キミの名前は……
「ごしゅじん? ごしゅじんんんん!」
重たさと煩さと力強さで目が覚めた。
「……おい」
「ん?」
「……なんで乗ってんだよ! 重いだろ!」
「あああああああああ! よかっただぁ! よかったですだぁ! おめざめですだぁ!」
「もぉおう! 抱きつくなよ! 重てぇよ! とにかくどけ!」
「はぁああああああい!」
意識を取り戻した僕は、愛しさが吹き飛び切なさがこみ上げ恥ずかしさで胸がいっぱいだった。
「……ふぅ」
一息つく僕、目をパチパチさせながら口角をあげて見つめている彼女。
「……お手」
「はぁい!」
「お座り」
「はぁい!」
「もう座ってんだろ!」
「はぁい!」
「……」
……可愛い。じゃない! 違う違う。……もう、そんなつぶらな瞳で僕を見つめてくれるなよ。と、そう思いつつも、僕は頭を整理するために、事件の方向性について少し勘ぐってみた。
「腕見せてくれる?」
「はぁい!」
「目を見せて。……よぉく僕に見せてみて」
「んんんんんん! パチパチぃいいい!」
「どこか痛いところとか、傷とか、そういったものはないかな?」
「ううん、ないよぉ! あたしげんきげんきげんきぃいいいいい!」
注射の跡や傷跡、またはそういった類の人間に見られると言った症状は特になかった。とはいえ、僕は医者ではないし、しかもそういった類の常習者ともなれば、それらを使用していることが当たり前の身体になるのだから、余計に見分けがつかなくなる。と、聞いたことがある。
憶測が憶測を呼びもしたのだが……下手の考え休むに似たり、というものだ。そう自身に言い聞かせ、結論をだした。
二つだ。とにかく、今の彼女は元気で健康そのもの。そして、成人男性を軽々持ち上げられるだけの膂力があるフィジカルモンスター。ということだ。
記憶の障害なのか、知能の障害なのか、そっちは一旦置いといて、まずは彼女と僕の今を、一歩前進させる方が優先だと考えた。
「……よし、まず、キミは名前すら思い出せないんだな?」
「はぁい!」
とはいえ……何だかなぁ、と思いつつ、何だこのどっかで観たことあるような無いようなラブコメというかコメ色しかないような展開は……とかも思いつつ、先述した通り、まずは一歩前進するために、半ば強制的にある提案を彼女にした。
「……うぅむ、さすがにそれは不便だから、とりあえずこの僕が……主人であるこの僕がっ! 君に名前を授けてやろうではないかっ!」
「おぉぉおおおおおおお! うんうん! うれしいぃいいい!」
快諾してくれたよかった。
というのも、名前というものは本当に大切だからだ。それがそれであるという、個が個であるという、そういったいわゆる証になるのだから。
例え幻のような今であったとしても、彼女と僕を繋ぎとめる何かになってくれるはずだ。そう僕は強く感じたのだ。
「冬の寒空……ふゆ」
「ひゅう~~」
ふゆ? ……うげっ、顔だけの性格最悪の夜のお姉さんの源氏名だった。……嫌な思い出がよみがえる。なぞ、胸中独りごつ。
「月のキレイな夜だったからぁ……」
「からあ?」
「月……ルナ」
「……るなぁ?」
「うぅうむ、違うかぁ」
しっかし、ほんと可愛いよなぁ。顔だけじゃなくて、この、あなただけにメチャクチャ懐きます! みたいな感じ。これも好みというか、ほっとけなくなる要因でもあるんだよなぁ。と、一つ閃く。
「……ああ、そっか、そういうことか」
「ん?」
「失礼な意味でなく、すごく良い意味で、キミは何となぁく犬っぽいよね」
「わんわんわぁああん!」
「ジュリ……昔お袋の実家で飼っていた犬だ」
「じゅりぃいい?」
「伸ばすな! 沢田か! ……ああ、ジュリ可愛かったなぁ。メスで雑種で中型で吠えなくて噛まなくて、ほんっと大人しくていい子だったよなぁ」
「あたしもいいこ! そう、じゅりぃいい!」
「……死んだジュリに申し訳ない。……やっぱ却下だ」
「えええ、死んじゃうの;お?」
「泣くな! ……犬の寿命は人と比べれば短いんだ。といっても、もうだいぶ前に死んじゃったけどな」
「う、うぅう……じゅ、じゅうぅううりぃいいいいいいいい!」
「泣くな喚くな煩くするな! お前は死なない! そして僕も死なない! だから泣くな!」
「はぁい!」
いつぶりだろう。僕が本気で女性に感情を曝け出すのは。
どれだけ取り繕ってみても、カッコつけたり虚飾で塗り固めてみても、きっと彼女には何も通じず、全てを見透かされてしまうのだろう。
だからこそ、こうして僕も気楽にありのままでいられるのかもしれない。
そういった彼女の一連の純朴で屈託のない、天衣無縫な幼心を感じて、ふと、ある女性が頭に浮かんできた。
「僕が理想とするタイプがいる。まぁ、アニメの登場人物だがな」
「あにめぇ?」
「彼女は気高く、自身が金持ちであることを決してひけらかさず、純朴で素直。そしていつも笑顔で可愛らしい」
「おぉぉおおお!」
「友人を、家族を、ありとあらゆる命あるものを隔たりなく愛で、大切にし、何より自分の好きな人への押しが強い!」
「おぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「彼女の名前は……」
「なまなまえはぁ!」
「花〇花子! そう、アニメ界最強にして最高のマドンナ、花〇さんだ!」
「……はなざわさんこぉ?」
「敬愛すべき花〇さんの名前を頂戴し、キミをハナコと名付けよう!」
「……はなぁ?」
「そそ! うん、はなぁ……」
「はなぁあ……はなぁ……はな……ハナ」
「そそ! はなぁ、じゃなくてね、花子、は、な……」
我ながら重畳! と悦に浸っていたのだが……
「ハナ!」
「ひぃ! ……急に大声出して立ち上がるな!」
彼女は急に大声を出し、大きな瞳をさらに見開き、明らかにおかしな様子で語り始めた。
「うん! いい! 花はキレイだし! 昨日ご主人あたしのことキレイって言ってたし! ハナ! あたしはハナ!」
「……へっ? ……どうした? なにこいつ、巨〇兵にオー〇って名前つけた時のあれ? てか、花子だし。勝手に花〇さんの名前変えるなだし。そもそ……」
「あたしはハナ! 月の眷属にして第三王女ヴァシリキが嫡女! 」
「……しゃ、しゃべった? って、何か急に難しい漢字……」
「厳冬を知らせる満ちた月と共に我を呼び覚ます定命の者!」
「え、ええええええええええええ! ど、どうしちゃったの?」
「彼の者と契りを交わし、我が主として迎えるべし!」
「……えっ……えぇえっとぉ……やっべ、吐き気止まんねぇ……あ、そうか、これ全部、夢なのね」
本日二度目の失神。……をしそうになった、どこまでも感受性が豊かで女性に優しい、僕なのであった。
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