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 翌日、午後の最後の授業をキャンセルして浩市と中野は大学から徒歩五分の距離にあるファミレスで、二人を待った。二人、というのは勿論フランケンとその彼女のことだ。

 先に腹ごしらえとしてどちらも厚切りのステーキ丼を注文し、胃袋を満たしてから戦いに挑むこととなった。

 そう。戦いである。

 フランケンに限らず、男子大学生たるもの彼女というキーワードには非常に敏感な年頃で、積極的な奴なら一年の春には既にカップリングを成立させている。浩市も中野もそういったスキルはなく、彼女を作ろうという意思がない訳ではないが成功事例は未だに経験していない。

 それが何故あのフランケンに彼女が出来たのか。それもスマートフォンでとりあえずの証明写真として撮影したという映像の女性があまりにも美人過ぎて、中野でなくても美人局や新興宗教の香りを感じてしまう。

 だから今日は本当に彼女なのか、付き合って大丈夫なのかを確かめてやろうという親心的なサムシングもあった。


「でもよ、フランケンが嘘つく訳はないんだよな。あいつ、そういうタイプじゃないし、そもそも今だって律儀に授業受けている訳だ」

「裕太に問題がなかったとしても彼女の方に問題がある場合もある。寧ろそうじゃないかと疑ったからこそ、今日こうしてセッティングしたんじゃないのか」

「山川はさ、実際のところ、どう考えているんだ?」

「俺は……」


 正直なところフランケン、つまり屋敷裕太のことは信じたかったが、二人が並んで歩いている姿を想像するとどうにも頭の中で映像が酷く乱れてしまう。受け入れられないというより、何か歯車が噛み合わない感じがあった。

 そういう心境を何とか言葉にしようとするのだけれど中野は「よく分からん」と、理解を示してくれない。

 デザートに特盛のパフェを頼み、それで口の中が生クリーム塗れになった頃、店の入口にフランケンが現れた。普段なら誰もがその巨漢に目が向くところだろう。だがこの日は違っていた。見慣れているはずの浩市たちですら、彼の後ろ、頭二つ分は小さな黒いブラウスの女性に意識を持っていかれてしまった。


「連れてきたよ。でも突然だったから予定無理して合わせてくれたんだよ」

「あ、ああ」


 店員に案内され、向かいの席までやってきた二人は野獣と美女の組み合わせなのだが、シャツにジーンズという何とも学生然とした格好の男の隣に、ややゴシックロリータ風のフリルやら刺繍やらが入った黒の上下を着た人形が立っていた。目の色が赤く見えるのはカラーコンタクトだろう。スマートフォンで見た時には黒髪ストレートの日本人的な顔つきに黒い小豆のような瞳だった。フランケンの拳くらいしか顔の大きさがないのではと思えるくらいの小顔が「はじめまして」と小さな声で挨拶をする。唇の血色が良いのか、しっかりと塗ってあるのか、目を引くくらい赤い唇がぱくぱくと動いた。


「紹介します。こちら、黒栖くろすマリアさん。ぼくの彼女」


 ぼくの彼女。そう口にして裕太はだらしなく顔の筋肉が弛緩する。


「あの、ぶっちゃけ、こいつのどこを?」

「おい、中野。とにかく、二人とも座って。何か注文は?」

「ああ、じゃあぼくはクリームソーダで」

「わたしは……トマトジュースを」


 コーヒーでも紅茶でもない。その選択が実に彼女に似合っていると浩市は感じた。

 中野の前に裕太が、浩市の前には彼女が座ったが、ソファが沈んだ刹那、ふわりと奇妙な匂いが漂った。それが何なのか思い出そうとしたが、記憶の欠片を引っ張ってくるより先に中野が言った。


「で、彼女っていう証明は?」

「だから中野。まずは二人の話をだな」

「こ、これで、いい?」


 普段は強がったりしない裕太だが、隣に彼女がいるからだろうか。自分のスマートフォンをまるで水戸黄門の印籠のように中野の眼前に突き出した。そこには二人がキスをしている写真が大きく映し出され、中野だけでなく浩市も精神的なダメージを負ってしまう。


「わ、わかったよ」


 飲み物が運ばれてくるまでに黒栖マリアに関する基本的な情報を手に入れた。

 彼女とは裕太がバイトをしているコンビニの前で出会ったそうだ。レジに立っていると表で何やら声がして、見ると彼女が男たち数名に囲まれ、ナンパされていた。フランケンは真面目で物静かで争いを好まないタイプだが、それでもこの見た目で出ていかれると知らない人間ならたじろいでしまう。その時に裕太は「ぼくの彼女です」と言い放ったらしい。それがきっかけで二人は付き合い始めた。あの会合の前日のことだ。

 トマトジュースに刺されたストローが、彼女の口に咥えられる。その仕草一つ一つが優美で、ストローを人差し指と親指で摘む、ただそれだけのことに魅了される。

 彼女は大学生ではなく、今着ているような服を扱う店で働いているらしい。裕太と同じく口数は少なく、控えめで、だからこそ余計に二人はお似合いだという風に、浩市は思ってしまった。一方中野の方はあれこれと、裕太に関係のない質問をいくつもぶつけ、あわよくば誰か友だちを紹介してもらおうとしていたが、彼女は終始くすくすと笑い、楽しそうにしていただけだった。

 三十分くらい二人の惚気に当てられた浩市と中野は、二人と別れた後で部室に直行し、そこで何ということはなく落ち込んだ。

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