好きな人の幸せの為に糞屑(嘘)になった結果

狐照

1

フレックは遊戯場で夜遊びしてる途中、婚約者に取っ掴まり別室へと連れていかれた。

久し振りに見た婚約者の顔はいつも通り美しくいつも以上に凍てついていた。

夜間に子供の出入りを許すような遊戯場に来るような人物ではない為、婚約者はたいそう浮いていた。

フレックと共に遊んでいた連中も、言葉を失い普段の口汚さ失った。

それもそうか、とフレックは婚約者の鏡面している白銀の髪を見つめた。


フレックの婚約者はあらゆる面から総じて氷の貴公子と呼ばれていた。

本来は家名でよばれるべき存在なのだが、本人を前にしても氷の貴公子と言われる程の美麗さが歳際立つ有名人であった。

そんな氷の貴公子がフレックを別室へ連れ込むなど誰が想像出来ただろうか。

名も知らぬ夜遊び仲間に婚約者が彼だと語るような口を持っていなかったフレックは、通された部屋、ローテーブルを挟むようにしてソファにだらしなく座った。

対して婚約者は静かに腰を下ろし姿勢正し、ハッキリと告げた。


「君との婚約は白紙とする。理由は分かるな」


感情の無い声色にそう言われ、フレックは半笑いを浮かべた。


「え、何?じょーだんだろ?」


面白くない冗談だねと呟くと、婚約者は何かをローテーブルに置いた。

黒の宝石が嵌ってる指輪であった。


「君も外せ」


「え?はぁ?何?つけてないよ、今日は」

 

フレックはこれが証拠だと言わんばかりに安物の指輪を嵌めた手をひらひらさせ見せつける。


「そうか」


そう呟いてから、フレックの婚約者ヘリオスフィアは去ってった。

フレックはその姿が消えて扉閉まるのを見送ってから、深く長く溜息を吐き出しソファに崩れた。


「やっと…婚約破棄してくれた…よかった…」


ローテーブルに残された指輪へ手を伸ばす。

台座に嵌まる黒の宝石をしみじみと眺めてから、フレックは首からシンプルなチェーンを引っ張り出した。

それこそいつも肌身離さず身に付けている物だった。

そのトップスは指輪。

ヘリオスフィアの美しい空色の瞳にとてもよく似た色の宝石が台座に座ってる。

黒と空色の宝石輝く指輪をフレックは一つになるように重ねた。

それは、それらは、婚約指輪だった。

互いの瞳の色に似た宝石が輝く、揃いで対の、愛の証。

フレックはそれらを大事に握り込む。


「…処分なんかする訳ないじゃん」


独り言ちる。

そう、彼はこれからそれを御守りにして生きて行くつもりだった。

ここまできた。

ようやくたどり着いた。

なんだか泣きそうだった。

泣いてたまるかと堪える。

ヘリオスフィアを散々苦しめる存在に、泣き喚く資格なんかないのだ、と奥歯を噛み締める。

目を閉ざし、長く息を吐く。

この後下される処分の検討はついている。

それをきちんと受け止めそこで生きてく。

ヘリオスフィアを困らせる糞屑には相応しい末路だ。

フレックはゆっくり目を開けた。

その黒の瞳は潤んでいたが涙は零さなかった。



そうしてフレックは東部魔境戦線へ派遣されたのだった。

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