第9話
「倉木ミツキさん、そしてヒナタくん?」
はあ、と緊張していた僕は間の抜けた返答をした。ミツキは警戒しているらしく神妙な面持ちだ。
「ミツキの知り合い?」
ミツキはぶんぶんと首を横に振った。
「知らない子」
「だよな」
そもそも僕らにとって雲の上の存在である鳳凰高校の知り合いがいるわけもない。なにしろ下手に声を掛けたら警官がすっ飛んでくるような生徒たちなのだ。
「えーっと、どちら様?」
「初めまして、あなたたち二人にお話があるの。ちょっと付き合ってくれない?」
「お話?」
唐突な質問に面食らってしまった。どこかで会ったかな。でも相手は「初めまして」って言っているし……考えあぐねていると、ミツキが強い調子で言い返した。
「知らない人には付いていかないようにって、聞いたことないの?」
女子生徒は思わず吹き出した。ミツキの醸し出す雰囲気と幼い台詞がまるでそぐわなかったからだろう。
「君、個性的だね」
「個性的?」
ミツキはその言葉の意味を悪いほうには受け取らなかったようだ。僕は呆れて左手を左右に振った。
「いや、思い切り馬鹿にされているぞ」
「仲の良い兄弟だね」
女子生徒はくすくすと笑っている。嘲るというよりは心から楽しそうな様子だ。僕はなんだか恥ずかしくなり首を掻いた。
「あの、ご用件は?」
「用件は落ち着いた場所で話したいの。通学路だと他の生徒に聞こえちゃうでしょ。どこかいい場所があるといいんだけれど」
「聞かれちゃまずい話なんですか?」
「だって、あなたたちの秘密は誰にも聞かれたくないでしょ?」
「秘密?」
ミツキが訝しげに尋ねた。嫌な予感しかしない。先程の直観通り災難の前触れなのか?冷たい汗が首をつたう。
「とぼけても無駄だよ。ツカレビトって言葉、知っているよね?」
ミツキの顔が一気に険しくなり、敵意丸出しで目の前の女を睨み続けた。僕は悟られないように深呼吸をし平常心を保とうとしたが、内心は吐き気がするほどの緊張に襲われていた。この女子生徒はミツキの表情にまるで動じずポーカーフェイスを保ったまま、不敵な笑みすら浮かべていた。
無言の対峙がどれくらい続いただろう。数十秒にも数分にも感じられた。しびれを切らしたミツキが両手を腰のあたりで構えステップを取り始めた。それを見た少女が大きく息を吐きだし、両の手の平を胸の前でこちらに向けた。
「怪しい相手には問答無用ってことね」
ミツキが吐き捨てるように言った。
「お前、誰だ?」
「あなたたちの敵じゃない、と言っても信じてもらえないよね。でもお願い、少しだけ時間を割いて欲しいの」
それを聞いたミツキは構えをゆっくりと解いたが気は全く緩めず威嚇する猫のような目は女から外さなかった。僕は動揺を悟られまいと平静を保って喋ったつもりだが、少し声が上擦ってしまった。
「急に目の前に現れて、脅迫めいた真似をするやつの話を聞けと?」
「でもこのまま秘密を知っている人間をむざむざ帰す気はないでしょ」
目の前の女の言う通りだった。相手のペースで物事が進むのが気に入らないが仕方ない。僕は少し考えるふりをして、女子生徒に向かって軽くうなずいた。
「付き合ってやるよ。ただし……」
「ただし、話次第では痛い目を見るかもしれない、かな?」
ミツキが更に鋭い目つきで女を射抜いたが、女は涼しげなただただ視線を返すだけだった。感情丸出しのミツキのおかげで、僕はは多少なりとも冷静になれた。
「物騒な話にはもちろんならない。でもあんたにとっては相当に面倒なことになる。それだけは覚悟してくれ」
「大丈夫。じゃあ落ち着いた場所で話しましょう」
少女の作り物のような表情が安堵で少し緩んだように見えた。
「どこがいいかしら?」
「行きつけの喫茶店でいいかな?結構歩くけど」
「構わない。こちらこそ、せっかく帰宅中のところごめんなさいね」
そう言いながら女子生徒は特に申し訳なさそうでもなかった。ミツキは返事をする代わりに女子生徒を見ながらゆっくりと頷いた。僕が歩きだし、ミツキも左にぴったり付いて歩くと、女子生徒は僕ら二人が数歩先に行ったことを確認してからようやく歩き始めた。僕は女子生徒のほうを振り返った。
「そこだと話しにくいんだけど」
「近くにいられると嫌かなと思って」
「後ろに立たれる方が怖いんだけど」
少女は2本指を顎に当てながら暫く僕の言ったことを反芻している様子だったが、分かったと一言呟いた。
「言われてみれば背中に立たれたくないよね。でもそれっておじいちゃんが好きな漫画の主人公みたい。なんてタイトルだっけ?」
「ゴルゴ13だろ?」
「そう、それそれ。若いのによく知ってるね」
そういって女はクスクス笑った。お前も若いだろがというツッコミはさておき、笑い方ひとつとっても彼女が上品なお嬢様育ちなのが見て取れる。
「分かったよ。じゃあ君の隣でいいかな?」
そう言って僕の右に並んだ少女にミツキは敵意の籠った視線を緩めなかった。
「小倉ミツキさん、もしよかったら警戒を解いてくれないかしら」
諭すような口調で話す彼女は余裕たっぷりの表情だった。
「ミツキ、別に喧嘩をしに行く訳じゃない」
「分かった……」
ミツキは拗ねたように言い、下を向いて歩いた。少女は少しほっとしたようだ。
「倉木ミツキ君、お店って繁華街にあるの?」
「いや、
「水流神社?聞いたことないな」
「まあそうだろうな」
ミツキがちらりと僕の顔を見る。先程とは打って変わって気弱そうな表情だ。まったく、明日から夏休みだというのに。僕は深々とため息をついた。
◇◇◇
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