第24話『魔女生誕秘話-2』


 ――そこは地獄以下の地獄だった。


「いあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 魔術師達が建設した塔。

 塔の高さは100階超えという途轍とてつもない高さとなっており、その殆どの階では魔術師達が魔術の研究と称して非道な人体実験を行っていた。


 ――第89階層、聖邪せいじゃの教会


 そこではルスリアが信じていた神父が多くの部下達と共にルスリアや連れて来た村人達を結界内に閉じ込め、観察していた。

 その結界内に居るのはルスリアと村人達だけではない。


 そこには数体の腐ったしかばね

 いわゆるグール――生きた者を喰らう存在。動く屍が放たれていたのだ。



「ふむ……邪悪な存在であるグールと存在しない悪神を信じていた信徒たち。どちらも邪悪な存在であるがゆえに襲われない可能性もあるのではと考えたのですが……そのような事は無さそうですね。後は彼らを喰らったグールがどのような進化を遂げるか。特に……聖女の子であるルスリアとグールが接触した時、両者にどのような変化が訪れるのか。とても興味深いですね……」



 結界内の人たちを実験用のネズミでも見るかのような冷めた目で見る神父。

 その中には娘のように愛したルスリアやら共に酒を酌み交わした友のような存在まで居ると言うのにこの態度。心底気持ち悪くて、イラつく男である。

 


「やめっ。やめてぇぇぇぇっ。たす、助けて神父様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なんで……なんで俺達がこんな目にぃぃぃっぃぃっ」

「ああ、邪神様……どうかこの世界を滅ぼしてください。そして、新たな世界に希望を――」



 この期に及んで結界の外の神父に助けを請う村人達。

 自分の不幸をただ嘆く者。

 偽りの教えだと既に聞かされているはずなのに、それでもなお邪神という存在しない物に助けを請う信者。



 そんな者達の中で、ルスリアはといえば。



「は……はは」



 ルスリアは……笑っていた。

 ぺたんと床に座り、壊れたように笑っていた。

 いや、実際壊れているのだろう。


 彼女の感情が俺にも流れ込んでくるが、正直頭がどうにかなりそうだ。



「ゆめ……ですよね。そう――こんなの夢。醒めなきゃ……サメナキャサメナキャサメナキャサメナキャサメナキャ……目ヲ覚マサなくちゃ」



 今まで慕っていた神父。

 その神父が行う非道の数々。

 今まで積み上げてきたものが全て崩されるような絶望。


 行方不明と知らされていた自分の両親。

 それらを殺したと言っていた神父。

 でもでも、自分をここまで育ててくれたのも神父であり。



 ああ、隣の家のクレナダさんが化け物に生きたまま喰われている。

 神父様の教えに忠実だったミリンダさんも、祈りを捧げたまま喰われている。

 村で神父様の次に実力者と噂されていたマクガーデンさんは素手でグールを殴るも、特に効いていないようで返り討ちにあっている。


 親しい人たちが、自分の信じていた人のせいで今まさに喰われている。

 幼い少女には耐えられる訳もない光景。壊れてしまうのも無理はない。


「あは。醒めない。おかしいな。早く目を覚まさなくちゃいけないのに……神父様に……お父様に叱られる。は、ハハ。ケキャキャ――」


 壊れる。

 本格的にルスリア・ヴァレンタインという少女は壊れていく。

 そして――


「ああ、これは夢だ。醒めなきゃ。ひ、ひひ、ひひひひひひ……って違う違うっ! 呑まれるな俺っ! 正常心を保てぇっ!!」



 これはマズイ。

 クラリスの過去を見た時もある程度クラリスの感情が流れ込んで来てちょっと辛かったが、これは純度が違う。

 気を抜いたら最後。ルスリアの過去を見終わる頃には廃人になってるとかあり得そうだ。


 そうして俺が呑まれそうになってる間も、過去のルスリアの苦難は加速していた。


「ぐるぅ……」


 呆然と壊れた笑みを浮かべるルスリア。

 その彼女を遂にグールが標的に選んだのだ。


 それに気づいているのかいないのか、ルスリアは身動き一つしない。

 結果――



「ぐる……がぁうっ!!」



 ぐちゃっ――


 ルスリアの肩に喰らいつくグール。

 そのまま彼女はゆっくりと喰われていくが――



「アハッ。いた、イタイ。アハッ。おかしい。これ夢なのに。痛い。痛いですよ? 痛いから……アハハハハハハハハッ。壊れ……怖い……いひ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」




 もはや抵抗しようとする正常な意識すらないのだろう。

 ロクな抵抗もないままにルスリアは神父が放ったグールに喰われていく。



「ふぅむ……触れても特に変化なしと。見た限り、邪神の教徒を喰らったグールにも特に変わった変化はありません。もし神や邪神といった存在がこの状況を見ているのならばこのような結果にはならないと思うのですが……。やはり聖女の子供では役不足という事でしょうか? いやはや、やはり聖女も欲しかったですね。そうすれば神の存在証明と干渉の度合いを測る事が出来たかもしれないというのに」



 そうして。

 ルスリア・ヴァレンタインは外道な実験の生贄となり、あの世へと旅発つ――はずだった。



「あは。痛みが終わらない。はやく終わって……アハ。ひぃ。イィィィィィィっぃィぃっっ」


「おや?」



 ルスリアを喰らうグール。

 その手が一向に止まる様子がない。

 いや、それどころか他のグールまでもがルスリアへと寄ってきてその身を喰らい始める。




「やめっ……壊れ……ル。むり……も……むり……終わって……コロシ……もう……ユメでもゲンジツでも……どっちでもいいから……コロシテ……オワッテ……」


「ぐっ。おっ……がっ――」



 グールに喰われながらも意識を失わないルスリア。

 いや、正しくは気を失いたくても失えないルスリアと言うべきか。

 その痛みやら感情が俺の方にも幾らか流れ込んで来て、正直キツイったらありゃしない。


 それでも俺はこの光景を見逃さないようにと必死に目を開き、神父の口から洩れるクソ高説をきちんと聞こうと耳をすませる。



「興味深い。これは聖女の魔術? いや、そのような形跡はありません。そもそも、彼女に扱えるレベルの魔術ではない。ならばこれは神の祝福でしょうか? 聖女を決して滅ぼさないようにという恩恵が彼女にもたらされ――」



 そう神父が一人呟いていた時だった――



「――いや、これは祝福というよりは呪いだろうね。あめでとうクリフ。君の研究テーマであった神からの干渉がどのように行われるのか。想定とは違っただろうけど、このような形で見れたじゃないか」



 カツッカツッ――



 神父の研究スペースである第89階層、聖邪せいじゃの教会。

 そこに新たな男が入って来た。



 短い黒髪の優しそうな少年。

 少年はそこで行われている惨劇を見ても顔色一つ変えず、気安く神父の名を呼んでいた。

 この少年は――



「これはこれは魔王様。このような所においでになるとは。事前に言ってくだされば――」


 魔王。

 それはこの時代の頂点に位置する者。

 そう少年は呼ばれるのだった――



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