第10話『夢から覚めて』


 ――そうして俺は目覚める。

 すると、骸骨達が俺の目の前にまで迫っていた。



「うおわぁるぐす!?」



 びっくりしていつの間にやら手に持っていた槍を放り投げ、全力で後ろに後退してしまう。

 と、そこへ。



「どうだった将ちゃん? クラリスちゃんの闇堕ち物語は」


 満面の笑顔でそんな事を聞いてくる裕也。


「――正直、戸惑ってる」


 そんな裕也に俺は素直に答えた。

 そう、俺は戸惑っている。



 あんな……あんな事がクラリスにあったのだとしたら、俺は彼女の事を理解できてしまう。

 村の奴らが理不尽に殺され、帝国のおもちゃにされた。

 そんな事をされたら俺だって――



「だよねっ! いやもう本当にっ。クラリスちゃんの闇堕ち物語は俺にとってもすんごい好みで最高なんだよねっ! そう、今の彼女は一人じゃない。村の皆の憎しみを背負ってこの場に立っているんだよっ。この……ね? なんにも知らない優しい女の子が悲壮な覚悟を決める姿ってぐっときて戸惑っちゃうよね!?」


「お前は本当にぶれねえなぁおい!? ホントマジで黙っててくれる!? できれば一生」



 クラリスの悲劇に満ちた過去を知り。

 その覚悟を知って、そんな彼女と俺は相対していて。

 それで真剣にどうするべきか悩んでるっていうシリアス場面なのにこいつ……こいつは本当にもう……シリアスな雰囲気をぶち壊さなきゃいけない呪いにでもかかってるんじゃないですかねぇ!?



「何をごちゃごちゃと……いい加減死んでください。誰かは知りませんがあなた、鬱陶うっとうしいんですよっ!!」



 多くの骸骨達を召喚したというのに未だに耐えている俺に業を煮やしたのか、クラリスは自ら俺の前へと降り立つ。

 そして―― 


「皆の恨みをその身に知りなさい。カースッ!」



 そう言って俺に指を突き付けるクラリス。

 それと同時に、どこからか呪詛の声が聞こえて来た。

 


『ニクイ……ニクイ……ニクイ……』

『コロシテヤル……ナニモカモ……コワレテシマエ』



「うおっ――」



 俺の肩を、腰を、どこからともなく現れた手が強く掴む。

 それは地の底から現れた赤黒い手だ。

 それは俺をどこかへ連れ去ろうとしていて、だから――



「――セイクリッドサンシャイン」



 ギャァァァァァァァァァァッ――



 眩い光に照らされ、俺を掴んでいた赤黒い手とクラリスが操っていた骸骨達は一瞬にしてちりと化した。

 無論、やったのは俺ではない。



 やったのは――




「――ああ、ご無事だったのですね勇者様」



「ああ」



 この帝国の皇帝。その娘である皇女、アンジェリカだった。

 そして。


「お父様、勇者様は無事です。ですが――」


「ああ、分かっている。無人となった地下牢。その奥にこのような悪趣味な儀式場を作るとは……な。何者かは分からぬが、この帝城に忍び込んだのが運の尽きだ――騎士団長、後は頼む」


「――拝命しました。

 総員、構えぇぇぇぇぇぇぇっ!! 敵は単体、死霊使い。前衛は周囲の亡者共を止めつつ、魔術師と弓隊は本体であるあの女を狙えぇぇぇぇぇぇぇぇっ」




 皇女だけでなく、皇帝まで出張って来た。

 その周囲は精鋭の騎士団らしき者達で固められており、戦闘準備万端といった具合だ。



「勇者? ああ、そう。あなたがあの……。ふ、ふふ、そう。そうなんですね。あなたが……あなたが居たから私たちはっ!!」



 俺が勇者であると知ったクラリスはその瞳に憎悪の炎をたぎらせ、俺を睨みつける。

 しかし、それも長くは続かず。



「――いえ、これはただの八つ当たりですね。名も知らぬ勇者のお兄さん。あなたは何も悪くない。利用されて捨てられるだけのあなたは何も悪くない。死ぬべきなのは皇帝、それに皇女。あなた達ですっ!!」



 そう言ってクラリスは操っていた骸骨達を皇帝や皇女へと突進させる。

 だが――騎士団の壁は抜けない。


 騎士団達は屍の一体も通さないと奮起しており、その間にも後衛の魔術師が骸骨達を浄化してしまうものだから、どうしても手が足りない。

 逆に皇帝達、帝国の軍は――



「第二射、放てぇっ!!」



 クラリス目掛けて放たれる矢、矢、矢。

 前衛がクラリスが指揮する骸骨達をいなし、それを魔術師達が補助。

 残った弓隊と、手の空いた魔術師達が休みなくクラリス攻撃を放ち続けていた。



「くっ、この――」



 戦況は明らかに帝国軍に傾いていた。

 


「勇者様。そちらは危険ですっ! どうかこちらへ退避を」


「皇女様の言う通りです。さぁ、勇者殿。今のうちにこちらへ」



 騎士に囲まれ、守護されている皇女が俺の身を案じ安全なそこへ退避させようと声をあげる。

 それに従い、兵士の一人が俺の手を引こうと手を伸ばしてきた。



「ああ」


 このままその手の導かれるまま守られれば、今回の周回は生き残れるかもしれない。

 なぜだかは不明だけど、今のクラリスは前回の周回ほど圧倒的ではないみたいだし。

 だから俺は――




「お断りだ」



 ぶちゃっ――



「――――――――――――は?」



 俺は持っていた槍を魔術で剣へと作り直し、話しかけてきた兵士の首を刎ねた。



「きさ……マ――」



 首だけとなったそいつは俺を睨みながら、しかし何も出来ない。



「へ? ……………………きゃ、キャァァァァァァァッ。ゆ、勇者様? なぜこのような事を? 私たちはあなたの味方ですよ!?」



「やかましいわアホ。それと猫かぶりうざいんだよ。さっさと本性現せこの勘違いブス」




「なぁっ!?」


 全く、何が『なぜこのような事を』だ。

 こんなもの、お前が、お前たちがクラリスに向けた理不尽に比べれば屁でもないだろう?

 それと、本当にその『私は純真な乙女です』みたいなポーズやめてくれ。

 性根の腐った姿を見た後にそんな物を見せられても心底気持ち悪いだけなんだよ。



「全く、本当に勘弁してほしいぜ」


 前回の周回でこの性悪皇女を守るだのなんだの言ってしまったが、アレ全部なかったことになんねぇかな。正直、黒歴史だわ。



「お兄さん……一体――」



 皇帝の率いる軍の兵士を斬り、皇女へと暴言を吐く俺。

 そんな俺の真意が分からないのだろう。彼女の俺に対する敵意が薄れているように感じられた。

 だから。

 

「なぁクラリス。今だけでいいから協力しないか?」


 気づいたら俺はそんな事を提案していた。

 前回の周回。俺を殺したクラリスにである。


「協力……ですか?」


「あぁ。俺はこいつらが。特にそこに居るクソ皇帝とブス皇女が大嫌いなんだよ。だからさ……あいつら一緒に殺さないか? とどめは自分が刺したいとかなら普通に譲るからさ」


「……どうしてですか? お兄さんは勇者ですよね? それも召喚されたばかりの。そんなお兄さんがなぜ彼らの事を嫌うんですか?」


「俺個人がいいように扱われそうになってたってのも当然あるが、それ以上にクラリスやクラリスの村の皆に対する奴らの非道が許せないんだよ。少なくともクラリスとこいつら。どっちに味方したいかって言われたらそりゃクラリスになるわな」


「――っ! なんで私の事情を知って……」


「ちょいと裏技使ってな。俺の勇者としての能力だとかそんな風に思っといてくれると嬉しい」


「勇者としての能力……」


「それでどうだ? 協力するかしないか。あぁ、ちなみに協力出来なかったとしても俺はあいつら殺すつもりだぞ? それと、クラリスとは敵対したくない。それでもクラリスがどうしても俺を殺したいって言うならまぁ……できれば痛い思いをしないように殺して欲しいなぁって願うくらいかねぇ」


 クラリスの過去を知った今、俺にはこの子と敵対したいだなんてどうしても思えない。

 それにクラリスが操るあの骸骨達。あれは死んだ村人たちだろう。

 何の罪もないのに酷い目に遭わされ、勇者召喚の生贄として苦しみぬいて殺された彼ら。


 そんな彼らに剣を向けるなんて事、今の俺には無理だ。

 幸いなことに、俺には固有能力『リトライ』がある。

 つまり、殺されたとしてもやり直せるのだ。


 だから――最悪ここでクラリスに殺されても構わない。

 そう思っての提案。

 それをクラリスは――



「――もうお兄さんを殺そうだなんて思えませんよ。帝国あいつらにいいように扱われている豚なら殺してましたけど、そうじゃないみたいですし」


「なら――」


「ええ。いいですよお兄さん。ここは協力してこのクソカス共に地獄を見せてやりましょう? ふ、ふふ。アハハハハハハハハハハッ――」


「ああ、やろう。やってやろうじゃねぇかっ!! ふ、ふふ。フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 交渉成立。

 ここに俺とクラリスの同盟は成った。


 正直、召喚された直後に思い描いていたような展開では全くない。


 俺が召喚直後に思い描いていたのは悪い魔王(前回の周回での皇帝の話を信じるなら、この世界を支配して悲劇をばら蒔いているのは魔女らしいが)を勇者である俺が倒し、そうして世界を救ってお姫様と結婚したりしてハッピーエンドという分かりやすい英雄譚だ。


 それに比べて今の状況はなんだ?


 前回の周回で俺を殺した悪堕ち少女のクラリス。

 そんな子と共に、俺は帝国の皇帝と皇女に喧嘩を売っている。

 あまりにも王道から外れた物語。英雄譚とはとても呼べず、外道譚とでも呼ぶべき何かだろう。


 だが、間違った事は何もしていない。

 こんな帝国軍クズどもにいいように扱われるなんてもうまっぴらごめんだ。

 ゆえに、ここから始めよう。


 そう――クラリスという悪堕ち少女と共に――



「み、み、み、漲ってキタァァァァァァァッ!! 凄いよ凄いよ流石は将ちゃんだっ!! そうだよね。悪堕ち少女とかダークサイド少女は改心するとかじゃなくてこうやって復讐とか報復とかそういう方向に吹っ切れてないとダメだよね。そこを善人である将ちゃんがどう持って行くか。それがちょっと気になってた俺だけどこれは期待を遥かに超えて胸アツだぁっ!!」


 く、クラリスという悪堕ち少女と……共に――

 


「いやぁ、それにしても将ちゃんまで闇堕ちっぽくなるとはなぁ。俺、感極まって泣いちゃいそうだよっ! 俺の大好きな将ちゃんが、俺の大好きなダークサイド方面に転向するだなんて。異世界召喚って最高だね将ちゃんっ!」



 えっと……その……。


「さぁ始めようぜ将ちゃんっ! ここから先は王道的展開の逆を行くダークサイド物語だっ! 散々酷い目に遭った可愛いクラリスちゃんと一緒に帝国へと復讐してやろうぜっ! その後は待ちに待った悪堕ち少女とのラブラブ展開だぁっ! いやぁ、ゲームじゃ悪堕ち少女ってなかなか攻略出来ないからさぁ。それを現実で見られるなんて最高だね。将ちゃんもそう思わない?」





「裕也ぁぁぁぁっ! お前マジでシリアスな空気を壊す天才だなおいっ! 頼むから一回くらい黙っててくれよマジでよぉぉぉぉぉっ!」



 これから何かが始まろうという瞬間。

 そんなときでも俺の悪友は空気を読まないのであった。

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