第5話 地下探索


 ――帝城、地下



 先導する裕也の後を付いていき、俺は帝城の地下室に続くと思われる扉へと辿り着いた。

 その扉の両隣には二人の騎士が立っていたのだが――



「悪いな。ちょいと通らせてもら……ん?」



 強引に通ろうと二人の騎士の間を通り抜けようとした俺だが、そのどちらも身動き一つしない。



「なんだ?」


 さすがにおかしいと思い、俺はそこに居る二人の騎士をよく見てみた。

 すると――二人とも白目を剥いていた。


「な、なんだこりゃ?」


 立ったまま微動だにしない二人の衛兵。


「まさか死んでる……のか?」


 恐る恐る二人の衛兵の腕をとり、脈を測る。

 すると――



 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ…… 



「ああ、生きてはいるな。となると意識を失っているだけ……か。だが――」


 脈が正常である事を確認し、安心する俺。

 しかし、異常事態である事は間違いないだろう。


「これはクラリスの仕業か? おい裕也。ダークサイド堕ちした女ってのは今どこに居るんだ?」


「この先だよ将ちゃん。最初に居た位置からまだ一歩も動いてないみたいだね」


「動いていない? ならこれはクラリスの仕業じゃない……のか?」


 未だに色々と分からない事が多いが、今は悩んでいる時間がない。

 幸いと言うべきか、門番らしき騎士が揃って倒れているのだ。ありがたく素通りさせてもらおう。


 そうして帝城の地下へと侵入した俺と裕也だが――


「ここは……牢屋……か?」


 侵入した地下室。

 そこは遥か奥まで続いている牢屋だった。

 銀の鉄格子がそこかしこで鈍い輝きを放っている。



「さしづめこの地下室は囚人を収容する監獄かんごくって所か」


「――みたいだね。多分この先に居るのは酷い目に遭った直後の闇堕ち少女って所かな。俺のセンサーは更に奥の方を指しているよ。さぁ、行こう」


 先導する裕也に促され、俺は地下を進んでいく。

 しかし――


「誰も居ねえな」


 立ち並ぶ牢屋牢屋牢屋。

 そのどれにも囚人は収容されておらず、もぬけの殻だ。


「それだけこの国情勢は安定してるって事なのかなぁ? その辺りは二周目の将ちゃんの方が詳しいんじゃない?」


「馬鹿いえ。俺が知ってる事なんてこの世界には悪逆非道の魔女が居るって事くらいだぞ。後は自分自身がどんな能力を持ってるかって事くらいか。まぁ、『リトライ』については能力名しか知らなかったんだが」


「なるほどね。だから将ちゃんはあんなに慌ててたのか。ちなみにもう聞いたかもしれないけど、俺の能力は将ちゃんのサポート能力だね。ここから先、ダークサイド堕ちした女の子を将ちゃんが攻略するサポートをしてみせるぜっ!!」


「おう。任せたぞ――――――いや待て」



 何か変な事を言われた気がするんだが?


「ん? どうしたの将ちゃん?」


「いや、お前……俺がダークサイド堕ちした奴らを救うってどういう事だよ。別に俺はお前の趣味に付き合うつもりはないぞ?」


「え? そうなの?」


「当たり前だろ」


 全く。何が悲しくて俺がこいつの趣味に付き合わなきゃならんのか。

 話に付き合ってやる程度なら全然かまわないが、実際に巻き込まれるつもりなんて毛頭ない。


「でも、それじゃあどうするつもりなのさ、将ちゃん? 今の将ちゃんはダークサイド女子に良くも悪くも好かれちゃう体質なんだぜ? 攻略もしないまま放ってたら多分バッドエンドだよ?」



「いやふっざけんなよお前ぇ!?」


「え? もしかしてだけど将ちゃん知らなかったの? 前回の俺が説明してるんじゃないかなぁって思ってたんだけど」


「初耳だわアホォッ!!」



 なんだよダークサイド女子に好かれる体質って!?

 そりゃ裕也なら大歓迎な体質だろうが、ダークサイド女子なんぞに興味ない俺にとっちゃ罰ゲームもいい所だぞおいっ!



「ありゃ? おかしいなぁ。前回の俺はそんな事も将ちゃんに伝えなかったのか」


「前回は……ちょいと慌ただしくてな」


「なるほどね~。まぁ当然か。俺、将ちゃんに隠したい事なんてなにもないからね」


「そうなのか?」


「うん。だからまだ話せてない事も含めて全部話しちゃいたいなって思ってるんだけど――」


「わぁってるよ。今は時間がねぇからな。落ち着いたらその話すべき事ってのを洗いざらい吐いてもらうぞ」


「もちろんだよっ!」


 そうして地下を進んでいると――



「コロス……コロス……ゼッタイに……コロシテヤル……ぐっ……うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 そんな怨念に満ちた女の声が聞こえてくる。

 これは――間違いない。



「近いな」


「うん、もうすぐそこだよ、将ちゃん、闇堕ち女子はいきなり攻撃してくるかもしれないから気を付けてね?」


「へいへい」


 俺と裕也は用心しながらも声のする方向へと進んでいく。

 すると牢屋が並ぶ空間から一転し、そこには――



「なんだこりゃ」


「うわぁ……」


 地下を進んで進んで奥まで進んだ俺と裕也。

 そんな俺達の目の前には目を背けたくなるような数の死体死体死体。死体の山が転がっていた。


「これが囚人たちの成れの果て……か? だが――」


「将ちゃん。アレを見なよ」


「アレ?」


 そうして裕也が指さす先。

 そこにはいくつかの拷問器具が並んでいた。

 しかも、どれも血まみれ状態。使用してからそこまで時間が経っていない事が分かる。


「明らかに苦しめる為に殺しましたって感じだね」


「だな。ここに転がってるのが全部罪を犯した囚人だったとしても、やりすぎな気がするぜ」


「それならまだマシな方だと思うよ?」


「ん? どういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。将ちゃん、こんな小さな子供が囚人に見える? あっちの妊婦さんなんかもお腹をズタズタにされてるし。こんな人たちが罪を犯した罪人だなんて、俺には到底思えないな」


 そう言って裕也が指さす先。

 なるほど、確かに。

 まだ十歳にも満たない女の子の亡骸や、泣き叫んだままの表情でお腹から胎児を引きずり出されている妊婦の亡骸がそこにあった。


 胸糞悪い事この上ない。



「――ったく。どうなってやがんだこりゃ。これもクラリス……悪堕ち少女の仕業か?」


「そんな訳ないでしょ将ちゃん。これは明らかにこの国自体が腐ってたって事でしょ。十中八九、ここで酷い目に遭った女の子が悪堕ちしたってシナリオだと思うよ? まぁ、この地下でのことをこの国トップの皇帝さんが知ってるのかどうかは分からないけどさ」


「それは――」



 俺は前回の周回の事を思い返す。

 あの時――クラリスは地下がどうこうと皇帝と話していた。


 それに対し皇帝は何と返していた?

 そうだ。皇帝は心当たりがあるような素振りをしていたはず。

 つまり、この地下の惨状に皇帝は関わっているという事であり――



「誰……ですか?」



 そんな時、すぐ傍から裕也以外の声が聞こえてきた。

 そこには血まみれの女の子が居た。


 腰まで伸びている髪はボサボサで、その肌に赤黒い血をべったり張り付かせている女の子。

 そんな子が生まれたままの姿で、死体の山からゆらりと起き上がったのだ。



「将ちゃん、あれ――」


「ああ、見つけたな」



 前回の周回で見た時とはえらい違いだが、間違いない。クラリスだ。


 前に見た時は漆黒のドレスを着ていたはずだし、血まみれだなんて事もなかった。

 それでも、俺を殺した原因である彼女の顔を見間違えるはずなんてなくて――



「ま、まずいっ!! まずいよ将ちゃんっ!!」


「なっ、ど、どうした!?」


 いきなり騒ぎ出す裕也。

 一体何が――


「アレは間違いなく闇堕ち直後の状態だよっ! ここで拷問されたりして心に闇を抱えて、それで死ぬはずだった女の子が実は生きていて力に目覚めちゃったパターンだねこれっ!! これって凄い貴重なシーンなんだぜ将ちゃん!! だって、こういうシーンってゲームでは不要って感じで大体カットされちゃうからさぁ。まずい、まずいよ将ちゃん。俺、どうしようもなくテンションが上がって――」


「イヤホントたまには空気読んでくれない!?」



 なに、なんなのこいつ? シリアスシーンになったらそれをぶち壊す能力にでも目覚めてんの? いや、こいつのコレは前からだったわ。ははははは。笑えねえよっ!!



「何を一人で騒いで……ぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 裕也の姿は俺以外には見えないからだろう。

 クラリスには俺が一人で騒いでいるように見えたらしい。

 そんなクラリスだが、どうしたのか自身のお腹を押さえて再びその場にうずくまった。





「熱い……痛い……お腹が……熱が……うぁ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 そうしてクラリスが叫ぶと同時に、彼女の身体を黒い《もや》が包む。


「キタァァァッ!! 来たよ将ちゃん!! うほぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


「なっ……んだこりゃあ?」


「何って決まってるじゃないか。これは間違いなく闇堕ち少女がなんやかんやで力を手に入れる瞬間だよっ!!」



 クラリスの周囲にある死体が黒い靄のなかに吸い込まれていく。

 周囲にべったりついていた血も吸い込まれていき、そして――



「――ふぅ」



 そうして、クラリスを覆っていた黒い靄が晴れた。

 そこには前の周回で見たものと同じ。黒いドレスを着たクラリスの姿があり――



「これは……皆? ああ、そっか。そうですよね。私だけじゃないですよね。みんなも恨みを晴らしたいと……当然そう思ってますよね。それが唯一生き残った私のやるべき事ですよね。ふ、ふふ。アハハハハハハハハハハッ――」


 目を閉じながら自身の胸に手を当てるクラリス。

 彼女は自分の中にある『何か』を確認し、そんな狂った笑い声を地下室にて響かせる。

 それに対して俺はといえば。


「あー、こりゃダメっすわ。詰みですわ」


 諦めました。だってこうなっちゃったら無理ですもん。

 こうなる前にどうにかしなきゃならなかったんだろうが……無理だったなぁ。

 こりゃ次の周回に期待するしかない……か。

 次はもうちょい急ぐかーー。


「覚醒キタァァァッ!! ほら将ちゃんこれだよこれっ。さっきまでのいたいけで可愛らしい女の子が今や妖艶さを感じさせる女性へと変わる瞬間。すっっっっっっごく萌える展開だよね!?」


「あー、うん。そすね。お前としては嬉しい展開なんだろうね。俺としては絶望でしかないけど」



 横ではしゃいでいる裕也だが、もうなんかどうでもいいや。

 そう俺が捨て鉢になっていると――



「何を暗い顔してるんだよ将ちゃんっ!! まだ何も始まってない。これからじゃないかっ! さぁ、さっそくあの子を攻略しようぜ!! 俺も協力するからさ」


「いや、攻略って言われても無理だろ。前の周回のお前が言ってたけど俺とクラリスの力の差は歴然らしいぞ? 普通にやっても勝てる訳がない。あいつが覚醒する前にケリをつけれなかった以上、今回はもうどうしようも――」


「……はい? 何を言ってるんだい将ちゃんは? あの子……クラリスちゃんが覚醒する前にケリがつけられなかった? ケリをつけるも何も、将ちゃんにはクラリスちゃんを殺したりとか出来ないんだから遅かれ早かれ覚醒は確定イベントじゃないか」


「んん?」



 ちょっと……何を言ってるか……分からないんですが?


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