほしい」という単語を双方が口にして、相手の投げた手袋を手に取ったら受諾されるんだよ」

「なるほど……」


 カルラの説明を、真面目な顔をして聞くサク。

 そして───


「それでまんまとソフィア様に騙されて『決闘』を受けてしまったんですね」

「そうなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 会場中に、カルラの声が響き渡った。

 突然の大声に、会場にいた他貴族が二人を見るが、代わりにサクが「申し訳ございません」と頭を下げると、再び談笑に戻っていく。


 ───あれからしばらくの月日が流れ。

 現在、ソフィア・カラーが主催する生誕パーティーの会場へとやって来ていた。

 カルラは招待者として、サクはカルラの執事兼同伴者としてだ。

 当主であるロイスももちろん会場に来てはいるのだが、カルラ達とは別行動。当主としてしなければいけないことでもあるのだろう。


 ここはカラー侯爵家が所有する屋敷。パーティー会場は絢爛なシャンデリアに照らされ、一面は赤いカーペットが敷かれている。

 招待を受けた貴族はドレスコードに身を包み、料理や飲み物が並ぶテーブルを囲うように大勢が集まっていた。

 流石は侯爵家ということだろう、集まる貴族の数が凄まじい。


 そんな会場の隅。カルラは長い金髪を下ろし、軽い化粧で素材のよさを引き立たせ、エメラルド色のドレスを着こなし、周囲の目を一身に浴びてしまうほどの姿を見せていた。

 なお、サクは変わらず新調したての燕尾服である。


「知ってるんだったら、普通気がつきません? 妙にあっさりと騙されてましたけど」

「子爵に『決闘』をしようとする貴族なんてほとんどいないもん! いたとしても、私じゃなくて大体当主であるお父さんにするし!」

「んな、馬鹿な」


 燕尾服の襟を直しながら、サクはカルラを可哀想な子を見るような目を向けた。

 話を聞く限り、結構大事な話のはずなのにと思わずにはいられない。


(お嬢って、やっぱり騙されやすいよな)


 ふと、ババ引きの時を思い出してしまう。

 あの時も、サクのことは警戒せずなんの躊躇もなくジョーカー受け取ってしまった。

 それと同じようなことが今回もだ。

 案外どころか、警戒心のなさには頭を抱えてしまう。


「きょ、今日は絶対に勝たなきゃいけないんだよ……主催者のソフィアちゃんが『決闘』をしてきたし、絶対に秤位遊戯ノブレシラーは催されるはずなんだから……ッ!」


 ブツブツと、焦燥を滲ませながら蹲るカルラ。

 令嬢としての姿とは程遠いが、「勝たなければ」という思いがありありと伝わってきた。


「そんなに騎士団に入りたくないんですか? お嬢ぐらいの実力だったら余裕でやっていけるでしょ」


 確かに、貴族の令嬢としての平穏な生活はなくなる。

 しかし、騎士団に入れば金銭面だけでなく武勲を挙げやすくなるという立場に立つこともでき、何よりチェカルディ子爵家とカラー侯爵家との繋がりが深くなる。

 友人であるソフィアとも今まで以上に近くなり、剣が好きで得意なカルラにとっては騎士団という環境はいいはず。サクにとっては悪いような話には聞こえなかった。

 しかし───


「……サクくんは、私と離れ離れになっちゃってもいいの?」


 カルラが、ふと潤んだ瞳をサクに向けた。


「そりゃ、うちの領地が大好きだからっていうのもあるけどさ……寂しかったんだもん、サクくんがいなくて。だから、せっかく戻ってきたのに離れ離れになっちゃうのは……やだ」

「ッ!? お、お嬢……!」


 頬を赤らめ、そっと視線を外すカルラ。

 なんとも可愛いことを言ってくるのか?

 サクは感極まるのと同時に、思わず抱き締めたい衝動に駆られてしまった。


「お嬢……俺と結婚しましょう!」

「唐突!?」

「そんなこと言われたら……もう一生離れたくありません! 健やかなる時も、お風呂に入る時も、いついかなる時も……お嬢の傍にいるために!」

「今、サラッと変態さん発言しなかった!? ねぇ、身の危険を感じたんだけど!? ねぇ!?」


 そういう正直なところが、きっとサクのいいところなのだろう。

 それが分かっているカルラは「仕方ないなぁ」と言って立ち上がり、念を押すようにサクに指を向けた。


「ごほんっ! ま、まぁいいんだよ……とりあえず、今日の秤位遊戯ノブレシラーだけは絶対に勝たなきゃいけないの! 分かった!?」

「承知しております、お嬢。幸せな結婚生活のために!」

「うん、全然分かってくれてない……」


 ガックリと肩を落とすカルラだが、サクは気にせずカルラ膝元を手で払って埃を落とした。

 そういうところは執事らしいサクである。


「それより、これからようやくお嬢に好かれるための秤位遊戯ノブレシラーができるんですね。ちょっと楽しみになってきました」

「今日は我慢だよ、サクくん! サクくんはまだ本当の秤位遊戯ノブレシラーは初めてなんだし、絶対に負けられないもん……私が頑張る時だ!」


 そして、馬鹿な女の子というイメージを払拭するんだ! そんな声を上げながら、カルラは拳を突き上げた。

 しかし、以前のババ引きでより一層カルラのことを大体熟知した執事───不安しか感じられない。

 茶々を入れるのも無粋だと思ったサクは小さく嘆息つき、カルラを促した。


「とりあえず、挨拶周りだけでも先に済ませておきますか」

「そうだね、そうしよっか」


 サクとカルラは会場の隅から中心へと歩き始める。

 まだ主催者ソフィアは現れていない。今のうちに、済ませることは済ませておこう。

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