人形妄想

そうざ

The Puppet Delusion

 この部屋には勝手に動き出す人形があるの、と彼女が虚ろな瞳で呟いたので、私は背筋が寒くなった。勝手に動くという人形に対してではない。彼女の精神状態の方だ。

 彼女の部屋を見回す。

 日本人形や西洋人形からキャラクター物まで、人形であれば何でも彼女のお眼鏡に敵うようだが、所狭しと飾られたその中に曰くあり気な物は見付けられなかった。

 どの人形なのかを尋ねても、何故か特定出来ないという。

 どんなに否定されても、彼女は凝り固まった自らの妄想に完全に支配されていた。掛け替えのない親友がその白い肌から更に血の気を引かせて恐れ戦く様子が不憫で、私は真相を確かめる事を約束した。 


 時計の針が午前零時を回った。

 どの人形も微動だにしない。

 私は欠伸を噛み殺すのに必死だったが、彼女はスカートの裾を堅く握り締めたまま緊張していた。

 携帯電話のバイブが作動する微かな音を聞いた。

 いつの間にか転寝うたたねをしたようだ。

 次の瞬間、或る人形が電子音を発しながら目を点滅させ、イヤイヤをするように全身を揺らし始めた。

 傍らの彼女は戦慄の只中にいたが、私は一気に拍子抜けしてしまった。

 何の事はない。動き出したのは所謂いわゆるハイテク人形だったのだ。

 電磁波に反応して誤作動する事があると説明書にも注意書きがある。携帯電話をチェックすると、迷惑メールが届いていた。受信の瞬間に放出された電磁波が人形を誤作動させただけだ。

 私は事の真相を説明しながら、彼女の気分が落ち着くまでそのブロンドの髪を優しく撫で続けた。


 彼女が今時のハイテク人形の存在を知らないのは無理もない。

 彼女は十九世紀のフランス生まれなのだ。


 やがて彼女の表情が穏やかになったのを確認した私は、棚の上に越し掛けさせ、おやすみなさいのキスをした。

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人形妄想 そうざ @so-za

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