第一章「報われぬ努力と冤罪」

第1話

 朝日の光を反射して剣が光り、フォンッと小気味のいい風切り音が鳴り響く。

 早朝に剣の練習をするのはライトの習慣だ。ライトは一心不乱に剣を振り、しばらして手を休めると、落胆したように少しうつむき、言葉をこぼした。


「...やっぱり遅え。こんなんじゃダメだ」


 ――俺、ライト・スペンサーにとって、剣とは自分の全てだ。

 自分の存在意義も、得意な事も、何もかもが剣にある。


 俺の父親は剣聖だ。小さい頃はそれが誇らしかった。僕のお父さんは剣聖なんだぜと、無邪気に自慢することが出来た。


 でも、俺には父親程の剣の才能は無かったのか。どれだけ剣を振るおうと、手に出来た豆を潰そうと、その後ろ姿すら捉える事は出来なかった。どれだけ努力しても、父親に追いつくどころかその姿を捉える事すら出来なかったのだ。


 その時、あぁ、自分には父親程の才能はないんだな、と悟った。


 その時からだろう。

 自分にとって周りからの期待は、俺に劣等感を押し付けてくるだけのものとなった。

 それでも、期待に応えようと、必死に努力してきたのだ。


 俺の剣は、俺の才能は、父親よりずっと劣っている。

 努力すればする程、自分の才能のなさに辟易とする――――



「...切り替えるか」



 そう言ってネガティブな思考を振り払った。

 考えても仕方のない事だ。


 俺はただひた向きに剣の腕を磨けばいい。


 劣等感を感じるのも、自分の才能に嫌気が差すのも。

 まだ、俺が剣に全ての力を注いでない証明だ。そんなネガティブな思考をする余力すらも剣に捧げなければ。


 そう思って顔を横に振り、使用人から受け取ったタオルで顔を拭く。春ももう終わりに差し掛かっているからか、最近、湿気を感じるようになっていた。


 あ、そういえば。春の終わり頃には剣術大会があったっけ。

 なんとかして結果を出さなかれば。


 ライトはそんなとりとめもないことを考えながら、学園に向かう準備をする。



 〇



 俺が在学しているこの学園の名前は、王立育成学園。


 ここは歴史も、実績も、施設も、優秀な教師もそろっている、我が国...いや、世界最高峰の学園だ。

 ここに入学して二年が経つが、筆記でも剣術でも一番を取れたことはない。

 言い訳かもしれんが、ぶっちゃけ筆記はどうでもいい。別に頭が良い訳でもないし、だからといって剣の鍛錬の時間を勉強に充てるつもりは無い。

 だが、剣術は別だ。自分の全てといっても過言でもない剣には、そこそこ自信があったのだ。だが、それでも1位を取れない。いつだって二番目だ。


 そういえば今日の授業はなんだったかと記憶を掘り起こしていると―――


「...げ、今日アイツと同じ授業かよ」


 俺がいつも2番目な理由であるとある生徒。ソイツと剣術の授業が被っていた。

 またしてもネガティブな感情に支配されかけるが、今日こそは勝ってやると気合いを入れてそれを回避する。


 ともかく、今日は大変な日になりそうだ。




 〇



「おやおやぁ!それでも剣聖の息子ですかぁ!」


 気持ちの悪いしゃべり方をするコイツの名前は、ウィリアム・キャンベル。



「死いぃィねえェ!!」



 ―――対戦中である。


 コイツは俺を嫌っているし、俺はそれ以上にコイツを嫌っている。

 喋り方がキモイとか、昔は仲良かったのに、とか理由は色々あるが...何より気に入らないのが、コイツが俺より強い事だ。


 誰よりも剣に誠実に努力して、模擬戦であろうと相手を殺すつもりで戦ってもこれだ。煽るように戦っているコイツに、俺は完全にあしらわれている。


「クソがああぁ!」

「まだまだですねぇ!」


 俺は全力で剣を振り下ろし、ウィリアムはそれに合わせて剣を振り上げた。上から叩き付ける様に振った剣は、しかしウィリアムの振り上げに押し負ける。

 体格も同程度で、筋力は俺の方が高いのにも関わらず、重力に従って上から振り下ろされたその剣が、重力に逆らって振り上げられた剣に押し負けたのだ。


「はあ!?」


 ―――やっちまった。スキルがあるのを忘れてた...!


「頂きましたよおおぉ!」

「しまっ…ッ!」





 〇





「ハア…」


 溜息。今日で何度目だろうか。


 学園が終わった俺は、友人など居る筈もなくそのまま屋敷に直帰していた。

 今は自室のベッドで仰向けになっている。



 結局、また負けてしまった。


 何となく、ウィリアムに付けられた傷に触れる。


 ...結構痛い。

 刃を潰されたとは言え金属の塊だし、普通に鈍器として使えるのだ、模擬戦用の剣は。それを横っ腹に喰らったのだ、痛いで済んでいるだけマシなのかもしれない。


 まぁ、流石に後遺症が残るような怪我をすればあの魔術陣の使用許可が降りるだろうし、ある意味中途半端な怪我なのだが。


 ―――と、脱線しかけた思考を中断する。


 今はともかく、どうすればウィリアムに勝てるのか考えよう。


 スキルの対策、剣の癖、動き方。それらの分析を始める。俺は筆記テストでは馬鹿だが剣に関する事ならそれなりの知性を発揮するのだ。


 疲労が残る体に鞭打って起き上がり、ライトは敷地内にある庭へ歩き出す。


 今はまだ5時くらいだろうか。晩飯と風呂以外にやる事はないから...4時間は剣を振れる。少し気合いを入れよう。




 〇




「フッ...!」



 剣を振る。


 目の前にウィリアムの姿を映し出す。


 立ち姿、剣の癖、基本的な動き方。何度も戦ったウィリアムの姿は、そこに居なくとも戦える程に目に刷り込まれていた。

 所謂シャドーというヤツだ。


 出来るだけ忠実に、実際のウィリアムを頭に思い浮かべながらウィリアムの幻を作り出す。


『おやおやぁ!そこまでして私に勝ちたいのですかぁ?』


 ...いや、ここまで忠実に再現しなくていいから。思ったより大分ありありと想像してしまった。幻視ならまだしも、幻聴まで覚えてどうする。



 少しだけウィリアムの幻の精度を下げた。



 ともかく、今は基本は今日の戦闘の振り返りをしよう。

 何がダメだったのか、何をすればよかったのか、それを考えながらウィリアムの影と剣を切り結ぶ。



 ...だが、やはりダメだ。


 応用的な部分で「こうすれば良かったのか?」と思う部分はあれど、基本的な立ち回りや剣の振り方では何のミスもしていない。


 地力が、違うのだ。


 スキルを持つアイツと俺では、やはり技術的な部分では埋められない程の差がある。

 それでも何か打開策はないかと必死に頭を回しながら戦うが、それでも今日の戦いの繰り返しの様な物になってしまう。


 で、結果はと言うと。



「ハア...ハァ...チッ」



 やはり俺は負けた。


 怪我を負った場所を、再びウィリアムの剣が打ち付けのだ。

 実体はないはずなのに、何故か痛かった。


 地面に倒れ込みながら、ライトは何がダメだったのか再び考える。



 だが、今回のシャドーでもミスは犯さなかったし、今日の戦いよりも善戦は出来た。

 ―――つまるところ、自分が出しうる全力でも、アイツには敵わないという事だ。


 それは、俺には何か根本的な強化が必要という事を意味している。


 このまま愚直に剣を振っていても、アイツに勝てるビジョンが思い浮かばない。

 技術ではなく、力が必要だ。




 ...とは言え、このまま地面で寝る訳にはいかない。


「げっ」


 とりあえず、汗を拭いてから風呂に入ろう。

 だが、そう思って立ち上がり顔を上げた先には―――



「げっ、とは何だ。俺はお前の父親だぞ」



 ――父親が居た。




 ―――――――――――――――――――――

 ※2023年9月15日 修正

 ※2024年1月23日 再び修正

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