第31話『ネクストゲーム』


「将……ちゃん。正気……保っているかい?」


「――――――――あら?」


 長い……長い夢を見ていた気がするわ。

 私は……あら?


「ぐっ――。私は……一体――」


「ちょぉぉぉぉぉぉ!? 将ちゃんってば思いっきりルスリア様に毒されてるじゃないかぁ!? 頑張るんだ将ちゃん! 将ちゃんはルスリア様の濃い人生に人格を潰されるような薄っぺらい人間じゃないだろう!?」



 目の前の誰かが何かを言っている。

 あぁ、鬱陶うっとうしい。

 なぜか沸々と怒りが湧いてくる。


 面倒ね……いっそのこと消し飛ばしてしまっても――



「おぉい将ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ。思い出せ、思い出すんだっ!! 一緒にプレイした『カオティック・ムーン』を。それと『緊縛電車痴漢伝説』を。えっと後は『俺の聖剣エクスカリバーで全てを昇天させてやる』をっ!! 思い出すんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「――ドやかましいわアホォォォォっ!! んなもん思い出してたまるかっていうか思い出したくもないわチクショォォォォォォッ!!」


 混濁こんだくしていた意識が急速に戻る。

 いや、でもそれで戻っちゃダメじゃね? 正直、正気に戻った代わりに大変な何かを無くしてしまった気がするんだが?


「――へぇ。まさかきちんと戻ってくるなんてね。少し……いえ、かなり驚いたわ。しかしどうしたものかしらね……あなたを殺しても同じことの繰り返し。それはとてもつまらないわ」


 俺の目の前に居るルスリア。

 彼女は少し目を丸くしてこちらを見ていた。

 とても……とてもつまらなそうな目。


 生きる事にとっくに飽きている目。

 今の俺にはそれが分かる。

 だから――


「死ねない呪いに加え、狂う事と忘れることが許されない呪い……か。いやぁ、ありゃつれぇわ。正直、戻ってこれたのが奇跡だわ。裕也には感謝だな。いや、感謝したくない方法で正気に戻されたから感謝したくないんだが」



 素直に同情した。

 人間の寿命は基本的に100年程度だが、ルスリアはその何十倍も生きている。

 それでは先に精神の方がやられるだろうに、彼女にはそれすら許されない。

 だからこそ、彼女はこの世に居る誰よりも自らの人生に飽きている。


「あら、同情してるつもりかしら? くすくす。やっぱりあなたもつまらない善人という訳ね。自分を欲見てもらいたいだけの――」


 そうルスリアが何かを言いかけている最中。


 ボッ――


 虚ろな目をしていた皇帝。

 その体が燃え始めた。



「ぐっぬっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――」




 雄たけびを上げながらその身を炎に包まれる皇帝。

 そうして――皇帝は炎に焼かれて死に、その身は灰になった。



「いやいや、悪かったよルスリア。そりゃそうだ。知ったような口を聞かれりゃムカツクのが道理だわな。ただ、一応いい訳だけさせてくれ。俺はは確かにお前の境遇に同情してしまったが、別に善人ぶりたかったわけじゃないつもりだよ。そこは心を読むなりして察してくれると嬉しいな」


 もはやこの場の役者として相応しくない皇帝。

 それを片手間に俺は燃やしながら、ルスリアへと向き直った。


「へぇ――」


「くふふ。燃えました燃えました♪ ついでのように燃えちゃって可哀想ですねぇ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」



 そうする俺に対するルスリアとクラリスの反応だが……悪くない。

 ルスリアはどこか興味深そうに俺の事を見つめ、クラリスはついでのように殺された皇帝をあざ笑っている。


 そんな二人に、俺はここぞとばかりに頼みごとをする。


「ところでルスリア、それとクラリス。頼みがあるんだが……いいか?」


「ふふ。頼み……ねぇ。いいわ。言うだけ言ってみなさいな」


「頼み……ですか? いいですよ? お兄さんの頼みなら大抵の事ならばやってあげます」



 そんな返事をしてくれる二人。

 そんな二人に俺は、自身の願いを告げる。


「なぁ――ちょっくら俺と神様でも殺しに行かないか?」


「え?」

「おーー」

「将ちゃん?」


 それぞれ驚くルスリア、クラリス、ついでに裕也。

 俺がなんでこんなことを言い出すのか、こいつらには理解できないかもしれない。

 俺だってルスリアの過去を見るまではこんな事は考えもしなかった。

 だが、彼女の過去を知って考えを改めたのだ。


「ルスリアはもう俺の事を知ってるだろうが……何度も何度も繰り返すのって普通にしんどいんだよっ!! それであれだろ? 俺にこんな力を寄越したのはセオリー通りなら神様だろ? ならもうぶち殺すしかないだろうが常識的にかんがえてよぉっ!!」


 そう――もううんざりなのだ。

 何度も何度も殺され、その度に繰り返す。

 挙句の果てには必要だったとはいえ、裕也から記憶を流し込まれて廃人一歩手前だ。


 一歩間違えれば俺の人格なんて消し飛んでいて、今頃は別の俺が大変な目に遭っていただろう。

 こんな理不尽を俺は絶対に許さないっ!!


「――マインドハック」


 ルスリアがぼそりと呟き、高速で魔術を展開する。

 それは相手の心を読む魔術だ。

 俺ではとても防げないし、防ぐ気もない魔術。


 そんな魔術を俺に対してルスリアは使い。



「ふ……ふふ。あは。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 何が面白かったのか。思いっきり笑い始めた。


「ああ、いい。いいわ将一。同情やおべっかなんかじゃないあなたはあなたの怒りによって行動しようとしている。そこに他人が介在する余地はない。理不尽に振り回される者の怒り。それを否定する事など私には出来ないわ」


「ん? お、おぉ? まぁ……うん。その通り?」


 ルスリアが何かよく分からん事を言っているが、とりあえず同意しておく。

 いや、そこまで深く考えて言った訳じゃないんだが――


「ふふふふふふふふ。ええ、そうね。猛る衝動のままにあなたは行動しただけ。単純な想いの発露。けれど、それがいい。簡単に同調してくる者や下手に出ているゴミなんかよりよほどいいわ。好感が持てる」


「まぁ……そこは分からんでもない」



 善人ぶってる自分に酔うアホ。

 表向きは忠実だが裏では裏切る気満々のバカ。

 欲望のままに日々を生き、権力者の前でだけ真面目君を装うマヌケ。


 ルスリアの過去を一部見たが、この世界にはそういう奴らが多すぎる。

 たまに自分の想いのままに行動する一途な奴も居たが、そういう奴らは魔王みたく独特な思想を持っていたりと気持ち悪すぎて生理的に受け付けない。


 そんな奴らに比べれば今の俺のように自分の怒りのまま行動している俺の方がマシかなというのも……まぁ分からんでもない。



「私が欲しかったのは私に忠実な奴隷なんかじゃない。人間の心は変化しやすいもの。どれだけ誠実な人間だろうといつかは裏切りの芽を芽吹かせる。そんな愚かな人間だけれど、私は彼らに対して信じている物があるのよ。それが――憎悪よ」



「憎悪?」


「ええ。憎悪はそう簡単には色あせない。憎しみは時間が経てばたつほどに色あせていくという言葉は聞いたことがあるでしょう? あれ、事実だけど間違いでもあるのよ。だって考えてもみなさい? 憎き存在が近くに居て、日常的に理不尽な目に遭っている状態。その状態でどれだけ時間が経てば憎しみは色あせると言うの?


「ああ、うん。そりゃ無理な話だ」


 理不尽な目に遭うからこそ、人は人に憎しみを抱くのだ。

 理不尽な目に遭っている状態がずっと続いているのに、はい時間はたっぷり経ちましたよ憎しみは消えますかって言われりゃ『そりゃないわ』としか言えない。



「私は神が憎い。永劫回帰の呪いという忌まわしき呪いをかけた神の事を恨まない日はないわ。それは私が永劫の生という屈辱を受けさせられているからよ。それはもう知っているわよね?」


「ああ、見た。っていうか体験した」



 魔王やら神父であるクリフへの憎しみすら風化したルスリア。

 その胸に抱いていたのは終わりたいと強く願う想いと……神への確かな殺意。


「将一。私が欲しかったのは私に忠実な奴隷なんかじゃないのよ。そんな薄っぺらい物は要らない。私が欲しかったのは――共通の想いを抱く共犯者」



 そう言ってルスリアはその手を俺へと差し出した。



「理不尽な目に何度も遭っているあなただからこそ、私は信じる。心を読んだからじゃない。その憎悪を抱くあなただからこそ私は信じられる。だから――いいわよ。共に神を殺しましょう?」



 優しさは要らない。

 同情も要らない。

 正義なんてクソくらえ。



 求めているのは――同種の憎悪を抱く共犯者。

 清廉潔白な人間など存在しないと分かっているからこそ、罪に塗れながらも己の信念に寄り添う仲間をルスリアは欲していたのだ。


 それこそが――ダークサイド少女が求める自分だけの理解者。

 何度も何度も繰り返した結果、俺が学んだことの一つだ。


 俺は伸ばされたルスリアの手を掴み――


「ああ、やろうぜ。神殺し……いいねぇ。そういう路線も面白い」


 王道の異世界召喚ではないが、神様に挑むというのはそれはそれで面白い。

 などと俺が考えていたら。


「ふふ。お兄さんとルスリアさんだけ仲良くしてずるいですよ。神殺し……面白いじゃないですか。私にも協力させてください」


 ルスリアと俺の手の上にその手を重ねるクラリス。


「私の人生も狂っちゃいました。復讐の対象は居なくなりましたけど、今さら真っ当に生きるなんてまっぴらごめんです。だから――こんな罪に塗れた世界を創った神様を殺してやりたいんです」



 俺やルスリアと違って神様に恨みなどないはずのクラリス。

 そう思っていたのだが、そもそもこんな世界を創った神様に責任があると言われれば……その通りではあるか。


「ふふっ。歓迎するわクラリス。あなたも私と同じく理不尽に翻弄ほんろうされた者。共に堕ちましょう――」


 堕ちる……か。

 神殺しという邪悪を為そうとする俺達。

 それは確かに堕ちると表現してもいいかもしれない。


 そんな風に考えていたのだが――


「キタキタキタァッ!! 将ちゃんキタゼェェェェッ!!」


 来たよ……雰囲気壊しのムードブレイカーが。

 ちょっとセンチメンタルな気分になっていたのに、そんなものどこかに吹き飛んでしまった。


「どうしたよ裕也? 一体何が――」


 そこまで俺が言うと同時に。

 どういう訳か空が割れた。


「……へ?」



 どゆ事?

 俺やクラリスが居たのは地下の拷問部屋だ。

 それなのに空が見える。


 よくよく見れば地下と地上の間にある岩盤は燃え尽きており、空からは――どこぞで見た気がする流れ星が迫って来ていた。

 

「この世界に存在する全てのダークサイド少女の攻略。それが完了したからね。さぁ将ちゃんっ! ネクストゲームだぜ。次の世界に行くよ。そんでもって新たなダークサイド少女攻略だぁっ!! あ、あと神殺しっていうイベントがあったね。ふぉぉぉぉぉぉっ。イベント盛りだくさんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 ダークサイド少女の攻略? んなもんしたつもりねぇよ!?

 次の世界に行く? そんなん聞いてねぇよ!?

 新たなダークサイド少女攻略? するつもりねぇよ!?



 ツッコミどころが満載過ぎるが、上から落ちてくる流れ星から逃れる術はない。



「こ、これはっ!? ふ、ふふ。面白いわね。こうして異世界へと渡るのね。答えなさい裕也。これ、攻略された私たちはどうなるのかしら? 将一と共に異世界に渡る事になるの?」


「もちろんですともルスリア様ぁっ!! 異世界で将ちゃんとのイチャラブダークライフをお楽しみくださいぃぃぃぃっ!!」


 おいやめろ裕也。

 マジでお前は黙ってくれ。

 頼むからっ! なんならお金払うからさぁっ!!



「こ、これは――なんですか?」


 一人訳が分かっていない様子のクラリス。

 だが――


「ふふ、安心しなさいクラリス。これは次の世界への扉。腐ったこの世界よりもなお腐った世界かもしれないし、神の居る世界かもしれない。どちらにせよ、退屈はしなさそうね。くすくすくす、面白い……実に面白いわっ!!」


 なんか流れ星を受け入れる気満々のルスリア様。

 それに対するクラリスはと言えば――


「次の世界への扉ですか……。ふふっ。それは確かに面白いですね」


 こっちもなんか乗り気だった!?


「どうせこの世界での私は死んだようなものです。それなら新しい世界とやらの方が楽しめそうですね、お兄さん♪」


 いや、そんな同意を求められても。

 求められても……うん。まぁ。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもう分かったよっ!! どうせ拒否権なんざねぇんだろ神様よぉぉぉぉっ。ならやってやるよっ!」


 もうヤケクソだった。

 まぁ、俺が何をどうしようがどうせ拒否権はないんだ。

 やるしかあるまい。


 だが――


「でも見てろやゴラァッ! いつか絶対にその首とったらぁぁっ!! 聞こえてんのかゴラァッ!! それまで首あらって待ってろやクソ神がぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 こんな理不尽、いつまでも受けたくはない。

 だから――絶対の絶対の絶対に神様とやらをころしてやるっ!!



 そうして――俺達はまた別の異世界へと飛ぶのだった――



Fin



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召喚された異世界で親友と始める闇堕ちヒロイン攻略生活~強大な力を持つ闇堕ちヒロインに何度か殺されるけど蘇るから別にいい……のか?~ @smallwolf

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