第50話 

 ——結果的には、良かった方なのだろうか。

 特に<ベスティア>が出現したり、澪がブロッサムに変身しなかったことが救いだろう。

「はぁぁ……楽しかった!」

「お、おう……」

「うん、私も楽しかった……ですっ」

 ……まあ、ダブルデートっていうことになっちゃったけど。

 それでも、二人とも楽しかったそうで良かった。

 時間的には午後4時を過ぎたあたり。

「ありがとうございました蓮人さん!」

「うおッ!?」

 モールの出口にて。

 下着屋で買った紙袋を握りながら、こちらに抱き着いてきた。

「澪!何してるの!?」

 それを見たフェアリーが、顔を真っ赤にしながら澪を引き離す。

「別にいいでしょー」

 唇をとんがらせ、そういう澪。

「……と、とにかく、あとは帰宅っていう形でいいな?」

「はい、今日はありがとうございました」

 律儀に一礼して、わざとらしくお尻をフリフリさせながら去っていく。

「はぁ……っ」

 澪の姿が見えなくなると、とんでもなく大きい何かが背中にのしかかるようなくらい、疲れがどっときた。

その場に座り込む。

「お、お疲れ様……でした、蓮人さん」

「ああ……フェアリーも、無理して敬語をやめなくても良かったのに」

「い、いえ、せっかくの思い出作りですから……ね?」

 そう言って、スカートの端をきゅっと掴んだ。

「れ、蓮人さん……最後に、一つお願いしてもいいですか?」

 よろめきながらも立ち上がり、家へ帰ろうと足を一歩出した時、フェアリーがそんなことを言ってきた。

「あの……疲れちゃったんで、おんぶしてください」

「…………はい?」


————


「ふぅ、蓮人さんってば。まさかフェアリーともデートしてたなんて……ま、楽しかったからいいけど」

 紙袋をクルクルと回しながら歩く澪は、小さく息を吐いた。

「もっと、近づかないとね」

 澪は下唇を真っ赤な舌で舐めながらそう言った。

「誰かのものじゃない。——私の、もの」

 スキップしながら適当な鼻歌を口ずさむ。

 一瞬立ち止まり、目を閉じるとすぐさま蓮人の顔が浮かんできた。

 この感情は、恐らく好きになっているという証拠だろう。

 蓮人のことを知って以来、寝ても夢に出てくる。目が覚めても、彼のことが頭にちらつく。

 もっと彼のことが知りたかった。

 趣味、考え、あの人の——味。

「ぃひひ……っ」

 澪はさらに笑みを濃くし、再び歩き出す。

 頭の中で妄想をしていると、次第に身体が熱くなってくる。彼のことがこんなにも好きだなんて、絶対に誰よりも好きなんだ、と。

「……?」

 家がそろそろ見えてくるだろう、というところで。

 澪は、方眉を動かした。

 せっかく気分が良かったのに。耳が、不快な音を拾ってしまったのである。

「…………」

 澪は無言のまま音のする方へ行くと、人気のない路地裏の袋小路にたどり着いた。

「……あれれ、何してるの?」

 そして、静かに言葉を発する。

「……ッ!?」

 澪に声をかけられた少女が、ビックリして肩を震わせ、こちらを向く。

「あんれぇ?ピジー、なんでここに?」

 そこにいたのは、ラフな格好をしたピジーだった。しかも、ズボンには多少の血が付いているのが確認できる。

「み、澪!?あ、あんたこそ、なんでここに!?」

「んー、なーんか嫌な音が聞こえたから来ただけ」

 ピジーの右手には、銃器が握られていた。——ブロッサムでもないのに、どうして。それを、路地裏の奥へ向けていた。

 そして、袋小路の最奥には、小さくうごめいている真っ黒い何かがあった。<ベスティア>だ。その下には、人間らしきものが、赤黒い液体を床に撒き散らしながら倒れていた。

そこで、悟る。ピジーは、ベスティアを殺していたんだと。

「……っ、遅かった」

「みたいだね」

「これで……被害が出始めた」

 ゆっくりと近づき、ベスティアをどける。

「……死んだ」

 この人の命は、もう終わってしまった。

 いくらピジーが早く来ていたとしても、無理だっただろう。

 生きていたとしても、自分の存在が明らかにされてしまう。そうなれば、殺すしか手段がなくなる。

「ふーん、で?これが初めての死者?」

「……ええ」

 残念そうに、ガクリと肩を落とすピジー。

 それを見て、どうとも思わない澪だった。

「ま、私にはなーんの関係もないけど。じゃ、帰るね」

「…………っ、待って」

「なに?」

 この場を去ろうとした澪の手を、ガシッと掴むピジー。

「あなた、ブロッサムとして戦ってきたでしょ?……このことが公になれば、この世界が終わるのよ。だから、助けて」

「……君からそんな言葉が出るなんて思ってもなかったけど」

 ベスティアによって死者が増えれば、この世界は大混乱に陥ってしまう。

 その死者が、蓮人になる可能性だってある。

「どーでもいいし」

 そう言って、ピジーの手を振りほどき路地裏を出ようとする。

「待って!……蓮人だけは、蓮人だけは失いたくないの!だから……だから……」

「…………」

 段々としぼんでいく声。振り向くと、そこには泣き崩れるピジーの姿があった。

 涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら、必死にこちらを呼び止める。

「……いい加減にして」

 そんな顔を、澪は一度も見たことがなかった。

 むしろ、喜怒哀楽の怒以外の感情が無いものだと思っていたのに。

 澪の心がギュッと締め付けられる。

「泣けばいいと思ってんの?……まったく、そんな人じゃなかったのに」

 ゆっくりとピジーに近づき、ガシッと頭を掴む。

「……別にいいけど。ただ、助けるっていうわけじゃないから。私は、あなたとは違うの」

「……ええ。分かってるよ」

 少しほほ笑んだように見えのは気のせいだろうか。


 


 

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