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 部室の窓を雨が叩いていた。もう六月も終わるというのに最近ずっと雨続きで、そうでなくとも気分が沈みがちだが、パイプ椅子に座って文庫本を開いていた浩市はテーブルの上のスマートフォンを見た。やはり返信はない。既読も付いていない。


「どうだ」

「いや、まだ」

「そうか。明日までなんだけどなあ」


 下の自販機で缶コーヒーを買ってきた中野はソファに腰を下ろし、再び大きなため息をついた。

 去年から基本的に授業のレポートやら宿題やらはフランケン頼みだった中野にとって、最近彼が大学にすら姿を見せていないというのは大きな問題だった。

 彼女が出来てからフランケンこと屋敷裕太の姿を大学構内でほとんど見かけなくなった。一応LINEのメッセージへの返答はあるが、何やらアルバイトが忙しいらしく、とても授業に出ている暇がないと書かれていた。何故急にそんな働かなければならなくなったのか理由を知りたかったが、家庭の事情など、あまり気軽に踏み込めるような話題でない場合を恐れて、誰も触れないままだった。

 それでも流石に一月以上姿を見ていないと、友人でなくとも不安になる。


「今度、ちょっと家寄ってみるわ」

「頼むよ。おれ、このままだと留年しかねない」


 泣き言を言う中野に苦笑しつつ、浩市は文庫本を閉じて立ち上がった。


 屋敷裕太のアパートは大学から自転車で三十分ほど行った住宅街の一画にある。一年の頃に何度かお邪魔したがそれ以来の訪問で、よく道を間違えなかったなと浩市は自分の記憶を褒めた。

 裕太は一階、一〇五号室に住んでいて、インターフォンを押すと中から反応があったが、声は彼のものではなく、彼女のそれだった。


「あの、裕太は?」

「今バイトで。もうすぐ帰ってくると思うんですけど……中で、お待ちになりますか」

「え、ええ」


 部屋の中は綺麗に片付いていた。おそらく彼女が掃除をしてくれているのだろう。以前お邪魔した時には床に本や紙くず、お菓子の袋やカップ麺の空き容器が転がっていたから、何とも見事な変わりようだ。

 浩市は彼女が出してくれた麦茶を一口飲み、それから所在なくキッチンを見た。冷蔵庫がもう一つ、そこに立っていた。やはり一人分だと同棲には向かないのだろう。


「あの」

「はい。何でしょうか」

「裕太とは、うまくいってますか」

「ええ。とても」


 この日の彼女は肩の出た白いシャツと膝までのデニムのスカートで、女性に慣れていない浩市にとっては少し毒気が強いと云えた。


「実は裕太、大学に来てなくて」

「知っています」

「それなら、最低限は授業に出るよう言ってもらえませんか。このままだと中野じゃないが留年も考慮しなきゃならなくなります。そしたらますますお金が必要になって」

「全部、わたしが悪いんです」


 それはどういう意味だろう。浩市はそれとなく彼女を観察する。身につけているものが想像以上に高額だろうか。いや、シャネルやエルメスのようなブランドものは見当たらない。


「それは」


 どいう意味かと直接尋ねようとした時、玄関のドアが開いた。


「山川君?」

「ああ、おかえり。少し邪魔してる」


 声はフランケンのそれだったが、彼は酷くせていた。以前は大きくいかつい顔面がフランケンシュタインの怪物を思わせたが、窶れている今の方がずっと化け物らしい。

 浩市は彼女に説明したのと同じような話を再度して、何とか裕太が大学に戻るように説得したのだが、彼は小さく首を振った後でぽつりとこう呟いただけだった。


「彼女のために、必要なことなんだ」

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