お散歩コース

「だぁりん出発するぜよぉ!」

「あいあい、そう急かすな」


 きわどい一件から一転、ほのぼのハナと散歩開始。

少し肌寒さを感じるが、陽の光がそれらを和らげてくれる。また、休日ということもあり、長閑(のどか)で空気が澄んでいる。ああ、心地が良い。


 苦し紛れに提案した散歩であったが、気分転換にはもってこいだろう。そもそも、家に籠ってばかりでは心にも身体にも悪影響だ。

 さらに、外部からの刺激によって記憶が回復でもすれば一石二鳥。まぁ、こっちに関しては飽く迄希望的観測ではあるが、それでもやらないよりはやったほうがマシだ。


「お外気ぃい持ちぃいいいいいいっ!」

「あんま大声出すな、そしてぴょんぴょん跳ねるな」

「見てみて、だぁりんすごいぃいい?」

「片手で逆立ちするなっ!」

「はぁい!」


僕はこの大人版ア〇レちゃん(メガネっ子でロボットでもないが)と共に歩を進めた。


「いぇえええええいっ! だぁりんいんざさんぽっぽ楽しいっ!」

「うん、良かった良かった。離れず僕にちゃんとついて来いよ?」

「はぁい!」


 散歩コースに選んだのは近所の住宅地、からさらに裏に入った人通りの少ないところだ。理由はお察しのとおり……ハナが奇行で他人様に迷惑をかけてしまう恐れを見越してことだ。

 

「とぉおおおおおりゃぁあああああああっ!」

「ああああああっもうっ! 前方回転倒立跳びを連続でするなっ! そしてそのまま先に行くなっ!」

「あっっちょおおおおおおおおおおおおっ!」

「バク転で戻ってくるなっ!」


 ……やはりこのコースで良かった。

ハナのはしゃぎっぷりを観る限り、きっと身体を動かすことが好きなのだろう。……ということは、あの膂力を持て余したら、万が一にでもこの僕をストレスのはけ口、強いてはサンドバッグ的な玩具にするかもしれないっ! ……ああ、冷汗三斗。

 てかこいつ、さっきから凄まじい運動神経を見せつけてねぇかっ?

 ……雄としての様々な自信をなくすが、まぁフィジカルモンスターだし、元気が何よりだし、気にせず良しとするか。……するしかないっ!


 彼女の天真爛漫かつアクロバティックな行動は続いたが、都度それらを窘(たしな)めては、散歩を続けた。そして、道中アニメの話でも盛り上がった。


「楽しぃねぇだぁりんっ! そんでね、そんでねっ!」

「うんうん」

 

以外にも? 彼女の記憶力は高く、台詞や登場人物の名前などをしっかり出しながら感想を述べていた。……やはり恋愛モノと家族モノが好きらしい。……うん、可愛い。

 そして二十分くらいが過ぎたころ、折り返して帰路につこうかというくらいで、再びこの散歩コースが正解だったことを強く思い知らされたのだ。


「あ、そうだ、だぁりん」

「ん?」

「ともだち〇こってなに?」


 白目むいて倒れるかと思った……。


「バ、バカっ! いきなりなに言ってんだお前! 人前でその言葉言っちゃダメっ!」

「あっ! ……あぅうう、ゴ、ゴメンなソーリーだじぇえ」

「……うぅんむ」


 そぉんな潤んだ瞳で見つめんなよぉ、可愛すぎんだろっ!


「で、なんで気になったのさ。その言葉」

「あ、うん。……えっとね」

「……」

「くりくりの挨拶がね、ともだぁ……」


ギロリっと彼女を睨みつける。


「あ、ああ……うん、あれでしょ?」


 純粋さは時として誤解を生んでしまう。ましてや彼女の見た目は大人の女性だ。少し可哀想な気もするが、ある程度身の振り方は教育してあげないと、と強く感じたのだ。


「うん、で?」

「でね、あたしとだぁりんは、伴侶でしょ?」

「……」

「……だからね、うちらはね、そのぉ……は、はんりょち〇こするのかなって!」


 あぁ……やっぱ良かったぁ……人いなくてほんっとよかったぁ……たすかったぁ……


「あ、あれ? だぁりん? 大丈夫? 白目になってない?」


 ふぅ、と一息つき、そもどう答えることが最適なのかを模索する。


「うん、ハナ」

「……はい」

「それって、そもそもどういうことなんだろう?」

「ん? だからぁ、だぁりん手ぇ貸して。……でね、こうしてぇお互いの手をぉ、お互いのぉ…」

「だぁああああ! やめろやめろぉぉおおおおお! わかった、わかったから! 頼むから行動にうつすな!」


 キョトンとしているハナを見て、子供の頃を思い出した。

学校でこのギャグが問題になったこと。そして、先生や保護者の方々が頭を抱えながら生徒たちに注意していたことだ。……ああ、今やっと、その気持ちが理解できた。

てか、こいつ小学生じゃねぇんだからよぉ……マジ勘弁してくれよぉ……


「いいか、ハナ」

「……はい」

「伴侶はそんなことしないぜ!(キリッ)」

「おぉおおおおおおおお!」

「……ふぅ」

「じゃあなにするの?」

「……」

「ん? なにするのぉ?」


 ああああああああっ! もっともっとアレなこともソレなこともあんなこともこんなこともぉおおおおおおおおおおおっ! 何でもするんだよっ!

 と、言いたいところではあったが、もしそれらをそのまま彼女にぶつけたのならば「おぉおおおおおおおっ!」とか言って、すぐにこの場で行動に移すに違いない! 

そう! この場でだ! 

立派な公然わいせつ罪!  

六ヶ月以下の懲役、もしくは三十万円以下の罰金っ! 


僕は言葉を慎重に選ぶ。

 

「……特になにもしないさ」

「えっ! なにもしないのぉ?」

「うん、なにもしない」


 ……世の父ちゃん母ちゃんはこんな気持ちなのかなぁ。


「なんでぇ?」 


 で、でたぁ! なんでなんで攻撃! そう、これこそが、小学校低学年が最も得意とする対大人用必殺技なのである! ……ってだからぁ、お前は小学生じゃねぇだろっ!


「伴侶、ってのはなぁ……」

「うんうんっ!」

「何もしなくたって、何も伝えなくたって、心で通じ合っているものだからさ!(キリッ)」

「……」


 あ、あれ? ハナから返事が無い。ただのしかばね、なはずではな……


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! だぁりん、カッコいいぃいい!」

「お、おうっ」

「なぁるほどね! すっごいわかった! ありがとう!」


 何だか良くわからないが、上手くは伝わったみたいで事なきを得た。……ホントに伝わったのか?

まぁとにかく、僕は胸を撫でおろした。


こいつぁ記憶どうのこうよりも、まずは最低限の社会のルールから教えなければいけないのかしら? なぞ、思いを巡らせるも、そんなことはお構いなしに莞爾と笑うハナは可愛かった。

冬が始まって間もない、心地の良い晴れた昼下がりであった。


「ああ、だぁりん、あとね、いいなけ……」

「それもダメっ!」

「……はぁい」

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