第2話 その小説、非現実につき

「これ、パウルが死んでるのをジョゼが見つけるんだろ」

「そうだよ」

「何でジョゼは自分で殺したかもしれないって思うんだ? 後ろから殴ったっていっても前日の話だし、パウルはジョゼを追いかけたんだろ」

「動転してたから記憶があやふやなんだよ。それに前日でもクモ膜下出血で時間が経って死ぬこともあるし」

「へぇ。その辺はなんかリアリティあると思うよ。でもピンとこない」

「そんな描写があったほうがいいか」

 原町は頷いて無表情にノートにメモを取る。几帳面だ。

 それから俺はちょくちょく、放課後にノートを見せてもらうようになった。

 ところどころよくわからない部分がある。それを指摘する。その都度、原町は頷いて、メモを取る。

 そうして話を最後まで読んだ。


 ストーリーはミステリ仕立てで、パウルの死体を前に誰が殺したのかという考察で話が展開していく。いくつか動機に気になる部分はあったけど、正直面白かった。

 それから最後がちょっと不満だった。結局のところ、ジョゼはもう一人の犯人候補、シャザリンを殺しに行く。そして自殺したように見せかけて罪を被せる。まあ被せるも何も、どちらが死因かはよくわからないけれど。

 そう言うと原町はそうか、と呟いた。

 そうして過ぎた1週間後の放課後。

「須走、直してみたんだ。もしよければまた読んでくれないか」

「え。この間読んだじゃん」

「うん、でも引っ掛かりがなくなったか読んでほしい」


 正直少し、面倒だと思った。

 けれども乗り掛かった船だと思って新しいノートを開く。以前指摘した部分は確かに直っている。けれども描写よりが具体的になったからこそ、改めて浮かぶ疑問がある。

「なぁ原町。シャザリンがジョゼの首を締めるだろ? これってそんな上手くいく?」

「上手く? 変かな」

「だってシャザリンは華奢な女の子でジョゼはそれなりにガタイがいい男なんだろ」

「そうだな」

 原町が俺を睨むように見つめる。こいつの視線は直受けすると、何を考えてるのかわからなくて居心地が悪い。

「ジョゼはだいたい……須走くらいの大きさだ」

「嫌な例えすんなよ」


 前よりくっきり描写される倉庫の場面。

 以前は広さくらいしか情報がなかったけれど、今はたくさんの段ボール箱や物が雑然と積み上がり、埃っぽくてクレーンの類が何機か置いてあることがわかる。

 けれども具体的だからこそ、こんな場所で女子が男子を追い詰められるものか、という疑問が湧く。反対にシャザリンが襲われて狭いところを逃げ込むのであればともかく、パウルが小柄なシャザリンに追いかけられるというのもどうもピンとこない。逆ならまだしっくりする。それにこの倉庫にはパウルが防御や撃退に使えそうなものはたくさんあるわけだし。

 けれどもそういったものには目もくれず、力でも勝てそうなシャザリンと相対して律儀に首を絞められる。

「普通は女の子が素手で男の首を絞めても抵抗されておしまいだろう?」

「何やってんの? 首絞めるとか物騒な話」

 突然の声に慌てて教室の入口を振り返った。廊下側は夕焼けが届かず既に暗く夜に沈んでいる。ぱっと見の視覚情報では誰かはわからない。

 だから原町は随分慌ててノートを鞄に隠したけれど、俺は声から誰かわかった。同じクラスで幼なじみの杏樹あんじゅだ。

 かつりかつりと教室内を進む度に夕日で闇を祓われるにつれ、原町にもそれが杏樹だとわかったようだ。

「ちょっと話してただけだよ」

「ああ、林平はやしだいらさんか。なんでもない」

「それでお前は何しに戻ってきたわけ?」

「忘れ物だよ。スマホ忘れたの」

 そういって杏樹は自分の席からスマホを取り出し、こちらに見せる。その姿を見て、やっぱりないなと思った。


「ほら、シャザリンは杏樹くらいの体格だろ? 俺と10センチは違う。だから首を絞められてもすぐに逃げられるよ」

「そうかな……。あの、林平さん」

「え、何?」

「須走の首を絞めてほしい」

「はぁ? いきなり何いってんの? 変態?」

 突然の原町のトンデモ発言に固まる杏樹を前に、俺はどう言い繕っていいのかとっさに言葉が浮かばなかった。

「今須走と小説の話をしててさ」

「へぇ、小説? そいや原町君は文芸部だっけ」

「丁度林平さんくらいの身長の女子が須走くらいの身長の男子の首を絞めるシーンがあるんだよ。それが可能か再現したいんだ」

「……ちょっと面白そう」

 そういえば杏樹は推理小説が好きだった。その瞳は夕日を浴びて、興味深げにキラリと光った。

 そして俺は窓の端に追い詰められた。

 窓は倉庫の壁に見立てられている。それで林平は俺の首に包み込むように手を伸ばす。斜めに傾く太陽を背に至近距離で真下を見下ろすと、丁度林平の襟の隙間から胸元が僅かに赤く照らされて見え、ちょっとドキリとした。けれども俺の表情は逆光に隠れてバレやしないだろうと思い直す。

「ちょっとこれ、無理じゃないかな」

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