異世界サークル

華夏氏

第1話『イセサー』

 ここは日本国内某所。見渡す限り林の山腹に建てられた運動会テントに機器の数々。そんないかにもな状況になんとも怪しげな四人の大学生の会話が続けられていた。

「あとは正常に稼働するか確認するだけ」

「ここまで長かったですね。途中、何度挫けかけたか……」

「まだまだ安堵するには早いですよ。下手したらこの山丸々、亜空間に飲み込まれますからね」

「ミッチの計算、カナの設計、フータローの技術……そんで俺は資金集め。ここで成功すれば俺たちは各々の願いを叶えられる!!」


 テントの前に立て掛けられた木製の看板。そこには『異世界サークル』と書かれている。

 今日は異次元へと繋がる(予定の)ポータルの稼働実験日。もちろん非合法!知られたら絶対政府かなんかから止められる。危険も重々承知、それでも『イセサー』にはこれしかなかった。

「───動作確認。異常なし」

「いい?あくまで開くだけだからね」

「心配しすぎ。ミッチは。こんな小さな機械で開くポータル、おさるのジョージですら潜れないよ」

「じゃあ早々に成功させて打ち上げしよう!」


 ───ブォン。

 起動音と共にがちゃがちゃと大量のコードに繋がれた正方形の枠、まるで小窓のような機械が動きだした。ヂヂヂッと聞こえる電気の音に肝を冷やしながら四人組はただ見守る。

 すると恐々と心配していたミッチが一番に声を上げた。

「やっ、こっ、見えた……。見えたっ!!」

「「!??」」

「うん、起動後25秒の安定を確認。成功だよ」

 小窓を覗くとそこには周りの風景とは明らかに違う景色が広がっていた。

「「いぃやあっったぁああ!!!!」」

 カナとケイゴのあまりの歓喜っぷりにフータローは苦笑い、引き続きモニターに注意を向けていると───コツッ。

「?イタイなぁ誰~!ペットボトル投げたの」

 振り返ると誰も背後にはおらず、ただ飲みかけのペットボトルが宙を漂っていた。

 漂っていた?


 数秒の思考停止。気づいた時には遅かった。

 小窓に張った青白い膜が螺旋を描き、その周辺の物を次々と吸い込んでいく。もちろん人間も例外ではない。

「どうしてっ!?失敗したのか??」

「分からない解らないわからないっっっ!!!」

「そんなことは後にして!!今は止むまで手を離すなっ!!」

 カナの叫びも意味はなく、フータローの掴まっていた支えが砕ける。


「フータロー掴んだ!手ぇ放すなよ……絶対に!!」

「ケイゴくん、皆駄目だ。このままじゃあ………」

 健闘むなしく四人とも渦へと吸い込まれてしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うぅ…………」

 目元を照らす木漏れ日に眩しさを感じ目蓋を開く。

 別段変わった状況でもなくひとり早く目覚めたミッチはすぐに他三人の様子を確かめた。

 ───良かった

 何事もなく意識を取り戻す友人たちにミッチはホッと胸をなだめた。


「森……の中。機械から覗いた景色とは全然違う」

「座標がズレたかな?……んな事言ってる場合じゃないか」

「ポータルは閉じてしまっている。これまた色々とこっちに持ってきて」

 四人の周りに散乱する共に吸い込まれた機器や飲食物、小枝、葉、鹿……。拾ってはその無事を確かめて手元に残ったのは壊れて鋭利なフレームにチタンの棒、穴が開き中身の無いペットボトルに一袋のチップス、鹿二頭。

「海に落ちなくて幸いだった。私泳げないから」

「シュミレーションしていたとはいえ…………落ち着き過ぎではないかっ!?」

「ミッチはもう心配性。焦って事を欠いた奴から脱落していくんだぜ」

 そう言うとケイゴは鋭利なフレームを手に近くの木に実った果実を獲ろうとする。その動作に反応し遠くから窺っていた一頭は距離を取るため森の奥へと───


 ドドオォォオオッッッ!!!!


「あ?」

 音の先には今まで存在していなかった黄土色の天高くそびえる塔。距離にして30mも離れているが決して見劣り、いや見逃すはずもない巨大な建物が突如として地中から突出した。

 上から降る土と根を剥き出された大木の数々、そして生物の後ろ脚と少しを残した遺骸。見覚えのある毛色は赤黒く染まり乱雑に切り刻まれた臓物からは止めどなく血が溢れる。

 四人は愕然とし開いた口も塞がらず、ただ呆然と。得体の知れない一抱え以上もある黄土色の塔は軽く揺れ一瞬で屋上に隠れた『素顔』を見せる。まるで蛇のように体をうねらせて地表めがけて降下するその『化け物』は顔いっぱいの大口を、一本一本の歯を覗かせながら迫る。

「走れぇぇええ!!?」

「うわぁああ!!!」


「何だアレ!?きンもーいっ!!」

「追って来るぞ!?こんなヤツと序盤で遭遇するなんて想定していなかった!!」

「だからんな事言ってる場合じゃあ………なに鹿連れてきてるんだ、ミッチは!?」

「小鹿なんだよっ!可哀想だろ!?」

「破綻っ!破綻してるぅ!!とりあえず放せ!囮にする、って追われてる原因 鹿それかぁあ!!??」

 まるで災害、周りを捲き込みながら迫る巨大ミミズ。息が切れ追いつかれそうな瞬間、先ほどまで追っていた長~~~い巨体は軽々しく四人の遥か上空を吹き飛んでいく。飛ばされ千切れた一部をもぞもぞさせながら巨大ミミズは口だけ残したのっぺらぼうの眉間に青筋をたて歯茎剥き出しては牙をその相手に向ける。

 ケイゴは恐る恐る背後を振り返るとそこにもまた、体躯が山並の巨体に二又、六脚の虎が咆哮。どうやら知らず知らずの内に別の縄張りに迷い込んでしまっていたらしい。

 あまりの出来事にフータローはプツンと糸が切れたように気絶。

「おいフータロー!?ウソ、だろぉ………」

「ごめん。僕のせいだ」

「ミッチのせいじゃない。元を辿れば」

「そんなことは後!ケイゴ、フータローを抱えて!!私たちがこの次元、異世界を目指した理由は何!?それぞれの目的を果たすまで死ねるかっ」


「お兄さんたち!こっち」

 足元のいざこざなんてすでに無関心、繰り広げられる大怪獣バトルでの轟音の中で確かに呼ぶ声が聞こえる。

 藁にも縋る思いで疑いなど発想もなく声の主の元へと駆け込んだ。そこは地下に掘られた天然の洞窟。響く震動、揺れる洞窟内に不安を抱きながら先頭を走る二人の後をついて行く。

 無心で走りどれほどの時間が経ったのか、先ほどまで響いていた怪獣たちの音は静かに。それだけでも遠くまで来たことが分かった。

 目前に急な坂。先頭の二人は軽々と手足を使い登る。カナ、ミッチ(抱えた小鹿)、ケイゴ(背にフータロー)は真似をするように登り眩しく感じる洞窟の外へと出る。


「はぁはぁ」

「ケホッ………喉かわいた」

「ぜぇぜぇ、フータローおろすな」


「勢いで連れてきちゃったけど大丈夫かな?」

「うん見逃せないよ……。それに誰も見棄てなかった。悪いヒトたちじゃなさそう」

 会話を終えるとひとりはこちらに近づき姿を覆っていたマントを軽く脱ぐ。

 フードで隠れていたが相当な美形。透き通る真っ白な肌に絹糸のようにサラッとした翡翠色の髪、なによりの特徴はつん尖った耳。勘の良い人にはすぐにその存在が分かる。

妖精エルフ

 ミッチの発した言葉に姿を明かした二人は背に隠した弓やナイフを向け警戒を示した。

「やっぱり狙いは!!」

はヒトが扱える代物ではないぞ!!」


 緊迫した状況の中、カナは鬼気迫る表情で

「そんなことはどうでもいいから水をちょうだい!!」

 あまりの切迫っぷりに呆気にとられた二人の少年は腰に下げた水筒を取り差し出した。思わず飛び付いたカナは水筒の中身をすべて飲み干し口から溢れ滴った水を拭った。

「っはぁ~~!!うンまぁ!!ありがとう助かった」

「……そうだね、まずはお礼を。助けてくれてありがとう」

「ありがとう」

 向けられた極上の表情に警戒する自身を馬鹿馬鹿しく思ったのか武器を恥ずかしそうに仕舞い二人は続けて自己紹介を始めた。

「うん。そこのお兄さんの言うとおり種族『妖精』、名前はエルガ」

「ボクはシェヴィ。ごめんねナイフ向けちゃって」


「ん、挨拶する流れ?俺はケイゴ、名字は……いいか別に」

「じゃあ私はカナ」

「僕はミッチ。そう呼ばれているからそう呼んで」

「そんでここで気を失っているのがフータロー。俺たち四人で〈異世界サークル〉ってコミュニティ」

「???」

「まぁ友達ってことでいいよ」


 確かに感じた異世界の空気。望んだとはいえ、最初からのハードモードっぷりに少々の嫌気を抱きながらまだ知らない未体験ゾーンに『異世界サークル』の四人は身を投じていく。








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