第12話
「俺は二人とも助けたいんだ」
狩野が叫んだ。
この男はこんなに感情を見せる人だったのかと未映子は驚いた。
「あの女が殺されたって聞いて、俺はすぐにお前達の仕業だと気付いた。俺が出生の秘密を話してしまったから。それで未映子に会いに行った。そしたら裕真が未映子の夫として、病院にいた。守らなければと思ったんだ」
「いつもいつも未映子を守るんだね。あんたは」
「俺はお前を本当の娘だと思ってるから」
「娘……」
どうして狩野は私を守ろうとするのだろう。
未映子はさっきまでの狩野の温もりを思い出そうとした。
「もういいんじゃないかな」
裕真が唐突に口を開いた。
「狩野さんに連れてってもらえば」
「何言ってんのよ。それじゃ計画が」
「二人にはどこか遠くへ行ってもらって、お前が俺とあの家に住めばいいんじゃないの」
「裕真」
狩野と二人で暮らす。
何て甘い言葉なのだろう。私は何もいらない。お金も豪邸もいらない。誰かに愛されて、静かに暮らす。子供の頃から見続けた甘美な夢だ。
狩野がホッとしたように未映子を見つめた。
「なんちゃって」
裕真の言葉と同時に、狩野の首から血が噴き出した。
今何が起こったのだ。
未映子は叫ぶ事も出来ず、時が止まったように狩野を見た。そこには、もう狩野はいなかった。赤く染まった肉の塊。
裕真の手にはサバイバルナイフが握られていた。
「小夜香が悪いんだよ」
未映子は狩野に駆け寄った。赤い塊になってしまった狩野を抱きしめた。私が夢なんか見たから、狩野はこんな姿になってしまったんだ。
子供の頃にも、同じ事があった。
未映子は捨て犬にこっそり餌を与え、可愛がっていた。その事に気付いた母親は、即座に保健所に通報した。未映子が泣きながら保健所に行った時には、もう犬はいなかった。
その時の気持ちと同じだ。私が望むと消えてしまう。その一件から、未映子はもう何ひとつ望まないで生きようと決めたはずだった。
「小夜香」
未映子が見ると、小夜香は空気のように立っていた。さっきまでと違い、どこかにフワフワと飛んでいきそうなぐらい存在が軽くなっているように、未映子には見えた。
「俺はお前の為なら何でもするって言っただろ。だからあのババアも殺した。狩野も殺した。次はこの女を殺せばいいのか」
裕真はナイフを持ち替え、未映子に向かって突進してきた。
ああ、ここで終わるのか。私は誰にも愛されないまま死んでいくのか。それもいいかもしれない。ほんの少し狩野の愛情を感じている今なら、終わりにしてもいいかもしれない。
未映子は覚悟を決めて、刺される為に前を向いた。
その時、裕真と未映子の間に、小夜香がフワっと入り込んできた。
裕真のナイフが、小夜香の胸に深々と刺さっていた。
「小夜香っ」
裕真は急いで小夜香の身体からナイフを抜いた。抜いた事によって、余計血が溢れ出してしまった。
未映子の腕の中に小夜香が倒れ込んできた。
どこにそんな力が残っていたのか、小夜香は未映子を押しのけようとした。そして、狩野にもたれ掛かり、幸福そうに微笑んだのだ。
「狩野と逝くのはあたしなんだから」
ああ、この子も狩野を求めていたのか。
ああ、この子も愛を求めていたのか。
未映子は、ただただ小夜香を狩野と逝かせてやりたかった。自分と同じ顔の妹に愛を与えてやりたかった。
小夜香を助けようと、携帯で救急車を呼ぼうとしている裕真の側に落ちているナイフを、未映子はしっかりと握った。
未映子に気付いた裕真と目が合った。
「やめろっ」
裕真の目が見開いた瞬間、未映子はナイフを前に突き出した。心のある場所に深く深く突き刺した。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます