君を殺した春は、とても気持ちのいい春風が吹いた。

しう

◇◇◇

 うざったいほどの春晴れ。

 僕の天井を覆う木々の葉が木漏れ日を創作する。

 それはとても神秘を感じさせる。

 世界の神秘。自然、命の神秘。

 葉と葉の間から差し込む日差しが時たまに僕の目をぐさり突き刺す。

 視力が弱く、光に目が弱いので余計に目が痛む。そのため自然と瞬きは多くなる。

 そして、瞬きをする度に現れる葉と光。時々木。

 森の獣道は安全じゃない。

 先にアオダイショウを見たし、葉っぱはジーンズパンツに何度も斬撃を入れている。


「こんなんダメージジーンズになるわ」


 俺は隣にいる『彼女』に声をかける。


 ◇


 ──


 ◇


 彼女がいなくなって3日。

 今日は俺の家に親友が遊びに来る。

『彼女』以外を家に入れるのは気が引ける。

 俺は潔癖症持ちで、彼女とか家族以外には発症してしまうのが理由だろう。だから決して嫌っているとかでは無い。

 しかし何故だか今は他人を家に入れることになにか思うことは無かった。


 部屋は綺麗。というか、家具はベッド以外何も置いていない為殺風景。

 天井に着いている黄味がかったあかりが何も無い部屋をなんの躊躇もなく認識させる。


「何も置いてないから特にすることもないな」


 俺はベッドでまだ寝ている『彼女』に話しかける。

 寝ているため当然返事もなく、少し嫌気がさした俺は『彼女』と一緒に親友が来るまで一眠りすることにした。


 ◇


 ──


 ◇


「鍵あいてんで〜」


 俺はその声で『現実』に戻された。

 隣に寝ていた『彼女』が居ないことに疑問を持ちつつ、玄関まで親友を迎えに行く。


「お前寝起きかい」


「そやけど?」


 俺と親友はいつものようなやり取りを交わす。


 その後親友をリビングまで招き入れると「なんにもないな〜」なんて言いながらベッドに腰をかけた。

 親友の腰を支えているベッドを見てふと思い出した。


 そうだ『彼女』が居ない。


「なんやねんどした? 泣きそうな顔して」


「いや全然泣きそうちゃうけど、『──────』が居なくなってん」


「そんなん知ってるわ。お前が言うてはったやん。どっか出かけてるんちゃう?」


 あそうか。

 何も言わずにと言うな少々気に食わないが、出掛けてるだけだと言うのなら許そう。


「てかお前にそんなこといったっけ?」


「お前覚えてへんの? 嘘なら良いけど危ない薬とかやってないよな?」


「やってへんわ」


 ◇


 ──


 ◇


 深夜2時を回った。

 さすがに遅くないかと思う。

 親友が来たのが夜の8時だから6時間は帰ってきてないということになる。


「さすがに帰り遅くない?」


 俺は言った。


「てか帰ってくんの?」


 と親友は言った。


「なんやねん、俺の事不安にさせたいん?」


 と俺は言う。


「なわけ、お前が心配で来たんや」


 と親友が言う。


 お酒のせいで頭が回らない。


 ◇


 ──


 ◇


「探しに行くわ」


 俺は親友にそう告げ、外に出る。


「いや、無駄やって。いくら探しても見つからんわ」


「なに? お前なんかしってるん?」


 俺は知らないうちに親友の胸ぐらを掴んでいた。


「落ち着けって……わかったから、俺も付き合うよ」


 ◇


 ──


 ◇


 コンビニ、居酒屋街のどこを探してもいないし、もちろん携帯も出ない。

 そしたら残るのは


「一軒一軒チャイム鳴らして聞いていくか」


「お前正気か」


 親友が俺の行動を引き止める。

 すると親友は決心したかのように話し出す。


「わかった。ほんならお前は3日前どこにいた?」


 山。


「ほんなら、そこ行こか、多分そこに──────ると思うので」


「なんて?」


「は? ────────ら、とりあえず行くで」


「……よく分からんけど分かった」


 ◇


 気持ちのいい春の夜。

 僕の天井を覆う木々の葉が月の明かりすらも遮断する。

 それはとても神秘を感じさせる。

 世界の神秘。自然、命の神秘。

 葉と葉の間から差し込む月明かりが時たまに僕の目に優しく微笑む。

 視力が弱く、光に目が弱いので少しの明かりでもとても助かる。


「この森やろ?」


「なにがやねん」


 俺は何も分からなかった。


「お前に連れられてここ来たんや」


 俺がそう言うと親友は言った。


「もうええわ。何となくわかった」


 何がや。

 何も分からんでいい。


「とりあえず、お前は3日──いや1日またいだか4日前か。何してた」


「お前は朝食食べたパンの枚数を覚えているか?」


「黙れ」


「そういうことだ」


 俺はそう冗談で乗り切ろうとしたのだ。


「俺はお前の味方だし、お前が何しようがお前の味方。だからこそ、お前はお前のした事を思い出せ」


「何キモイ事いってるん」


 なんだこの親友キモすぎる。

 いきなりイタイ事言い出して正気か。


「お前俺が正気じゃないと思ってるやろ」


 ああ。


「お前が俺の事を正気じゃないと思ってる以上にお前が俺は正気じゃないと思っている」


 は? 意味がわからない。


「どうせお前の都合の悪いことは耳には入らないだろう。それに、都合の悪いこと物語はお前の中で飛ばされてるんだろ」


 なにを言っているか分からない。


「ほらな、徐々に話していけばどこまでが『都合が悪い』のか分からなくなって言っている」


 。


「とりあえずお前は『────』を探してたんやろ?」


 よく聞こえない。


「お前の『彼女』を探してたんやろ?」


 そうだ。


「探しても見つからんよ。いないから──」


 いない? 探せばいつかは見つかるやろ。


「──この世に」


 ◇


 夜はもう明けていた。


 自分の中の何かが崩れていくのを感じる。

 全く大事じゃないが、崩れてはいけない。

 崩れてはいけない。

 崩れしてはいけない。

 崩されてはいけない。


「親友よ。お前は何がしたいんや」


 俺は切実な思いで単純な疑問を投げかける。


「お前に『現実』を見て欲しい。お前の見ている『──』は幻覚だ」


 これが夢とでも言うのか。


「俺は夢は見いひんわ。夢しか見てへんかったらニートにしかなってへんわ」


「お前の『彼女』は死んだんや。お前は多分そのとき連絡してきたんやろ。『彼女が死んでる』ってな」


 心に綺麗に空けていた穴が汚い汚物で塞がっていってしまう。

 取り除かれていたものがまた移植されていく。

 止めなくては。


「元々病弱やったから──」



 ◇◇◇



「ゆうくんが私のそばにいてくれて嬉しい」


 病室の窓から、冬の外の殺風景を眺めるその端正な横顔は自分の未来を案じているように見える。


『彼女』は昔に両親を交通事故でなくして、祖父母に引き取られた。

 そこから精神的なショックか病気にかかりやすい体になり、今の状態に至る。


「うん」


 俺は『彼女』の言葉を噛み締め、短い返事を済ます。

 人の死を間近にするのは初めてじゃない。

 祖父母の葬式にだって出席したことがある。


 しかし、俺は葬式泣いたことがない。

 というか、泣けなかった。

 情がないとか、簡単な言葉で済ませるような状況であるとは思いたくない。

 ただ、その死に実感がなかったとかそんなんでもない。

 何となく、その死が訪れることは察せたし、人が死ぬことは理解していた。

 だから泣けなかったのかもしれない。


 なのに。


「ゆうくん?」


『彼女』は俺を悲しそうな目で見やる。


「ゆうくんは泣かないんじゃなかったの?」


 俺はその言葉に、自分がないていることに初めて気づく。


「ゆうくん。私はもう1年も持たないと思うけどさ……というか、まだ死ぬわけでもないんだけどさ!」


『彼女』は貧弱なりにやさしく包み込むように微笑む。


「ゆうくんに会えてよかったし、誰かに想われながら居なくなれるなんて幸せ者だよ」


 父も母もいない。

 祖父は他界。祖母はがんで入院。

 そんな『彼女』にとって俺は大事な存在。

 それは俺にとっても──


「ゆうくんは私が居なくなったら次の人とか見つけるのかな……」


「そんなわけ──」


「──見つけて」


『彼女』は泣いていた。


「私のことは忘れないで欲しい……とか傲慢すぎるから言わないけどさ」


 俺は泣いている『彼女』にすら圧倒される。

 弱い人間だ。


「ゆうくんの最期にも、傍に誰か想ってくれる人が居て欲しいなって」


 そんな綺麗事。


「でもそれは素敵な人じゃないとダメだよ? ちゃんと私以上にゆうくんを想ってくれる人じゃないと」


 なんて微笑む。


「あ、でも私よりゆうくんのこと好きな人いないか!」


 そんな言葉をかけたって、君は死ぬ。

 そんな未来を俺は変えたかった。

 どんな形でもいいから。

 とりあえず──


 ──病気ごときに殺されたくない。


「今度出かけようよ」


 俺は『彼女』にデートの提案をする。


「う〜ん。看護士さん許してくれるかなあ」


「じゃあこっそりいこう」


 俺が言うと、『彼女』はニヤリと不敵に微笑んだ。


「いいやんそれ」


 ◇◇◇


 うざったいほどの春晴れ。

 僕の天井を覆う木々の葉が木漏れ日を創作する。

 それはとても神秘を感じさせる。

 世界の神秘。自然、命の神秘。

 葉と葉の間から差し込む日差しが時たまに僕の目をぐさり突き刺す。

 視力が弱く、光に目が弱いので余計に目が痛む。そのため自然と瞬きは多くなる。

 そして、瞬きをする度に現れる葉と光。時々木。


 薬を飲む。

 視界は歪み、立っているのが辛くなる。

 座り込むととても気持ちがいい。


「気持ちいい春風やな」


 俺の頬を風が掠める。


 忘れたかったことがある訳でもない。

 かといって、思い出したいことでもない。


 ごめんな。


彼女おまえ』の言ってたこと全く守れそうにない。


 俺の事を想っていた親友を、俺は殺した。


 もう俺を想うひとなんてこの世なんかに居ない。


 親友が死んだのは、俺が悪い。


 俺が生きようがために、『彼女』を忘れようとしたからいけない。

 でもそんな俺に、『彼女』を思い出させようとする彼にだって少しくらい非はあると思う。

 だから俺に殺されたんだ。


 俺は持ってきた縄を木の枝にかける。


「やば」


 俺は意味もなく言葉を口にする。

 いや、むしろ色んな意味が込められているのかもしれない。

 もう自分でも自分が分からない。

 でもこれだけは確か。


 2人と同じ場所に行けるならそれでいい。


「俺は『彼女おまえ』を病気に殺されたくなかった」


 俺は首吊り縄を調べた通りに作る


「だから凄いいいこと思いついたんよな」


 縄まで首を持っていく台が無いことに気づき、近くにあった木の切り株を持ってくる。


「さいごに『あいしてる』って言ってくれたよね」


 俺は木の切り株の上に乗る。


「俺もあいしてる」


 その言葉と同時に『俺』は首に縄をかけ、気の切り株を蹴り飛ばした。


 痛くは無い。

 むしろ気持ちいい。

 薬の影響か。『俺』が既におかしくなっているのか。


 でも、


 2人と同じ場所で、同じように、同じに人によって、同じような日に、死ねるなんて。


 俺は『2人』の姿を最期の風景として記憶に刻み、目を閉じた。


 ああ、そうだな。


 


 これでいい。──。


 だって、最期に俺がそばに居てくれて嬉しかったろう。


 ああ、それにしても。


 意識が薬で溶けていく。





 そんな感覚が俺を襲う。






 痛みも悔やみも悲しみも無い。







 気持ちいいし満足だし嬉しい。








 ────







 2人は僕のこと、許してくれるのかな。






 あれ、怖い。




 薬が切れたのかな。



 痛い。苦しい。



 俺は狂ってたのか。



 でも「あいしてる」って。


 でも最期にそばに居たし。


 言う通りにしたし。


 悪くない。


 俺は悪くないよ。


 てか、2人は俺がそばに居て嬉しかったの?


 聞いてない。嬉しかったなんて言われてない。


 ──俺何をしてるんだ。


 マジで。


 俺が死んだからって2人に会えるわけないやろ。


 丁度いい、死んで償おう。なんて思えない。


 償うなんて望んでない。


 は?


 大切な人を2人殺して満足か?


 最期にそばにいてくれて嬉しいか?


 死ぬのがそんなに気持ちいいか?


 なんでこんなに絶望しながら死ななきゃならないんだ。


 なんでこんなことの為に2人も大切な人を殺したんだ。


 俺自身で俺自身が理解できない。



 本当に



 死 ん で く れ




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君を殺した春は、とても気持ちのいい春風が吹いた。 しう @Shiu_41

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