愚者の証

宰原アレフ@NIT所属

第一部「罪」

プロローグ、或いはエピローグ



 男は大罪人である。

 

 歴史に名を刻んだ希代の大悪党、その罪は数知れず。


 今夜は綺麗な星空であった。静かで美しき神秘的な月星は、全くもって男には不相応な優しい光を注いでいる。


 そして男は知っていた。己が犯した罪の数、星々のそれをも上回ると。

 そして、これからも増えていくと。


 男は小さな丘の上で立ち尽くしていた。

 その男の風貌を一言で表すのなら「怪しい」の一言に尽きるだろう。

 大きく弧を描いたデザインの口に、穴が開いただけの目。安っぽく、それでいて長い時を共にしたような独特な雰囲気を纏う仮面を付けている。

 そしてそんな不気味な仮面の奥から、どこか諦念を漂わせる虚ろな目で大きな屋敷を眺めていた。


 しばらくすると男は歩き出す。

 フラフラ、ふらふらと。曇りに曇った目に宿るは光なき光。妖しく悍ましい男が夜空の下を歩く様は、到底生者とは思えないものであった。


 なれば何か。

 亡霊か、幽鬼か。どちらも正しく、どちらも間違いであろう。

 男は只の愚かな大罪人である――いや、それすらも間違っている。


 矛盾し相反する概念を抱えた男を正確に表すには、言葉と言うのは余りにも力不足であった。


 そうして歩く。

 丘を下り、街に入り、屋敷の前まで歩く。


 屋敷には無論門番も居た。男を見ればその職務を果たそうとするだろう。少なくとも、屋敷へ通してやる見た目をしていないのだから。


 門番は口を開く。しかし、そこから零れたのは誰何の声ではなく欠伸であった。

 男はやはり亡霊なのやもしれぬ。

 誰からも見られることなく屋敷へと入り、兵士や使用人を素通りしながら進み、やがて一つの扉の前で立ち止まる。少しためらった後、男は部屋に入った。


 そこは寝室だった。屋敷に見合わず質素な内装が施されており、部屋の主が実質堅剛な性格が見て取れた。

 そんな質素なベッドの上では一人の少年が呑気に寝息を立てている。茶髪でやや筋肉質。何の変哲もないという事は無いが、まぁ普通の少年だ。


 ...今の所、と枕詞が付くが。



 ――――その男は、何度も死にたい、と思った。


 何度も思った。世界とは、なんて残酷なんだろう。

 何度も思った。もうこんな事は辞めてしまいたいと。

 けれど、その度に自分が殺した彼らが、怨念となり、しかし実態を持っているかのように重く自分にのしかかる。逃げるなと、やり遂げろと、声をかけてくる。激励ともとれるその声は、呪いの言葉として自分に降りかかる。


 自分が犯してきた罪が、自分を苦しめてくるのだ。

 それが罰なのだろうか?否。罰にしては少なすぎる。


 今ここでコイツを殺せば、こんなに苦しまずに済むんだろうか。解放されるのだろうか。嘆き苦しみ、後悔と絶望に塗りたくられる運命から。


 しかし、男にとって願望とは叶わぬ夢の事であった。様々な願いを抱き、想いを掛け、夢をみた。しかしそのどれもが叶わなかった。或いは叶ったと思った矢先に、願望など抱かなければと後悔した。


 故にこそ分かる、この愚かしい少年への殺意は叶わぬと。


「喜べ少年、お前の願いは叶うぞ」






 罪は罪也て、罰は重ねる罪故に。


 男は神を信じぬが、さりとて願わずには居られない。

 あの世という物があればと、そう願わずには。


 どうか、僕に殺された罪なき人々に報いを。

 どうか、罪なき人々を殺した僕に報いをと。



 大罪人は一人、夜空の下で嗤う。

 男はどうしようもなく愚者で、罪深かった


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