サクとカルラ
───これはサクという少年が帰ってくる前の話。
『ふふっ、これで全ての駒の消失を確認いたしました。これにて
見上げるような形で鎮座する盤上。
その天辺にはいくつもの巨大なポーン、ビショップ、ナイト、ルーク、クィーンが並んでいる。
そして、唯一……キングだけが座る場所に、一人。
青を基調とした空のごとく深いドレス、美しくもどこかあどけなさが残る顔立ちをする少女が王のごとく座っていた。
ミスリルのような銀髪が靡き、翡翠色の瞳が下に集まる参加者に向けられる。
『また、ソフィア様の勝ちだな』
『えぇ、流石は『才女』と呼ばれるお方ですわね。勝てる気がしませんでしたわ』
『ですが、楽しい余興になりましたな! 相変わらず、ソフィア様が開催するゲームは面白い!』
ドレスコードに身を包んだ参加者が愉快そうに笑う。
敗者だというのに笑みが浮かんでいる。
それはあくまで、今行っていたものこそ余興の一種で、単に遊戯だからだ。
「あーあ、また負けちゃったなぁ」
空が真っ黒に覆われ、足元には淡色に光る線が敷かれている。
パーティー用のドレスに身を包んだカルラ。白を基調とし、宝石のような綺麗な装飾が艶やかな金髪と合わさり、より一層の美しさを放っていた。
「魔法も上手だし、剣もそれなりにこなせる、更には頭がいい。け、剣では負けないんだけどっ……羨ましいなぁ、ソフィア様」
カルラはその顔に悔しさを少し滲ませる。
歯が立たず、いつの間にか勝利条件が満たされ、気がつけばゲームが終わっていたからだ。
「うぅ……馬鹿なのは分かるけど、一回だけでも勝ってみたいんだよ」
自分の頭の悪さに少し落ち込んでしまう。
でも、それ以上に───
「かっこいいなぁ……」
『それでは、皆様引き続きパーティーをお楽しみください』
(……そういう人が私の隣にいてくれたら───)
どれだけ嬉しくて胸が高鳴るだろうか?
カルラの視界が白く染った。
♦♦♦
御者の人に送ってもらいながら、カルラは馬車で自分の屋敷へと戻っていた。
自分の屋敷がある領地と、今回パーティーが開かれたミラー領は遠くもなく近くもなく。
馬を走らせれば一日で辿り着く距離であった。
「……むすー」
馬車から外の街並みを覗くカルラ。
窓に映るその顔は、分かりやすいぐらいに不貞腐れていた。
「挨拶ばっかで疲れるし、
道中、行きつけの街で一泊する必要があるのだが、カルラの頭にはストレス発散しかなかった。
「あー! 私もあんなに頭がよかったらなー!」
カルラには剣の才能しかない。
同世代だけでなく、そこいらの騎士よりもカルラは実力が立つ。
だけど、頭がいいわけでもキレるわけでもない部分が、カルラにとってはコンプレックスだった。
故に、パーティーに行く度、心が傷んでしまうというのは仕方のないこと。
「……サクくんがいれば、サクくんに癒してもらうんだけど」
生憎と、サクという少年は屋敷に戻ったところでいない。
というのも「執事な男になるべく修行してきます!」と言い出し、そのまま他の領地を治める貴族のところへと行ってしまったからだ。
「なんでいなくなっちゃうんだよぉ、サクくん……」
少女の頭には「なんで?」という疑問しかなかった。
カルラに専属執事は必要ない。
というのも、令嬢としての立場も仕事も爵位が低いためそこまで多くはなく、そもそも身の周りのことは自分でなんとかできるからだ。
それは元が平民出身の両親の影響が大きいのかもしれない。
「……そういえば、ここでサクくんを拾ったんだよね」
馬車から覗く街並みを見て、カルラはふと思い出す。
路地裏、一人蹲りボロボロな服を着て何をするわけでもなく時間が過ぎるのを待っていた───あの時のサクの姿を。
『ねぇ、こんなところで何してるの? 君、一人なの?』
『……うっせ。貴族はどっか行ってろ』
『あー、そんなこと言っちゃうんだー! 平民が貴族にそんなこと言っちゃダメなんだよ!』
『だからなんだっつーんだよ。どうせ、俺にはなんにも───』
『罰としてこれから私と遊ぶこと! これは命令なんだよ!』
「サクくん……」
サクという少年は、カルラにとって特別な存在だ。
孤児であり、身寄りがおらず、カルラが拾ってきた少年。
まだ本当に子供と呼ぶべき年齢だった二人はカルラの性格もあってか徐々に打ち解け始めていった。
そして、しばらくもすれば互いに気の置けない相手になっていき、幼なじみであり家族のような存在になった。
(拾った時はぶっきらぼうで失礼な男の子だったんだけど、今のサクくんは全然違うんだよね)
素直で、真っ直ぐで、たまに優しくて頼もしい。
喧嘩をすればカルラが余裕で勝ってしまうが、そうでない部分にカルラは何度も助けられてきた。
異性として見たことはないが、それでも誰よりも信頼していて、誰よりも深い関係で、誰よりも互いを理解していると思っている。
だからこそ、カルラはふと思い出した出会いに寂しさ覚えてしまう。
「……帰ってきても、絶対に歓迎なんてしてやんないんだから」
それは寂しい思いをさせた罰なのか。
カルラはサクが戻ってきても絶対に素っ気ない態度を取ろう───そう決めるのであった。
しかし、その想いとは裏腹に。
サクは帰ってくるなり
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