第25話『魔女生誕秘話-3』


 魔王と呼ばれた少年。

 少年は優し気な笑みを浮かべながら、自分が現れた事で委縮してしまっている神父へと語り掛けた。


「いや、こちらこそ急に押しかけてすまない。ただ……とても面白い事が起きているみたいだったからね。失礼を承知で勝手にお邪魔させてもらったよ。構わないかな?」


「当然ですとも。この叡智えいちの塔の全ては魔王様の物。我々はそんな魔王様の住居を間借りしているだけの凡夫に過ぎません。そんな我らが魔王様の来訪を拒むなどあるわけがないでしょう?」


「そこまで気を遣わなくてもいいよ。それとクリフ。君の勘違いを正しておこう」


「はて……勘違いですか?」


「そうだとも。君は自分や部下の事を凡夫と言ったが、そんな事は決してない。君たちはこの僕が認めた魔導の道を歩む者。つまりは優秀な魔術師だ。そんな君らの研究は例えどんな物であっても僕の糧になる。だからこそ僕はこの叡智えいちの塔を研究の場として君らに提供しているんだよ。僕は君たちの知識を得て、君らは僕の庇護下の下で自由に魔術の研究をする。つまりはギブ&テイクの関係なのさ。だから邪魔なら邪魔と言ってくれていいんだよ? 僕はあまり空気が読めないらしいからね。そう言う事はハッキリ言って欲しいんだ」


 ぺらぺらと淀みなくそんな事を言う少年。もとい魔王。

 特に変な事は言っていない魔王だが、なぜか俺はこいつの事がとてつもなく不気味に思えた。



「さて、話を戻すとしようか。ねぇクリフ。念のために確認しておきたいんだけど、彼女は聖女の子供でいいんだよね?」


「ええ、そうです。先代の聖女であるブリギット。彼女と聖戦士せいせんしマルウェルの間に生まれたのが彼女。ルスリア・ヴァレンタインです」


「ヴァレンタイン……つまりは神に祝福されし御子みこという意味が込められた名だね。道理で女神もかくやというくらいに美しい」


「おや? 魔王様にもそのような感情があったとは驚きですな」


「そりゃもちろんあるとも。時にクリフ、君は彼女を美しいと。そうは思わないのかい?」


「アレとは長い付き合いですが、そううわさされている事は知っておりましたよ。地下の世界においても彼女の美しさはやはり別格のようでしてね。よく寝込みを襲う狼を掃除したものですよ。聖女にそのような些事さじで汚れて貰っては困りますのでな」


「いや、そう言う事を聞きたいんじゃない」


「というと?」


「だから何度も聞いているだろう? 君は彼女の事を美しいと、そうは思わないのかい? 世間的な評価など除外したうえでの判断。君の私見で構わない」


「はて、それに何の意味が? まぁ、いいでしょう。率直に言うと、私はアレを特別美しいとは思いませんでしたなぁ。所詮しょせんは実験の為に集めたモルモットですので」


「ふふっ。さすがは魔導の道を何十年も歩んできた信徒なだけはあるね、クリフ。けれど、時には世俗せぞくまみれた目を持つことも重要だよ? 特に、神のような概念存在の研究の際にはそれこそが重要事項への近道にもなり得るのだから」


「ほう……興味深いですな。魔王様の見解、ぜひ聞かせて頂きたい物です」


 そんな神父の言葉に応えてか、魔王と呼ばれた少年はルスリアについての見解を話し始めた。


「聖女と聖戦士の子。そしてヴァレンタインという神に祝福されてほしいという真名。更に女神もかくやという容姿。彼女はおそらく先代の聖女と同等、もしくはそれ以上に神の寵愛ちょうあいを受けているのだろうね。血には力が。名にも力が。そしてその容姿には神が宿ると言われているのだから」


「ほう……それが真実であれば予想外の拾い物をしたものだと言う他ありませんが……しかし、寵愛を受けた身であればグールごときどうとでもなるのではないですかな? 実際、先代の聖女は特に力を使わずとも身近の不浄を払ったと聞きます」


「そうだね。真っ当に育った彼女であれば聖女を超える存在になっていたのかもしれない。けど……彼女は真っ当に育たなかった」


「と言うと?」


「それは君の方が良く知っているんじゃないかな、クリフ。君は独自で村を作り、そこで存在しない邪神を信仰させていた。そうだね?」


「ええ、そうする事で神がどのような干渉をしてくるか。そして不浄を掛け合わせた今回の実験。それこそが私の研究でしたので」


「つまり、あの御子も邪神を信仰していたわけだ」


「その通りですが……あっ――」


 そこで神父は何かに気付いたと言わんばかりに声を上げる。

 それに気を良くしたのか、魔王の話は続く。



「察しの通りだとも。神に愛されるべき御子、ルスリア・ヴァレンタイン。そんな彼女が存在する神ではなく、虚像の邪神に侵攻を捧げたんだ。そんなの本物の神からすれば不敬もいい所だよね? よって、彼女には祝福ではなく呪いが降りかかった。それこそが――アレだ」


 そう告げる魔王の視線の先。

 未だにルスリアの身体はグール達に貪られていた。


 むさぼられながら……その体は延々と復元していたのである。



永劫回帰えいごうかいきの呪い。もっと分かりやすく言えば不死の呪いといった所だろうね。詳しく調べてみないと分からないけど、彼女は元々持っていた神聖さを邪神を信仰したことで全て失っているんじゃないかな? 逆に闇との相性が良くなっていたりすると面白いよね?」


「彼女に魔術を教えた事はないですが……確かに興味深いですな。では一旦この実験は注視して――」


 そうして神父は手を上げ、グール達にルスリアを喰らわせるのを止めようとさせ。



 ガシッ――


「待った」


 そんな神父の手を、魔王はガッシリと掴んで止めていた。


「いい機会だからここは実験を続けるべきだと僕は思うよ? むしろまだまだ足りないくらいだ。肉体の再生速度。浄化の魔術を不浄である彼女にかけた場合どのような変化が起きるか。逆に闇の魔術を彼女にかけた場合は? せっかくの朽ちない肉体だしね。それに抵抗されても面倒だ。ここは精神を折っておくって意味でもやれるだけの事はやっておきたいと僕は主張するよ」


 既にある凄惨せいさんな地獄。

 それを更なる地獄にしようと、とても朗らかな笑顔で言ってのける魔王。

 その瞳には研究に対する欲求があるのみで、これから残酷な事を為すと言う事を全く感じさせないようであった。


「もちろん、この場の決定権はクリフ、この研究を始めた君にある。だから僕の提案が気に喰わなければ跳ねのけてもいい。

 あぁでも……彼女を殺す為の研究だけは一旦禁じようか。朽ちない肉体。それは僕もそうだし、大勢の魔術の徒が喉から手が出るほど欲しい検体だ。もし彼女で出来る実験が一通り終わったら、彼女は僕に預けて欲しいな」



 朽ちない肉体。

 それは人体実験を繰り返している魔術師達にとって喉から手が出るくらい欲しい検体であると、魔王は語る。


 ルスリアという人間をとことんまで人間としてみず、ただただ魔術の為のモルモットと扱いきっている。

 研究用のネズミなどよりも立場の悪い人間モルモット。そんな枠にルスリアをはめているのだ。


 そんな視点を持つ魔王に、俺は早くも反吐が出そうになり――



「さすがは魔王様。素晴らしき案です。さっそく、投入するグールの数を増やすとしましょう。その後、彼女の不死性について詳しく調べたいと思います」


 そんな魔王の提案を素晴らしいとか言う外道神父にも呆れを通り越して絶句しか出来ない。


「そうだね、では早速――」


「「――実験を始めよう」」


 そうして。

 ルスリアにとって終わらない悪夢が始まるのだった――



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