決闘の受諾

「───そういえば、以前チェカルディ子爵が通行税の減額をお願いしていた記憶がありますね」


 ソフィアが紅茶を味わいながら不意にそのようなことを言い出した。


「……そうなの、サクくん?」

「いや、当主様がカラー侯爵様にそう言っているところは聞いたことがないっすよ。何せ、そっち方面には顔を出したことはありませんからね」

「それもそうだよね~」

「ただまぁ……そう言うだろうなというのは想像がつきます」


 サクの言葉に、カルラは可愛らしく首を傾げる。

 君はここの領主の娘だろうに、と愚痴を溢そうとしたが、サクは「可愛いからいいか!」などと満足そうな笑みを浮かべた。

 そして、分かっていないカルラに説明を始める。


「現在、うちの領地内での経済は赤字が続いています。というのも、我が領地の名産である穀物が他の領地で売りにくくなったからですね」

「え? 不況が続いてるの?」

「そういうわけじゃないです。単純に、穀物は領地で売るよりも他の領地で売る方が儲かりますし、そもそもうちの領地は自給自足が多く、民も少ないためそもそも需要がないのです」


 チェカルディ領の名産とも呼べる穀物は領民のほとんどが簡単に手に入ってしまう。

 何せ、チェカルディ領に住む民のほとんどが農民だからだ。

 であればわざわざ買う必要もないため、領地内での需要は低い。

 他領地に行って売った方が需要も高く、領地で売るよりも遥かに価格が高い。

 しかし―――


「まぁ、いくら他領地の方が売れると言ってもそれまでにかかる税金のせいでプラマイゼロになっちゃってますが」

「サクくん、そこまで言われたら私でも分かるんだよ……つまり、通行税が高いんだね!」


 通行税とは、領地から領地を行き来する際に発生する税金のことである。

 観光や仕事で一人二人が入る際はそれほど税金はかからないが、商人が商品を運ぶ際は人員も荷物も増えるため、通行税は高くなってしまう。

 いくら他領地で売れるからといっても、高い通行税を上回るぐらいの売り上げを残さないと赤字になってしまい、商売をするメリットが消えるのだ。


「おぉ、よくできましたよくできました」

「えへへー……ハッ!」


 頭を撫でられながら褒められたことに満更でもなさそうな顔を浮かべたカルラだが、一瞬で我に戻る。


「前までは赤字になるほどじゃなかったんですけどね。ここ最近、うちも含めて国内の領地全ての通行税が上がったんですよ」

「えーっと……サクくん、その理由は?」

「単純に、直近で他国と戦争があったからですね。被害分を国を挙げて補填したかったんでしょうよ」


 まったく困った話ですね、と。サクは肩を竦めた。

 そして、一通り説明してもらったカルラは納得したような顔を見せた。


「でも、どうしてソフィア様はいきなりそのようなことを?」

「いえ、解決して差し上げようかと思いまして。うちの領地だけでしたら、チェカルディ領からの通行税の減税ぐらいはできますから」

「本当ですかっ!?」


 カルラが間に挟んであるテーブルから身を乗り出して食いつく。

 通行税が安くなれば商人も今までより多く行き来することになる。すると、経済が回り始めるのは言わずもがな。

 領地の民が喜ぶのはカルラにとっても嬉しいこと。食いついてしまうのは仕方がないだろう。

 しかし───


「えぇ、まぁ……タダではありませんが」

「うぅ……そうだよねー」


 世の中、一方的な美味しい話はない。そういう話だ。


「……代わりに、私がソフィア様の騎士団に入れってことですか?」

「お話が早くて助かります」

「うー……! 無理だよぉ……」


 領民のことは助けてあげたい。

 それでも領地からは離れたくない。

 今のところは後者の想いが強いが、それでも少しばかりの板挟みが生まれる。


「私としては減税してんだけどさぁ……」

「ですが、私もソフィアには騎士団に入ってですよ」


 板挟みの気持ちを紛らわすかのように、カルラはソファーを超えてサクに抱き着いた。


「おー、よしよし」

「サクく~ん……」


 本当に仲がよろしいですね、と。ソフィアは二人の様子を見て小さく微笑んだ。


「ですが、私も同じです。友人であるカルラのことは助けてあげたいと思っていますが、私も領地を治める貴族の一人……メリットがないからには、素直に手を差し出すことはできません」


 それもそうだろう。

 交友関係こそあれど、一方的な施しを与えるほどの恩義はチェカルディ家には持ち合わせていないのだから。


「ですので、こうしましょう―――」


(……ん?)


 ソフィアは唐突に懐から一つのを取り出すと、その手袋をテーブルの上へと放り投げた。


(手袋? どうして、このタイミングで手袋を―――)


 唐突に投げられた手袋に、サクは首を傾げてしまう。

 それになんの意味があるのか? つい、探ってしまう。


(そういや、手袋といえば随分昔に貴族の間で『決闘』を意味する風習があったなぁ)


 左手の手袋を相手に投げつけることによって決闘を挑む。それを相手が拾えば、決闘は受諾される。

 だが、随分昔にあった風習で、今となってはもう廃れているものだ。


「あの、ソフィアちゃん……これって、何———」


 カルラがなんの警戒もなく投げられた手袋を拾い上げた。

 すると———


「ふふっ、

「ふぇっ?」


 カルラが拾ったはずの手袋が消え、代わりに一つの天秤が出現した。


「決闘の受諾を確認しました―――参加者、カルラ・チェカルディ及びサク。主催者、ソフィア・カラーとし、参加者は『通行税の減額』、主催者は『カルラ・チェカルディの騎士団への加入』を対価とし、決闘を執り行います」


 黒と白。二つの小さな石がそれぞれの天秤の受け皿に乗せられる。


「決闘は、次に開かれる私の生誕パーティー……そこで行われる秤位遊戯ノブレシラーとさせていただきます。手袋を拾われたのです、異論はありませんね?」


 その光景に、サクは状況が呑み込めず首を傾げるばかり。ソフィアの発言も「何を言っているのか?」という言葉しか出てこない。

 手袋を拾っただけで、なんの話が進んだのか? 廃れたはずの風習を持ち出したりと、いまいちピンとこなかったサク。

 しかし、カルラは———


「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」


 頭を抱えて、大声で叫んでしまった。


「ふふっ、生誕パーティーが楽しみですね……カルラ」


 そして、ソフィアは綺麗な顔立ちには見合わないほどの……獰猛な笑みを浮かべるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る