招かざる系譜

そうざ

Uninvited Genealogy

「いらっしゃいませ~」

 お年を召したご婦人が、ゆっくりとした足取りでカウンターの前にやって来た。満面の笑みを湛え、綺麗な白髪も相俟って上品な印象を与える。

「孫が誕生日でね」

「おめでとうございます」

「ケーキを作って欲しいんです」

 念願だった洋菓子店をオープンしてもう直ぐ一年になる。余り日当たりの良くない裏通りの立地だが、ターミナル駅にも近く、何とかやり繰り出来ている。

「お孫さんのお誕生日はいつですか?」

「九月の九日なんです」

 私は思わず言葉に詰まり、反射的にカレンダーを見てしまった。満開の桜の写真に四月の日付けが並んでいる。

「ご予約は、商品受け渡しの三日前からなんですが……」

「ユウ君と言ってね、今度、小学校に上がったんです」

 耳が遠いのか、ご婦人は笑みを崩さず喋り続ける。

「お誕生日は、九月九日でお間違いありませんか?」

「えぇ、可愛くて仕方ないんです」

 私は、取り敢えず注文を受けるかたちにした。オーソドックスなショートケーキに名前を記すものを提案すると、ご婦人は特に拘りもないらしくすんなりと承諾した。

「宜しくお願いしますね」

 ご婦人はゆっくりとした足取りで出て行った。


「いらっしゃいませ~」

 眉間に皺を寄せた女性が突っ掛けを鳴らしながらそそくさと入って来た。

「すみません、さっきここに老人が来ませんでしたか?」

 直ぐにご婦人の顔が思い浮かんだ。

「はい、来られました」

「その人、私の母だと思うんですけど、何か言ってましたか?」

 私が誕生日ケーキの話を伝えると、娘さんの表情は忽ち曇り、小さな溜め息までいた。

「息子は去年、事故で死んだんです」

 ユウ君の死は、お母さん以上にお祖母さんにとって大きな衝撃だったらしい。事故を境に認知症が進行を始めたのだと言う。

「ケーキの注文はキャンセルでお願いします」

 お母さんは涙声になっていた。


「いらっしゃいませ~」

 挨拶をしながら出入り口の方を見ると、女の子が一人、重そうに開き戸を押していた。直ぐに店内に招き入れたが、後に続く保護者らしき人の姿はなかった。

 同じ目線に屈んで話し掛けようとした時、女の子の顔立ちにはっとした。ご婦人やその娘さんに似ている気がした。

「……貴方のお名前は?」

「ユウ」

 次の言葉に詰まった。偶然、面立ちの似た同名の子が来たのだろうか。でも、ご婦人はユウと呼んでいた。

「貴方のお祖母ちゃんは、髪の毛が真っ白?」

「真っ白だった」

「……?」

「去年、死んじゃった」

 事もなげに言う。

「お母さんは一緒じゃないの?」

「お母さんは嫌い」

「どうして?」

「嘘きだから」

「そうなの?」

「お祖母ちゃんはボケて死んだとか、色んな嘘を吐くんだもん」

 私が呆気に取られている間にも、ユウちゃんは熱心にショーケースを覗いている。

「今日は私の誕生日なの」

「えっ……九月じゃないの?」

「違うよ。このチョコケーキを下さい」

「おうちに誰か居ないの? 迎えに来て貰わないと」

「もう良い」

 ユウちゃんは開き戸を物ともせずに駆け出して行った。


 やっぱり追い掛けた方が良かったかと思案していると、ご婦人がやって来た。

「誕生日にケーキを贈りたいんです」

「ついさっきユウが店に来て、もう出て行きましたけど、お会いになりませんでしたか?」

「あら、どうして孫の名前を知ってるの?」

 ご婦人の視点は定まらない。娘さんが言った通り、孫の性別も判らなくなる程、認知機能に問題があるようだ。

「娘の誕生日にはどんなケーキが良いかしら?」

「娘さん? お孫さんじゃ……?」

「十月十日が誕生日なの。今度、中学に上がるの。やっぱり名前入りのケーキが良いわね」

 私は、さっきのように注文を受ける振りをして済ませた。娘さんというのは、ユウちゃん曰く嘘吐きのお母さんの事だろうか。

「宜しくお願いしますね」


 頭を抱えていると、再び客がやって来た。

「息子を捜しているんですが、見掛けませんでしたか?」

 お母さんの眉間に皺はない。

「息子さん? 娘さんでは?」

 自分の語気がぞんざいになっていると自分でも判った。

「それはそうと、夫の誕生日にケーキでも買って行こうかしら」

「……お名前を入れる場合は三日前から」

「そうだ、それより息子を見付けないと」

 お母さんは身を翻して出て行った。若年性の認知症もあると聞く。子供には唯の嘘きに見えるのかも知れない。


 早目の店仕舞いを決めて立て看板を畳んでいると、不意に男の子が現れた。

「ごめんね、もうお店を閉め――」

 私の声を無視し、男の子は店内に駆け込んだ。

「お祖父ちゃんの誕生日は四月四日です」

「……あれっ?!」

 男の子の面差しはユウちゃんのそれとよく似ていた。

「お祖父ちゃんは双子です」

 孫の一人は死んで、他の二人は名前に『ユウ』が付いて、ご婦人には実娘と継娘と、母方のお祖母ちゃんが父方のお祖母ちゃんに、中学生のお祖父ちゃんは、小学生のご亭主と、若年性嘘吐き白髪ケーキは三日前の誕生日から――。

 男の子がショーケースを指差している。

「それ、二つ下さい」

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