第25話『魔女生誕秘話-3』
魔王と呼ばれた少年。
少年は優し気な笑みを浮かべながら、自分が現れた事で委縮してしまっている神父へと語り掛けた。
「いや、こちらこそ急に押しかけてすまない。ただ……とても面白い事が起きているみたいだったからね。失礼を承知で勝手にお邪魔させてもらったよ。構わないかな?」
「当然ですとも。この
「そこまで気を遣わなくてもいいよ。それとクリフ。君の勘違いを正しておこう」
「はて……勘違いですか?」
「そうだとも。君は自分や部下の事を凡夫と言ったが、そんな事は決してない。君たちはこの僕が認めた魔導の道を歩む者。つまりは優秀な魔術師だ。そんな君らの研究は例えどんな物であっても僕の糧になる。だからこそ僕はこの
ぺらぺらと淀みなくそんな事を言う少年。もとい魔王。
特に変な事は言っていない魔王だが、なぜか俺はこいつの事がとてつもなく不気味に思えた。
「さて、話を戻すとしようか。ねぇクリフ。念のために確認しておきたいんだけど、彼女は聖女の子供でいいんだよね?」
「ええ、そうです。先代の聖女であるブリギット。彼女と
「ヴァレンタイン……つまりは神に祝福されし
「おや? 魔王様にもそのような感情があったとは驚きですな」
「そりゃもちろんあるとも。時にクリフ、君は彼女を美しいと。そうは思わないのかい?」
「アレとは長い付き合いですが、そう
「いや、そう言う事を聞きたいんじゃない」
「というと?」
「だから何度も聞いているだろう? 君は彼女の事を美しいと、そうは思わないのかい? 世間的な評価など除外したうえでの判断。君の私見で構わない」
「はて、それに何の意味が? まぁ、いいでしょう。率直に言うと、私はアレを特別美しいとは思いませんでしたなぁ。
「ふふっ。さすがは魔導の道を何十年も歩んできた信徒なだけはあるね、クリフ。けれど、時には
「ほう……興味深いですな。魔王様の見解、ぜひ聞かせて頂きたい物です」
そんな神父の言葉に応えてか、魔王と呼ばれた少年はルスリアについての見解を話し始めた。
「聖女と聖戦士の子。そしてヴァレンタインという神に祝福されてほしいという真名。更に女神もかくやという容姿。彼女はおそらく先代の聖女と同等、もしくはそれ以上に神の
「ほう……それが真実であれば予想外の拾い物をしたものだと言う他ありませんが……しかし、寵愛を受けた身であればグールごときどうとでもなるのではないですかな? 実際、先代の聖女は特に力を使わずとも身近の不浄を払ったと聞きます」
「そうだね。真っ当に育った彼女であれば聖女を超える存在になっていたのかもしれない。けど……彼女は真っ当に育たなかった」
「と言うと?」
「それは君の方が良く知っているんじゃないかな、クリフ。君は独自で村を作り、そこで存在しない邪神を信仰させていた。そうだね?」
「ええ、そうする事で神がどのような干渉をしてくるか。そして不浄を掛け合わせた今回の実験。それこそが私の研究でしたので」
「つまり、あの御子も邪神を信仰していたわけだ」
「その通りですが……あっ――」
そこで神父は何かに気付いたと言わんばかりに声を上げる。
それに気を良くしたのか、魔王の話は続く。
「察しの通りだとも。神に愛されるべき御子、ルスリア・ヴァレンタイン。そんな彼女が存在する神ではなく、虚像の邪神に侵攻を捧げたんだ。そんなの本物の神からすれば不敬もいい所だよね? よって、彼女には祝福ではなく呪いが降りかかった。それこそが――アレだ」
そう告げる魔王の視線の先。
未だにルスリアの身体はグール達に貪られていた。
「
「彼女に魔術を教えた事はないですが……確かに興味深いですな。では一旦この実験は注視して――」
そうして神父は手を上げ、グール達にルスリアを喰らわせるのを止めようとさせ。
ガシッ――
「待った」
そんな神父の手を、魔王はガッシリと掴んで止めていた。
「いい機会だからここは実験を続けるべきだと僕は思うよ? むしろまだまだ足りないくらいだ。肉体の再生速度。浄化の魔術を不浄である彼女にかけた場合どのような変化が起きるか。逆に闇の魔術を彼女にかけた場合は? せっかくの朽ちない肉体だしね。それに抵抗されても面倒だ。ここは精神を折っておくって意味でもやれるだけの事はやっておきたいと僕は主張するよ」
既にある
それを更なる地獄にしようと、とても朗らかな笑顔で言ってのける魔王。
その瞳には研究に対する欲求があるのみで、これから残酷な事を為すと言う事を全く感じさせないようであった。
「もちろん、この場の決定権はクリフ、この研究を始めた君にある。だから僕の提案が気に喰わなければ跳ねのけてもいい。
あぁでも……彼女を殺す為の研究だけは一旦禁じようか。朽ちない肉体。それは僕もそうだし、大勢の魔術の徒が喉から手が出るほど欲しい検体だ。もし彼女で出来る実験が一通り終わったら、彼女は僕に預けて欲しいな」
朽ちない肉体。
それは人体実験を繰り返している魔術師達にとって喉から手が出るくらい欲しい検体であると、魔王は語る。
ルスリアという人間をとことんまで人間としてみず、ただただ魔術の為のモルモットと扱いきっている。
研究用のネズミなどよりも立場の悪い人間モルモット。そんな枠にルスリアをはめているのだ。
そんな視点を持つ魔王に、俺は早くも反吐が出そうになり――
「さすがは魔王様。素晴らしき案です。さっそく、投入するグールの数を増やすとしましょう。その後、彼女の不死性について詳しく調べたいと思います」
そんな魔王の提案を素晴らしいとか言う外道神父にも呆れを通り越して絶句しか出来ない。
「そうだね、では早速――」
「「――実験を始めよう」」
そうして。
ルスリアにとって終わらない悪夢が始まるのだった――
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