第4話 妖精と人間

「食材は買ったし、欲しかった本も手に入った……あとは大丈夫だな」

 日が傾き始めた住宅街の道を、両手にパンパンになっている袋を持ちながら進んでいく。

「……うん、もう大丈夫」

 もう一度、買い忘れ等が無いか確認をした。

 校門で玲華と別れた後、日暮蓮人は近くのショッピングモールにて、食料や欲しかった本などを買っていた。

 お金は基本的に親からもらっているので、そこまで貧困な生活はしていない。逆に、裕福という訳でもないが。

 最低限、自分の娯楽にお金は使えているので、蓮人としてはそれだけでありがたかった。

 そんなことを思いつつ、細い脇道を通りかかったあたりで、

「……なんだ?」

 細い脇道にある空の段ボールが動いた気がする。

 その場で立ち止まり、首だけをそちらにやると。


 ガサガサ…………ガサガサガサガサッ!


 次第に、段ボールやゴミ袋がいろんなところに弾け飛んでいった。

「一体なんなんだ……っ」

 壁に近づき、壁から頭だけを出すような形でうごめいているものに眉をひそめる。


「はぁ……まったく、なんでこんなところに出るのよ……っ」

「しょうがない、でしょ……行き先は、特に言ってなかったんだから」

「私の服が汚れたじゃん……」

「ピジー……そんなことより、このゴミを退かさないと」


 耳を澄ませると、小さいながらも少女二人の声が聞こえた。

 恐らくあのガサガサしている正体は、少女二人だろう。

 と、予想していたとおり二人の少女が、ゴミをよけて表に出てきた。


「ここが人間界なのフェアリー?」

「う、うん。そのはずだけど……」

「……ていうか、なんでこんなに汚いわけ?もうちょっとキレイにしてくれないかな……おかげで、私の服汚れたし」

「いや、私に言われてもなぁ……」


 蓮人はそこから離れるわけでもなく、もう一度眉をひそめてその少女たちを凝視した。

 頭の中を、疑問符がグルグルと回る。

 なぜ二人の少女がゴミの中から出てきたのか、という疑問ではない。

 なぜ、自分はあの二人に、目を奪われたのだろう。

 

「…………なんか、こっち見てるんだけど」


 片方の少女に、自分の存在が気づかれてしまった。

 蓮人は慌てて頭をひっこめる。

「あ……えっと、すいません。ちょっといいですか?」

 すると今度は、優しい声が蓮人の耳に入る。

「ええと……君たちは?」

 もう一度頭だけを壁から出し、少女二人に問いかける。

「まずはこっちに来て話しましょう。ね?」

「……お、おう」

 少女の言う通り、蓮人はゆっくりと壁から出て、細い脇道に入っていく。

「え……ちょっと、どういうこと?」

「だ、だって……この世界の住人だと思うから、一応話をしておかないと」

「…………はぁ」

 

「——私の名前はフェアリー。そしてこっちがピジーです」

「フェアリーとピジー……俺は日暮蓮人。よろしく……?」

「はい、よろしくお願いします」

「…………」

 元気な声と共に、差し出した手を優しく握ったフェアリー。

「ほら、ピジーも挨拶しないと」

「な、なんであんたに指図されなきゃいけないの!?」

「……すいません、この子以外にも頑固なんですよ」

「そ、そうなんだ……」

 ちょっと気が強そうな少女はピジー。フェアリーに比べ、身長は少し高い。

 どちらも端整な顔立ちだが、どちらかというとフェアリーの方が幼顔な感じである。ふわふわな髪はほのかにピンク色。ピジーの方は、青色に近い色。

「そんなジロジロ見て何?」

 ピジーが腕を組みながら、唇をとんがらせてそう言ってきた。

「ああ……ごめん。なんか、この辺の人じゃないよなって思っちゃって」

「たしかにそうですよね。では、簡単に私たちのことについて話しますね」

 フェアリーはそう言うと、一度深呼吸をしてから口を開いた。


「まず私たちは、妖精界という世界からここに来ました。どうやって来たかは長くなるので端折りますが、私たちの敵であるベスティアという黒い怪物が、妖精界を襲ってきたんです」

「私たちじゃどうにもならないから、ここに来たってわけ」

「そ、そうなんだけど……人間の力を借りれば、そのベスティアを倒すことができると思って来たんです」

「うーん……ごめん、もうちょっと詳しく話してくれないか?」

「で、ですよねぇ……でも、時間的に大丈夫なんですか?」

 フェアリーにそう言われ、スマホの画面を開く。

「うわ、もうこんな時間かよ……結構長居しすぎたな」

 スマホの画面には、午後6時と示されていた。

「もし時間的に厳しいのであれば、また別な日にここに来てください」

「え、ちょっとフェアリー。まさか、ここに寝泊まりするってわけ!?」

「し、しょうがないでしょ……泊まる部屋とかあるわけないんだから」

「私は絶対に嫌だからね!こんな汚いところで一日過ごせるわけないし!」

「……あのさ。もしよかったら、俺の家来る?」

「えっ!?」

 蓮人がそんな提案をすると、ピジーの目の色が一気に変わった。

「い、良いんですか……?」

「うん。余ってる部屋があるから、そこ使ってもらえればいいし」

「あ、ありがとうございます。……ほら、ピジーもお礼言って」

「…………あ、りがと」

 頑なに挨拶などをしたくなかったピジーが、初めてお礼を言った瞬間だった。



 


 

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