第三話 ヘール(回復)

「――おい、なんだか顔色悪い気すんだけんど? 具合悪いんでねぇが?」

「いえいえ、全然そんなことは……朝食美味しかったです、ごちそうさまでした……」

「無理言わなくていい。今度からお前の口さ合うように作るはんで、堪忍してけろや」

 事あるごとに謝ってくるオーリンには申し訳ないが、塩気が凄すぎてまだ舌が塩漬けになっているかのようだ。まさかあんな塩辛いものを平然と食べる文化がこの大陸にあったとは驚きだ。アオモリの人々は高血圧で体調悪くしたりしないんだろうか……などと考えながら、レジーナとオーリンは通称【ギルド通り】と呼ばれる王都西区の道を歩いていた。

 ここはイーストウィンドのような巨大ギルドが居を構える王都の一等地とは違い、飲食ギルドだの賞金稼ぎギルドだの、中小規模の各種ギルドの建物が軒を連ねている地域だ。イーストウィンドに半年間しか在籍しなかったレジーナは知らなかったのだが、冒険者クランはこの通りにあるらしい。

「しかし、朝から凄い人出ですね……」

「んだな。こらほど賑やがな土地は王都でも他にねぇな」

 オーリンは目を丸くしながら威勢よく声を張り上げる飲食店の店員を見て、そして一息にズーズー言った。


「王都でばまんず人のいるもだね……アオモリだばこしたにふといるのばねぶたのどきだけだね。もすわのけやぐばつれこごらしぱて歩げば、なぼしゃしねどごだえってえづらどでんぶちまげるべな。ややや、まんずかみだばふとぎゃりでもきてみねばわがんねもだなーまんずなーまんずッ」

【王都というところは凄く人がいるものだな。アオモリであればこんなに人たちが出てくるのは祭りの時だけだろう。もし私の友達を連れてここらを紹介して歩くとなれば、なんて騒がしいところだろうとあいつらは大変驚くだろうな。やれやれ、やっぱり王都へは一回でも来てみなければならないものだなぁ本当に本当に】


 大丈夫だろうか――レジーナは強烈なアオモリ訛りを聞きながら不安に駆られた。

 ただでさえ「何を言ってるのかわからない」と言われてギルドをクビになったオーリンである。クランから仕事を回してもらう限り完全にソロの仕事ということは考えにくく、もしかすれば他の冒険者とパーティを組んで仕事をすることになるかもしれない。

 その時、いくらこの人は無詠唱魔法の使い手なんですとレジーナが太鼓判を捺したとしても、この喋りを聞いた時点で普通の人なら呆気にとられ、意思疎通が難しい人とクエストはちょっと……などと難色を示されるに違いない。

 本当に大丈夫なんだろうか、ちゃんとしたクエストを回してもらえるだろうか……先行きの不安からレジーナがため息をついた、その時だった。

 どこかから悲鳴が聞こえ、レジーナはギルド通りの奥の方を見た。

「なんだや――?」

 オーリンも顔を上げたその時、今まで買い物を楽しんでいた人垣がざっと割れ、その向こうからボロボロになった人たちが数人、足を引きずってやってきた。

 遠目から見ても半死半生の有様の人たちは、ううう、と呻き声を上げ、生ける屍のような足取りでギルド通りを歩いてくる。そのうちの一人、最も出血の激しい男が、ギルド通りの人混みの中に崩れ落ちた。

「レズーナ、行こう!」

 オーリンの声に、レジーナも頷いて駆け出した。

 とりあえず軽症の者から順次石畳の上に寝かせたレジーナは、血と泥に塗れたその体を見下ろした。

「う――あなたは……?」

「喋ってはダメ、私は回復術士です。あなたを治療させてください。――もし、そこのおじさん」

 レジーナに言われて、口ひげが豊かな屋台の親爺がびくっと震えた。

「とりあえず今この場で応急処置だけはしますが、すぐに然るべき治療を受けなければなりません。衛兵に連絡をお願いできますか?」

「あっ、ああ……わかった。ちょっと待っててくれ!」

 親爺はエプロンを脱ぎ捨てると、人混みをどやしつけながらどこかへ駆けてゆく。後は衛兵が担架を持ってくるまでに持ちこたえさせるのが回復術士の仕事だ。

 レジーナは素早く首に手を回し、首にかかっていた十字架のロザリオを手に持った。備え付けのボタンを押すと、パチン、という音とともに、柄に格納されていた鋭利なナイフが現れた。

 かつて神の御業を以て数多の奇跡を起こし、人を癒やしたという預言者――その預言者の加護が込められたこの十字架ナイフは、回復術士として三年の修行を終えた時に師匠から与えられたものだ。回復術士はこれで患者の汚れた服を切り裂き、包帯を切り、必要とあらば簡単な手術までをこなす。もちろん、いよいよの時は武器ともなるこの刃渡り十五センチほどのナイフは、何はなくともこれだけは肌身離すなと言われる回復術士の象徴だった。

 三年の下積みの間に身に付けたことを、身体が覚えていた。脈を取り、瞼の裏の血色を確かめてから、レジーナは手早く血だらけの服を切り裂いていった。

 この傷は――レジーナは手早く怪我人を観察した。この傷はただの傷ではなく、どう考えても何か猛獣の爪にやられた傷だ。致命傷になっていないのが不思議なほど、傷は深く、全身につけられていて、そのどれもが、まだ出血が止まっていない。

 これは一刻も早く処置しないと危険だ――そう考えていた時、傍らにオーリンがしゃがみ込んだ。

「レズーナ、お前は回復術士であったな? 傷ば治せるが?」

「わかりません……とにかく、この人は一刻も早く治療しないと……!」

 上半身の服をあらかた切り裂いたところでレジーナの手が止まった。

 腹部に走った一番深い傷――レジーナはその傷の深さに息を呑んだ。

 傷口から一部露出しているこのピンク色のもの、これは小腸だろうか――? 確実に内臓まで達しているだろう爪撃による傷からはどくどくと血が噴き出し、刻一刻と怪我人の命を削っていて、どこからどう手を付けたらいいのか、一瞬頭が真っ白になる。

 これを治せというのか――レジーナは戦慄に震えた。こんな傷、根本的に医者がなんとかするべき傷で、患者の治癒力を増幅するのが基本の回復魔法でなんとかなるものではない。

 どうしよう、どうしよう――! 焦るレジーナに、オーリンが低い声で言った。

「慌てるな、レズーナ。なぁに、お前だばきっど助けらえる」

 落ち着いて、言い聞かせるようなオーリンの声に、ぐっとレジーナは奥歯を食いしばった。

「悩むな、なも心配することねぇ、俺がついでるはんで、な?」

 俺がついている――なんだか、その時はとても心強い一言に聞こえた。

 すう、と息を吸い、回復術士としての覚悟を決めたレジーナは、小声で詠唱をしながら、怪我人の傷の間にゆっくりと右手を差し込んだ。

「ぐあああ……!」

 その想像を絶するだろう痛みに、怪我人が振り絞るような苦悶の声を上げて身体を捩った。

「先輩、押さえて!」

 目を閉じたまま指示を飛ばすと、すぐさまオーリンが動く気配が伝わる。

 集中したまま、あらかた詠唱を終えたレジーナは、内臓に複数あるだろう出血点を脳内にイメージして――鋭く詠唱した。

「【回復ヒール】ッ!」

 途端に、自分の掌から温かなものが流れ、怪我人の体内に、細胞のひとつひとつに浸透してゆく感触が伝わった。

 どくどくと血を流していた傷がゆっくりと塞がり――あらかた塞がったのを脳内の魔法感知野に確認してから、レジーナはゆっくりと右手を傷口から引き抜いた。

 ほう、と、怪我人の顔が穏やかになり、呼吸も深く、安定してきた。とりあえず、窮地は脱したと言っていいだろう。

 詰めていた息を吐き出し、荒い息をついたレジーナはハッキリと言った。

「なんとか血は止められたようです――後は医師の到着を待ちましょう」

「よしよし、できたでねぇが。ご苦労だった」

 オーリンがふっと微笑み、そこでレジーナもやっと笑顔を浮かべることができた。

 そう、なりたい自分になる。才能のあるなしなんて関係がない。

 人の傷を癒やし、命を助ける回復術士に、自分だってなれる――。

 ようやくその第一歩が踏み出せたことに、レジーナはやっと達成感らしいものを味わうことができた。

「おい、回復術士さん! 終わったらこっちも頼むぜ!」

 不意に背中から大声を浴びせられ、レジーナは振り返った。そうだ、まだ怪我人はいるんだった――そう思って立ち上がった途端、膝から力が抜け、あ、とレジーナはその場に頽れた。オーリンが驚いたようにレジーナの肩に手を置いた。

「わい、どうした!?」

「ちょ、ちょっと初っ端から魔力を使いすぎました――困ったな、想像以上に深い傷だったから……」

 レジーナは緊張とは違う意味で滲んできた脂汗を右手で拭った。くそ、三年も下積みしたというのに、どうにも魔力量だけは思うように増えてくれない。レジーナは悔しさに拳を握り締めながらも、なんとか立ち上がろうとする。

「わい、ダメだ! 魔力ば使いすぎて身体ば壊すど!」

「そんなこと気にしてられませんよ……! 衛兵が駆けつけるまで私が頑張らないと――!」

「そんなことを言っても――!」

 オーリンがそこまで言いかけた時だった。オーリンがはっと何かを思いついた表情を浮かべ、レジーナの顔を見つめながら言った。

「そうだ、レズーナ。お前さば【通訳】のスキルがあるんでねな?」

 突然の言葉に、レジーナは訝しがりながら頷いた。

「え、えぇ、ありますけど……」

「よし、それでは、俺さ回復術の詠唱ば【通訳】せ」

 え? とレジーナはぎょっとオーリンの目を見つめた。

「つ、【通訳】って……詠唱をそのままに、ですか?」

「んだ。俺ば回復魔法ば使えねぇ。ほでも、お前が俺さ回復魔法の詠唱ば【通訳】せば、俺でも回復魔法は使えるがもわがんねぇ。まぁ、付け焼き刃だども――今だばそれすかねぇ」

 そんなことが――できるものだろうか。レジーナは一瞬、言われたことの意味を素早く考えた。

 確かに、オーリンのスキルは攻撃・防御の魔法を専門とする【魔導師】、そして昨日の晩には闇の禁呪魔法さえ使ってみせたのだから、間違いなくレジーナよりも魔力量が豊富であるのは間違いない。

 だが、魔法というものは得てして専門性が高く、単に詠唱を暗記したぐらいでは使うことはできない。それぞれ系統の違う魔法までを広く使える魔導師は少ない。流石のオーリンといえども、これほどの大怪我を癒やす回復魔法には詳しくないようだ。

 だが、【通訳】のスキルさえあれば――レジーナが心得た魔法の詠唱を他の術者が【通訳】することで、オーリンにレジーナと同等の、いやそれ以上の回復術を使うことが可能かもしれない。それは【通訳】のスキルを持っているレジーナにならできる、レジーナにしかできない、一種の離れ業であると言えた。

 これに賭けるしかない――回復術士としてそう結論したレジーナは「わかりました」と頷いた。

 レジーナの肩に腕を回し、「よし」とオーリンが身体を支えてくれる。

 倒れ伏した怪我人の側にしゃがみ込み、しばらく怪我人の様子を見た。先程の人ほどではないが、こちらもかなりの出血があるようだ。

 オーリンに目配せすると、オーリンが無言で頷いた。

 レジーナはしばらく、回復術の詠唱、そして今まで聞いたアオモリの訛りとを脳内に思い描き――そして、レジーナは【通訳】した。


【吹き渡れや癒やしの風、潤さんや万里の川、我がただむきに依りて那由多の傷も癒やせと命ず】――。

「フケデバエヤスノカジェ、ウルガセタンゲダカワ、ワノウデコサタモジガテキズデバハーナモカモエヤセズコド――!」


 一瞬、自分の口から出てくる言葉が信じられなかった。

 いくら【通訳】しているからといって、この慣れ親しんだ回復魔法の詠唱がこんなにも滅茶苦茶になるものなのか――!? 目を白黒させてアオモリ語にローカライズされた回復魔法の詠唱が口から出たと思った瞬間、オーリンが大きく頷いた。

「なるほどわがった、いくど――!」

 オーリンが怪我人に対して両手を差し出し、大声で宣言した。


「【回復ヘール】ッ!」


 オーリンが詠唱した途端だった。レジーナの回復魔法とは違う、青い雷撃が迸り、物凄い光を放ったと思った瞬間――バチッ! という鋭い音が鼓膜をつんざき、レジーナはうわっと顔を背けた。

 今のは一体、まさか失敗したのか――!? 慌ててレジーナが怪我人に這い寄ると、ふーっ、とオーリンが細い息を吐いた。

「成功だ――傷ば塞がったべ」

 そう言われて、うぇぇ!? とレジーナは怪我人を覗き込んだ。

 確かにオーリンの言った通り、怪我人はぎょっとしたような表情でオーリンを見上げ、それから呆然と自分の身体を確かめるように両手で触った。

「え、え――!? 俺、どうしたんだ――!?」

「えっ、えぇ……!?」

 レジーナは怪我人とオーリンの顔とに視線を往復させた。

「ちょ、ちょっとこれどういうことですか先輩!? いくら魔力量が段違いでも、回復魔法でこんな傷が綺麗に塞がっちゃうなんてことは……!」

「俺にもわがんねぇよ。とにかくまんず、良がった、ってことだべな」

「そ、そりゃそうですけど、えぇ……!?」

 さっきまで虫の息だったのに、傷を手当された怪我人は今やすっかり血色も良くなり、引き裂かれ、血塗れになった服以外はほぼ無傷と言っていいような状態に回復していた。

 思いつきの付け焼き刃だと言っていたのに、自分より何倍も治療が上手くできてる――有り得ない光景にレジーナが絶句していると、オーリンがどさりと地面に尻餅をついた。

「やれやれ、上手ぐいったはんで良がったでぁ。額さ物凄く汗掻ぇだで」

 流石のオーリンも緊張していたらしく、ローブの袖で額をごしごしと拭っている。とりあえず、これで怪我人は二人とも助けることができたらしい――その気持ちが徐々に湧いてきて、レジーナもようやくその場にへたり込んだ。

「あ、あの、回復術士さんとあんた……ありがとう、あんたたち二人が俺を助けてくれたんだよな?」

 その声に、レジーナはその場に寝転んだままの男を見た。服装や装備を見て、ひと目でわかる。この男は冒険者だ。

「なに、礼だっきゃいらねね。それより、お前、何があったんずな? 何故こすたら傷ばつけらえだ? 何ど出遭ったんずな?」

 オーリンが冴えた表情で冴えたことを冴えない訛りで問い質すと、男の顔に一瞬「?」が浮かんだ。あ、そういえば普通の人には何を言ってるかわからないんだっけ、と気がついたレジーナは、慌てて【通訳】した。

「お礼ならいりませんよ、それより、一体何がありました? どうしてこんな大怪我を負ったんですか?」

 レジーナがオーリンの言葉を【通訳】すると、男はがばっと上半身を起こした。

「そ、そうだった! 忘れてた……フェンリルだ! 巨大なフェンリルが王都に向かってきてるんだ! 急いで避難を始めないと大変なことになるぞ!」

 フェンリルだと? レジーナは思わずオーリンと顔を見合わせた。オーリンも不審そうに眉間に皺を寄せ、しばらく何かを逡巡した後、再び男を見た。

「その……ふぇ、ふぇ……ヘンリルはどこにいるんだ?」

「そのフェンリルは今どこに?」

「王都から五キロほど北に行った村だ……俺たちは【白狼】と呼んでる、ついこの間から王都周辺をうろつき始めた、とびきりデカい賞金首のフェンリルだ」

 賞金首。冒険者の男はそのフェンリルを討伐しようとしていたらしい。

 そして、返り討ちに遭った。しかもこんなにボロボロになるほどに、手酷く。

「俺たちが甘かった……まさかあんなにデカいフェンリル、この世にいるわけがねぇと思ってたんだよ。満足な攻撃もできないうちにあっという間に全員がノされた。そのうちアイツは北の村に向かって走り始めた。俺たちだけじゃもうどうにもならなくなって助けを呼びに行こうと……」

 そして、このザマ――がっくりと項垂れたままその先を言い淀んだ男に、オーリンは「なも言わなくていい」と優しい声で言った。

「それにしてもフェンリルなんて……今までそんな魔獣が王都に接近したことなんかないのに……」

「確がに、少しおがずな話だな……」

 オーリンも顎に手を添えて不審そうな表情を浮かべる。フェンリルとは巨大な狼型の魔獣で、性質は凶暴ではあるものの、その生息地域は広大な森や草原に限られ、王都のような人間世界の中心部までやってくることは滅多にない。

 ましてや今治療した傷は――如何に大型の魔獣とはいえ、たかだか牛程度の大きさのフェンリルであるのに、その爪痕はまるで恐竜に切り裂かれたかのような巨大さだった。どうやら、今暴れ回っているフェンリルは、フェンリルとしては異常とも言えるほどの、特大の個体であるらしい。

 その時、オーリンが何かに気づいたような表情で冒険者の男を見た。

「そんだ、なぁお前よ。そのふぇ、ふぇ――ヘンリルは賞金首だって喋ったな?」

 男は大きく頷き、懐をまさぐり始めた。しばらくして、血でべっとりと汚れた一枚の紙切れを取り出した男は、石畳の上に広げた。手配書には【要討伐】の文字とともに、一頭のフェンリルの姿が描かれている。


「あぁ、【白狼】――ヤツに掛けられてる賞金は三百八十万ダラコだ。王都周辺に出る魔物でこれほどの大物は滅多にいねぇぞ」


「三百八十万!?」

 レジーナは素っ頓狂な声を上げてオーリンを見つめた。オーリンも興奮した表情でその手配書を食い入るように見つめている。

「ちょ、ちょちょ、先輩! このフェンリルを討伐できたら――!」

「ああ――! なもかもいっぺんに片付くべ。事務所借りで仲間コ雇って武器コも買って、ほいでもお釣りが来るべ!」

「は、はぁ――!? アンタたち、自分たちだけで【白狼】を討伐するつもりか!?」

 突如色めき立ったオーリンとレジーナを見て、冒険者の男が仰天した表情で二人を見つめた。

「い、今の話聞いてたのかよ!? 俺たち冒険者が束になっても倒すどころか全員返り討ちに遭ったんだぞ! 無茶はやめとけ、お前ら自殺志願者かよ!」

「いいえ、自殺志願なんかしませんよ。むしろ大いなる未来と希望に向かって走ってる最中なんです。三百八十万ダラコは私たちがガッポリいただきますとも」

「何をわけわかんないこと言ってんだ! とにかくこれは冒険者程度でどうこうなる問題じゃねぇ! 王国軍にこれこれこういうことなのでって陳情して、それからフル武装の討伐隊の組織を依頼してだな……!」

「まぁまぁ、詳すぃごどはわがった。とにがく、よぐ頑張ってぐれだな。後のごとば俺だちさ任せでゆっくりど休んでけへ」

「まぁまぁ、じゃねぇよ! オイ周りも止めてくれ! こいつらやる気だぞ! 止めろってオイ!」

 冒険者が喚くうちに、《ギルド通り》の人々をどやどやと押しのけながら衛兵隊がやってきた。重傷の冒険者、そしてやめろやめろと喚き散らす冒険者は、委細構わぬ衛兵隊によって半ば拉致されるように担架に乗せられ、救護所へと運ばれていった。

 その様を見ながら、レジーナは一・五倍は背が高いオーリンの顔を見上げた。

「先輩……!」

「ああ、わがってる。ヘンリルとなれば、これは衛兵隊でなんどかなる相手でばないだろう。それに三百八十万ダラコだ。こいで一発大逆転だの」

「行きますよね、当然!?」

「もぢろんさ。――さぁ、そうど決まれば覚悟ばええが。少し乱暴な手段で行くど」

「へ?」

 乱暴な手段……? まさか馬にでも乗っていくのか、と思った途端、レジーナの右手をぐっとオーリンが掴んだ。

「わわ、せ、先輩……!?」

「黙っででけろ。今ヘンリルの生命力ば探知すてるはで」

 そう言うオーリンは瞑目し、何かに意識を集中させるように沈黙して数秒。カッ、と目を見開いたオーリンは「見つけだど」と低く言った。

「よし、そこまで瞬間移動ばするべし」

「はい?」

「瞬間移動だ、瞬間移動。何、最初は少し頭ばぐらぐらするなるども、すぐによぐなるはでんな。よし、準備ばいいが」

 瞬間移動って――!? レジーナはアッサリそう言ってのけたオーリンの横顔を凝視した。空間に穴を開け、亜空間を瞬時にして移動する瞬間移動――それはよほど高位の魔導師でなければ扱えない、時空の法則をも無視する超高難度の魔法だ。

 そりゃまぁ、禁呪魔法まで平然と使いこなすオーリンにしてみれば、時空操作程度はできて当たり前の芸当なのかもしれないが……瞬間移動など体験したことがないレジーナは盛大に慌てた。

「ちょ、ちょっと待って! 先輩、心の準備がまだ――!」

 そこまで言いかけた時、それに押し被せるようにオーリンが叫んだ。

「【瞬間移動ビリビリ・ド】ッ!」

 その瞬間、レジーナが見ていた目の前の景色が、一瞬にして闇に呑み込まれた。

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じょっぱれアオモリの星 おらこんな都会いやだ 佐々木 鏡石/角川スニーカー文庫 @sneaker

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