愚者の証

宰原アレフ@NIT所属

第一章「罪」

プロローグ


男は罪人である。

数え切る事など到底出来はしないであろう程の罪。それも、一つ一つが贖う事の出来ない程の罪を犯した、大罪人である。


男は、小さな丘の上で立ち尽くしている。

その男の風貌を一言で表すのなら「怪しい」の一言に尽きるだろう。

大きく弧を描いたデザインの口に、穴が開いただけの目。安っぽく、それでいて長い時を共にしたような独特な雰囲気を纏う仮面を付けている。

そしてそんな不気味な仮面の奥から、どこか諦念を漂わせる虚ろな目で大きな屋敷を見つめていた。


そして、その男は、しばらくするとその屋敷へ歩き出す。


やはりというべきか、男の歩き方は不気味で、気味が悪いものだった。全身で不審者感を表現しているその男は、しかし何故か門番に止められる事はなかった。


まるで男が透明人間か何かのように、門番は何のリアクションもせず、ただ眠そうにあくびをしている。

男はそのように屋敷の兵士や使用人を素通りしながら進み、やがて一つの扉の前で立ち止まる。少しためらった後、男は部屋に入った。


そこは寝室だった。屋敷に見合わず質素な内装が施されており、部屋の主が実質堅剛な性格が見て取れた。そして、そんな質素なベッドの上では一人の少年が呑気に寝息を立てている。





――――その男は、何度も死にたい、と思った。


世界とは、なんて残酷なんだろう。と何度も思った。

もうこんな事は辞めてしまいたい、と、何度も思った。

けれど、その度に自分が殺した彼らが、怨念となり、しかし実態を持っているかのように重く自分にのしかかる。逃げるなと、やり遂げろと、声をかけてくる。激励ともとれるその声は、呪いの言葉として自分に降りかかる。


自分が犯してきた罪が、自分を苦しめてくるのだ。


いま、ここでコイツを殺せば、こんなに苦しまずに済むんだろうか。解放されるのだろうか。嘆き苦しみ、後悔と絶望に塗りたくられる運命から。


でも、どうせ出来ない。そんなことが出来たら、今、自分はこんなに苦悩しなくて済んだはずだ。だから、殺せない。だから、せめて、言葉だけでも。そう思って、男は口を開く。



―――いつか、お前に罰が齎されるように





罪人は、ひとり夜空の下で嗤う。

その笑い声は、やはり虚ろで、不気味だった。

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