第10話 学校案内

「——で、ここが図書室」

「わぁ、すごい広いね」

「まあ、他の学校に比べればそこそこ広いと思うよ」

 図書室の扉を開けると、少し夕日かがった空が、窓から見える。

 リリーは図書室の中に入ると、物珍しそうに本棚を物色し始めた。

 そして数秒後。

「あ」

 一瞬声が漏れたかと思うと、一冊の本を手に取ったリリー。

「それは?」

「うん。日本に来て、始めて読み始めた本」

 リリーは手にした本を蓮人に渡す。


 『ドット・サバイバー』


「ファンタジー小説……リリーって小説読むんだ?」

「一応、ね」

 リリーはその本を蓮人から取ると、カウンターの方へ移動した。

 少しして、また戻ってきた。どうやら本を借りたようだ。

「じゃあ、案内の続き」

「お、おう」

 図書室から出て廊下を少し歩くとリリーは何を思ったのか、蓮人の左手を軽く握ってきた。

「あ、あのー……リリーさん?」

「?」

 蓮人は歩みを止め、ビックリしてリリーの顔を見る。リリーは、「何かおかしなことした?」と言わんばかりに、頭上に疑問符が浮かんでいた。

「……ま、まあいいか」

 女の子に手を握られるのは、別に嫌な気分にはならない。蓮人は気にせずに廊下を歩いていく。

 突き当りを右に行こうと体の向きを変えると、

「——ん?」

 黒い何かが、勢いよく廊下を通り過ぎたのが見えた。

「……黒?」

 黒い何か―—それは、妖精から聞いていた<ベスティア>ではないか、という考えが一瞬頭をよぎった。

「……まさか、な」

 蓮人としては、妖精たちが言っていた話が全て本当だとは思っていなかった。

 だから、<ベスティア>という得体の知れない怪物が、この学校にいるとは正直思えない。

「どうしたの蓮人くん?」

 リリーには見えていなかったのか、動かなくなった蓮人の顔を軽く突く。

「えっ、ああいや……何でもない」

 あれはただの見間違いだろう。そう自分に言い聞かせ、まだ案内していないところを早めに紹介することにした。


「ありがとう蓮人くん。これで明日から迷わずに済むよ」

「それは良かったよ。実際、ほとんど使わない教室とかもあるんだけど」

「まあ、自分のクラスがどこなのかさえ分かってればいいしね」

 学校案内が終わり、蓮人は校門でリリーと別れ家に帰宅しようと歩き出すと、なぜかリリーも一緒についてきた。

「あれっ、リリーの家ってこっち?」

「そうだよ。あ、蓮人くんも?」

「う、うん」

 まさか帰宅路がリリーと一緒だなんて思いもしなかった。

 蓮人とリリーは横並びで歩いていく。

 特にたわいのない話をしながら歩いていると、

「ん……?」

 不意に、顔を上にやった。

 突然、ぽつん、と頭に冷たいものが垂れてきたような気がしたのだ。

「……うわっ」

「あ……っ」

 うめくように言って、二人は顔をしかめる。

 いつの間にか、空がどんよりと雲に覆われていたのだ。

「もしかして、雨?」

「だね。天気予報では雨とは言ってなかったけど……」

 段々と、ぽつ、ぽつ、と、大粒の雨がアスファルトに染みを作っていく。

「マジかよ……と、とりあえず急ぐぞ!」

「う、うん」

 蓮人はとっさにリリーの手を取り、小走りで家へと急ぐ。

 しかし、雨はどんどん強くなっていくばかりだった。

「あー、もう……っ!」

 制服に染みていく冷たい感触に、蓮人は声を荒げた。

 できるだけ服が濡れないよう、木陰に入ったりと無駄な努力をしつつ、自宅への道を走り数分。

 ついに自宅の前まで辿り着き、大急ぎでドアノブを握って回す。

「は、早く入って!」

「あ、え、うん……っ」

 蓮人は自宅にリリーを入れて、そそくさと玄関の扉を閉める。

「はぁ、はぁ……っ。ちょっと待ってて」

 雨でぐっしょりと濡れた靴と靴下を脱ぎ、小走りで脱衣所へと向かう。

 そして脱衣所の扉を開け、真っ白いタオルを二つ手に取ると、再び玄関へと戻った。

「これ使って」

「あ、ありがと……」

 リリーは少し遠慮がちに蓮人からタオルを受け取ると、頭、体の順に拭いてく。

「えっと……とりあえず風呂使っていいよ」

「そ、そんな、悪いよ……」

「いやいいんだって。こんなずぶ濡れ状態でいたら風邪だって引くし」

「そ、そっか……じゃあ、使うね?」

「うん」

 リリーは少しためらいながらも、靴を脱ぎ脱衣所の方へ歩いて行った。

「はぁ……ったく、よりにもよって雨かよ」

 蓮人は天候に文句を言いつつ、軽く体を拭いてから服を着替えてリビングに向かおう。

 恐らくフェアリーとピジーはリビングにいるはずだ。


 


 








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