女神のキス

 そのとき頬にキスをされた衝撃もしかり、続けてクレンに彼女(クノハ)が残した言葉は奇妙なものだった。

「貴女の力はあなたが思うよりこの世界にとって大事なものなんですよ」

 学校へたどりつき、いくつかの授業を終え、休憩時間になった時そのことを考えクレンは机に肘をたてた。

「運命ねえ……俺はもう……」

「どうした、ふてくされたフリしながらエッチな事でも考えてんのか?」

 長身でツンととがった目をしたそれでも美形なお調子もののアホ毛をたてて眼鏡をかけた男が話かけてくる。中学の時にわりと近くのマンションに引っ越してきた親友のセイヤである。クレンが下がり目の、優し気な顔となきボクロ、低身長に奇妙に横にとびだしたくせっけをしているので、でこぼこコンビという感じだ。

「公園の、幽霊が……」

 そういって、クレンは目をとじ腕をくんで顔をうずめた。

「ああ、この間いってたあれかあ」

 セイヤはそういいながら、ピンとさとったように右手の人差し指をたてた。

「お前の周りはいつもバラエティ豊かだねえ」

「……冗談」

 クレンは両手をのばして、のびをして背を起こすと、はらのほうで腕を組んで愚痴を吐いた。

「結局何なの?その幽霊、判断できないの?」

「わからん、いままであったことのない雰囲気をだしてる」

「本人いわく“九十九霊”とかなんとかいってたんだって?まあかわいい女の子だし、本当のこといったら、カノンちゃん嫉妬しちゃうなあ、お前がうらやましいよ、あんないい子に好かれて」

 クレンは昨日の会話をふりかえる、おやじに突然たずねたのだ。親父、九十九霊ってしっている?と。

「九十九霊、おやじに昨日きいてみたよ」

 ふと、真面目な顔をして、セイヤが眼鏡を整える。セイヤはこれでも牧師の息子であり、敬虔なクリスチャンである。

「親父さんなんて?」

「知らないってさ」

「騙されてるんじゃない?」

「親父もそういっていたよ」

 九十九霊というのは、彼女―クノハ―が自称する霊の体系だというが、色々な流派の退魔の一族と関わる父親がしらないというのだから、一階の浮遊霊の口から出まかせ感はいなめなかった。

「まあ、なんにせよさ」

 クレンは頭の後ろに腕をくみかえ、天井を見上げた。

「俺にはもう関係ない事だから、つらいジャッジもしたくないし」

「……」

 セイヤが少し、悲しげな顏をする、しかしすぐに右頬を自分でパシン、と叩くといつものお調子ものの言葉がでてきた。

「でもなあ、退魔師って仕事は貴重だよ、お金にもなるし、副業としてやっておいても将来安定するんじゃないか、この世知辛い世の中」

 そういってわかったふうに腕を組んで語るので、クレンはそれが冗談だとわかり、プスリと空気がぬけたような笑い方をした。

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