第2話『荒くれ』
「ついてきて」
引き続き二人の後をついていく。
同じ森の中、といえどもさっきまでとは違った小綺麗に整理された道を歩く。道なりに進むとどうやら今まで歩いていた森は高い位置にあり拓けた崖から眺めた景色はやはり別世界を現していて───。
「綺麗」
「そう?あんま変わんないと思うけど」
「ここから見えるはず………あっ!あそこです。ボクたち妖精の暮らす村」
森を抜けしばらく歩くとそこには先ほど崖上から見えた家屋建ち並び
ミッチの発言の後の二人の反応を見たかぎりでは雰囲気は黄色信号、警戒ムードの中あまり好ましくは思われないだろう、そうケイゴは考えていたがなにやら様子がおかしい。
エルガとシェヴィ、二人の後ろに付き中へと入ると痛いほど多くの視線が向けられる。観察、とも違う。視線の矛先がどうやらケイゴたちでなくてミッチの抱えた小鹿に注がれているようだ。
「カシマ様だ」
「あの毛並みに施された紋様は間違いなく。なぜだか幼い姿形をしておられるが」
「やっぱ違和感なんだけどさ、言語同じだよね?しかも日本語」
「それはもう……そういうものなんだろう」
「あっ村長!こちらの皆さんは」
「おぉ!!やはりカシマ様……五十年もお姿を拝めませんでしたがこのように、幼くなってしまわれていたとは」
「………ミッチ、放してあげなよ。なんか大切みたいだよ」
「うん」
腕の中で丸く怯えていた小鹿を優しく降ろす。はじめはガクガクと脚を振るわせて立つのがようやっとだったが小刻みに揺れながらも一歩、また一歩と歩き出す。
「「「おおぉぉおお」」」
その光景を妖精たちが静かに涙を浮かべ固唾を飲んで見守った。
───なんだこれ
柵の中で首輪で繋がれたカシマ様を尻目にケイゴは妖精村の村長から受け取れる情報すべての提示を求めた。ただそれもまた驚かせてしまったようで───
「カシマ様を見つけていただけたご恩がそのような
「ああ…それでは少しこの村に滞在させていただいても?」
「ぜひとも!出来うる最上級のおもてなしで」
「いやいや悪いですよっ!」
遠慮するミッチをカナが小突き耳元で囁く。
「なんでよ、ここは超待遇受けときましょ。棚ぼたラッキーってさ」
「ここ数年で獲れた中でも最大級の
「結構です」
───結局断ってしまった
しょんぼりした村長に案内され着いたのは宿。管理が行き届いて良い部屋、泊まるならかなり大枚叩くほどの。ミッチは汚れを落としたいと近くの湖を紹介され向かった。異世界へ来てからの別行動、でも心配とは裏腹に室内のベットに誘われるようにケイゴ、カナは疲れを癒すため倒れ眠り込んだ。
「冷たっ!」
「お着替え、ここに置いておきます。ではボクは近くでお待ちしておりますね」
「シェヴィくんありがとう」
湖とはいえ深くもなく広くもなく、表すならちょっと大きめな水溜まり。木々に囲まれた静かな景観の中、ミッチは自身の身体を水で洗い流す。
「ふぅ」
深くため息をついてはひとり思考を巡らせる。
本来であればかなりの下準備を施してからのポータル通って異世界転移。想定したいくつかのシュミレーションは大半役にたたないものとなってしまった。つまり手ぶらでノープラン!その洗礼を今さっき受けたところ。
「これじゃあ命がいくつあっても足りないな」
────ガサッ
背後、林の茂みから微かに物音。「?」ミッチはシェヴィの名を呼ぼうとしたが拭えない違和感に着替えを掴み水中に鼻まで沈め地面までのちょっとした段差から眼だけを光らせる。
木々の間から覗く剣を携えた複数人の男たち。その様相からはまるで中世の荒くれども。
シェヴィくんは無事なのか?狙いは村?それとも……
そんな逡巡の内、荒くれどものひとりと目が合ってしまう。
(ヤバいっ………!?)
息を整える暇もなくミッチは頭の先まで沈め身を隠す。極力水泡を出すまいと鼻口を両手で塞ぎまるで悠久の時が早く過ぎるのを願った。
息が持たない。こちらに気づいているならもう見つかっていてもおかしくはないはず……何もないということは
ゆっくりと音をたてないように水面から顔を出す。
「どぉうもぉ」
「ギャハハ!賭けはマルセルの勝ちだな!!」
「チィッ、あんだよ。てっきり水死体で揚がること期待していたのによぉ」
「ぅぐ………!!」
身を乗りだし森へと駆け出そうとしたがひとりに押し倒されミッチは荒くれどもに捕まってしまう。顔半分を鷲掴み地面に押しつけられ首元には刃の大きなナイフを添えられる。
「───?おい!こいつ人間だぞ」
「あん?マジかよ……耳が違ぇ」
「どうする?仕事中、依頼に含まれない人殺しは違約だぜ」
「チィッ時間がねぇ………ガキの監視はそのままセッコが続けろ。俺らは村へ襲撃を仕掛けて賢者の石の回収を進める。そうすりゃあほぼ依頼完了だろ」
「じゃあ外ではいつも通り殺していいんだな」
「ちょうど目撃者だ。生かす余地はねぇ」
荒くれどもはひとりを残し再び森の中へと姿を消していく。
喉が熱い、汗が止まらない、肩の震えが治まらない。先に体験した死に近い感覚。いや今度は明確に個人に向けられた分、恐怖が思考を満たす。
「災難だったな。たまたま迷い込んだその日が俺らの決行日だったなんてな」
「…………」
ミッチの視界の先、木陰に隠れるひとりの少年を確認。シェヴィだ。
震え隠れることしかできないシェヴィ、その様子を見てはミッチの中で決意が固まった。
こんな命を軽く扱う奴らに村の皆さんを危険に晒させるか!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おう、おはよ」
「フータロー目覚めていたのか」
「ありがとう。担いでここまで連れてきてくれたんだろ?本当にありがとう」
ケイゴは照れくさそうに鼻頭を軽く掻きフータローの隣、空いた席に座る。目の前に座っていた村長が茶を注いではそのカップをケイゴの前へと置きしばし沈黙の時が流れる。
開口一番、村長が口にしたのはこの世界の有り様について。
「フータローさまからお話は伺いました。にわかには信じがたいですが皆さんは別の世界から来られたと?でしたらまずは初歩的なものから」
「世界にはまぁ見られての通り様々な生態、種族が暮らしております。その中でももっとも数が多く、高度に発展した文明を持つのが人間」
「簡単にいえば人間とそれ以外とのように分類されることが多いですね。根深いお話です」
「この土地もワタクシたちではなく元々人間が納めている領地。そこを心優しい領主様がお譲りくださったのです。もちろんその分の見返りは献上させていただいておりますが」
村長との問答、時が進み日が沈んでゆく。
ポツポツと村の周りに立てられた松明に火が点される。夕陽と炎、窓から入る赤色は三人の表情を隠した。
「賢者の石とはなんですか?」
村長は目を見開き下唇を噛みながらカップの取っ手に指を触れる。
「どこでその名を?」
「エルガ君とシェヴィ君から。もちろん無理強いはしません………ただ過ごすなか俺たちにも危険が及びそうな、そんな気がして」
ケイゴからの返答に少しホッとした様子で村長はカップから手を引き両手を机の上に置いた。
「分かりました。ではお話ししましょう」
『賢者の石』とは王位継承の際に必要なアイテム。
石自体に特殊な力があるわけではないのです。あるとすれば参加権、とでも言いましょうか。つまりそのアイテムを所持さえしていれば誰でも王位争奪戦に参加することができる。
「……何故そんなものがこの村に?」
「はじめにご説明した中にこの土地の本来の持ち主のお話しをさせていただきましたよね。領主様、その領主様こそが王家の血筋であり生まれながらに賢者の石の所持を許されたお方なのです」
「保管を任されている、ということですか」
「んぅ、そういったわけでもないようで」
───カンカンカンカンッッ
「!!?」
日が暮れ家族の時間、村中に鳴り響く警鐘。何事だと住民はドアを開け外に集まる。
「見て!監視塔の上、シェヴィだわ」
「何をしてるんだ!?鐘をならして。脅威なんて周りになにもないぞ」
息を切らしシェヴィは中央に集まった住民の前へと駆けて行く。その尋常でない面持ちに周りは冷や汗を垂らしシェヴィの言葉を待つ。
「ぜぇぜぇ……げほっ!………来る。早く逃げないと」
「何が来るんだよ?シェヴィ」
「エルガ……!『異世界サークル』の皆さんは!?」
「たしかケイゴとフータローは村長の家、カナは宿に。ミッチは……ってシェヴィと一緒じゃないのか?」
伝えなきゃ。
今にも吐き出しそうな表情で集まった住民をかき分け村長の家へと向かおうとしたその時、闇と化した林の中から風切り音を纏いボウガンの矢が一本、シェヴィの背に命中。「ぎゃっ」と痛い悲鳴をあげそのまますっ転んでしまう。
すべての視線は発射されたボウガンの弾道を辿りその張本人へと注がれる。
「はぁーいぃ」
「はぁはぁエルフのガキがっ。手間取らせやがって」
「多少時間がズレたがまぁいいだろう。………お集まりのエルフ諸君!!今日が時代の転換期、さぁ賢者の石はどこにあるぅ?」
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