緋東結紀と異質のアリス⑤
光が落ち着いて目を開けるとそこは町の中だった。
カフェやクレープなどの甘いものが並ぶさくら通りは、別名デート街と呼ばれている。
結紀の通う学校はさくら通りを通り過ぎて真っ直ぐ行ったところにある畑の中に立っている。
急に建物の中から外へ移動してしまったのかと焦るが、よく見ると結紀の知っているさくら通りとは雰囲気が違う。
ハートのバルーンに覆われた建物や数ヶ月前に潰れたはずのデート紙でも紹介されていたオシャレなカフェがある。
そしてさくら通りをよく見ているとふわふわとした雲のような物が空気に乗って飛んでいった。
雲が抜けて行った先で人間は皆男女で手を繋いで歩いていたり、クレープを食べさせあっていたりと恋人同士と呼ぶしかないような人達で溢れていた。
「リア充の巣窟か」
思わずそう呟けば力が吹き出した。
力が笑い続けているのを横目に、遥日は結紀から手を離すと、二人から少し離れて耳に手を当てて何かを話し始めた。
「俺も初めて入った時そう思った! やっぱ、結紀とは意見が一致すんなあ」
「……そうかな」
「そうだよ!」
嬉しそうにそう言う力は、その場にしゃがみ込んだ。
自分達が今いるのはさくら通りがよく見える小さな公園だ。
まだ日も高いというのに子どもの姿はない。
大きな木で囲まれた公園はさくら公園と呼ばれており、老人や子どもの憩いの場として知れている。結紀自身、子どもの頃はよく世話になった。
木々の隙間から見えるさくら通りの光景は結紀が一度も見たことがない。
そして最近にも結紀は似たような状況に追い込まれたことがある。
あれは透が迎えに来てくれた日だった。
結紀は、この世界がアリス世界であることを括り付けるのには十分だと考えた。
力は公園に生えている草を抜きながら遥日の様子を伺っている。
公共施設の草をぶちぶち抜いている姿に子どもの頃、小学校の草を勝手に抜いていて学校の先生に怒られていたことを思い出した。
力は成長しても中身は子どものままらしく、思わずくすりと笑ってしまった。
遥日の様子を伺う力は何かを待っているようだった。
「進まないの?」
「遥日さんの連絡待ち」
「連絡?」
「さっきからやってんじゃん。
耳に付けてる丸いピアス見たいなやつ。
あれ? 見たことない?」
力はそう言うと自分の耳を指さした。
その指を追って力の耳を見ると小さな黒い玉のようなものがついていた。
「開けたの!?」
「開いてねーよ。
あーなんて言うかな、イヤリングみたいなもん。
開けなくてもつけれるやつ」
「なんでそんなの付けてるの?」
「これ通信機になってんだよ」
通信機と言われてはじめて遥日のやっていることが何なのか気がついた。
遥日は誰かと連絡を取っている。
「でも……なんで通信機?」
「外と連絡を取るためかな。
透だって一日穴開けっ放しなわけじゃないし」
「トランシーバーとかそういうのじゃダメなの?」
わざわざピアスをつけてというのは大変ではないだろうかと思いそう伝えれば、力はゆるりと首を振った。
「アリス世界の連中に不思議の国が敵として認識されることはあんまないんだけど、
それでも少しでも違和感があったら俺達は排除されちゃうかんな」
「不思議の国も認識されるんだ……」
治療者は認識されないものだと思い込んでいたが、治療者も一般人とリスクは同じようだった。
違うのは能力を持つか持たないか。
それだけの違いだ。
「……だから、お前は特別なんだよ」
力が言う特別とは自分の能力のことを言っているのだろう。
自分の能力の説明を受けた時、大したことのない能力だと思っていたが、不思議の国もアリスに認知されることが分かった今考えると、確かに特殊能力なのかもしれない。
異質と言われるぐらいなのだからと思った。
「……あれ? リッキーなんで知ってんの?」
シミュレーションルームでも、茜と話した時にも力は居なかった。
ならば結紀の能力のことはどこで聞いたのか疑問に思って問いかける。
「俺は、ここのメンバーの体調とか諸々管理してっかんな!
これから入る奴のことだって事前情報で知ってるっての。
ほかの奴は……まあ、卯宝であれってことは知らないんだろうな」
「歳上を呼び捨てにするのはダメだよ」
「いいんだよ、あいつは。俺達には立場ってもんがあるから」
どこか寂し気にそう言った力を見ながら深く追求するのはやめることにした。
きっと会社でいう上司と部下のようなものなのだろうかと勝手に納得して、これ以上聞くのは力が話したくなってからと区切りを付ける。
力は草抜きをやめて土に何かを書きながら結紀に向かって話を始める。
「お前の家って特殊だよな」
「おれの家?」
力は急に立ち上がると抜いた草を踏みつけながら会話を続ける。
「俺達は、不思議の国の家系だからそうなることが当たり前なんだけどよ。
結紀の家はチェシャ猫の家系の癖に、全部自由なんだなって思ってさ」
「おれ、自分がチェシャ猫の家系だって今知ったんだけど」
「だから! それが特殊なんだって」
そもそも結紀は、未だに自分が不思議の国の家系だってことも信じきれていない。
チェシャ猫と言われても何も知らない結紀には分からない。
力説されても何を言われているのかよく分からない結紀は首を傾げるだけで何も言うことが出来なかった。
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