不思議の国のアリスケース 〜奇病を治療する者たち〜
澤崎海花(さわざきうみか)
第一章 緋東結紀と異質のアリス
緋東結紀と異質のアリス①
アリスシンドロームと呼ばれる病が流行りだしたのはいつのことだったかは分からない。
ただ、今ではそれが当たり前に存在する事だけは確かだ。
アリスシンドローム、通称アリス。
簡単に言えば見たくない現実から逃げ出そう
とした人間が自分だけの世界を作り殻の中に閉
じこもる病だ。
殻の中に閉じこもった人間も病名と同様にアリスと呼ばれる。
そして、アリスの身体に触れれば触れた人間は
そのアリス世界に引きずり込まれる。
そうなると自力での脱出は不可能となり、アリスに見つかれば排除される。
つまりは死あるのみだ。
アリス世界に存在ごと飲み込まれた一般人は、姿形も残さずにアリスの中で消化される。
他者を巻き込み、アリス自身は戻ってこないで永遠に自分だけの世界を守る行為を繰り返す。
そんな危険な特性を持つ病である。
特殊な病であるアリスシンドロームには、
アリス専門の治療者がいる。
その名は
アリスと言えば不思議の国だろうと単純な理由で付けられたその名の通り、それぞれがアリスを治療するための不思議な能力を持つ。
そんな不思議な能力を駆使してアリスを治療することを専門にしている機関がある。
それがアリス
特に目立たず、変わったことも起こさない。
そんな日陰で暮らしていた
それは、結紀の運命を大きく変えるものだった。
両親を早くに亡くした結紀は、遠くの学校に通っているため滅多に帰ってこなかった兄ーー
結樹はアリスケースで働く優秀な不思議の国で、結紀の両親も不思議の国の住人だ。
しかし、結紀は不思議の国の家系でありながらも、能力に目覚めることが無く十六年という月日を過ごしていた。
結樹と両親が不思議の国の住人であることを知ったのは、結紀がとある事件に巻き込まれてからだ。
それまで、結紀は何も知らされずに生きてきた。
♢
結紀がある日、目を覚ますとそこには異世界というしかない光景が広がっていた。
結紀の通う高校や、街と作りは似ている。
しかし、そこにあるものは現実にはあったら困るだろうと思うような物ばかりだった。
教室の机で突っ伏していた結紀は、自分が授業中に眠っていたのだと思い当たる。
そして、その異様な光景を見てもう一度目を閉じた。
あまり真面目とは言えない性格の結紀は、多々こういうことがあった。
けれども目を覚ますと知らない場所なんて体験は初めてだ。
結紀は、ゆっくりと体を起こして隣に浮いているハート型の風船をつついた。
思ったよりも弾力のある風船は、ゆっくりと跳ねて教室から出ていく。
教室の中は草や花が床や壁の隙間から生えていた。
そんな光景を見ていられなくて結紀は風船の後を追って歩き始める。
教室の中にいる人間はまるでテレビか何かの映像のように同じことを幾度も繰り返している。
同じ話、同じ動きを繰り返す人達は結紀が居なくなったのにも気付いていない様子だ。
ハート型の風船を追って結紀は、階段を下りる。
二年生の教室が二階にあるので、帰りがめんどくさいなといつも思っている。
道中色んな人に声を掛けたが誰も反応しない。
廊下を歩きながらハート型の風船を追うしかやることが見当たらない。
そうして、風船を追い続けていると風船は急に形を消した。
風船が消えたことに疑問を抱いて顔を上げると、そこは校舎裏がよく見える空き教室だった。
昔読んだ漫画にはこういう人気のない場所で男女が秘密の逢瀬をしていた。
しかし、今時こんな所で告白もするような人も、逢瀬をする人もいない。
校舎裏はよほどの用がなければ人の踏み入れない場所となっていた。
結紀がそう考えていると校舎裏に繋がる窓の向こうから話し声が聞こえて、慌てて身体を窓の下に隠す。
「私、あなたのことが好きなの」
先程言ったことは撤回する。
校舎裏で告白するような人がここにいた。
偏見はやめよう。
自分自身を戒めながら結紀は、息を潜める。
覗いては行けないという自制心に好奇心が打ち勝ってバレないように窓の外を見た。
そこには、制服姿の女子と、女子から一番人気のある男の先輩がいた。
男である結紀は、その先輩の何がいいのか分からないが、女子が皆かっこいいと言うのだから、きっとかっこいいのだろう。
そして、その先輩に告白している女子に見覚えがあった。
隣の席の女の子、確か真由と言ったか。
真由の周りの女子が、あの子先輩に振られたんだってと噂していたのを思い出す。
まさか諦めずにまたアタックしているのかと、結紀はその度胸を凄いと思いながらも呆れてしまった。
その噂の先輩は、真由の友達と付き合っていたはずだ。
その事は結紀が知っているということは女子なら皆知っているはずだ。
従って真由に可能性は一ミリもない。
可能性がないのに可哀想だね、なんて話を教室で女子達がしていた。
しかし、振られる瞬間に立ち会ってしまうとは運もないなと思ってため息をつく。
結論が分かっていると急に覗く気がなくなって、窓の下の壁に身体を預ける。
結紀がそっと離れようとした時、予想とは違った答えが聞こえた。
「いいよ」
ほらやっぱり振られる。
そんな現場見たくもな……いや、今なんて言った?
気付かれたらまずいと思ったので声は出せなかったが、先程聞こえた言葉に驚いて口が閉じられない。
先輩は彼女がいるはずだから、まさかの二股?
それとも、その女子の話が嘘だった?
もしかしたら、そのどちらでもないのではないか。
自分にとっての都合のいい世界を生み出している存在に、結紀は巻き込まれたのではない。
つまりここはアリスの世界なのではないか。
結紀は、自分の経験から導き出された答えに妙に納得していた。
アリスの世界では、アリスの望んだことが起こる。
彼女が告白を実らせたいと思ったなら、そうなるのも不思議では無いのではないだろうか。
二人の足音が遠ざかっていくのを聞いて、やっと息を吐いた。
ズルズルと壁にもたれて、もし本当にそうならば録でもないことに巻き込まれてしまったと頭を抱える。
そうしてから数秒経ってから外の様子を伺った。
そこには誰もいない、でも確かに他の人とは違い会話が出来る人間がそこにいたのだ。
「おい」
「ひえっ!?」
急に後ろから肩を掴まれて情けない声を上げてしまった。
ゆっくり首だけを後ろに向けるとそこには見知った顔が立っている。
隣のクラスで有名な
女子から人気があるイケメン。
先輩ほどではないにしても、十分な程にモテている。
女子からは、常にやる気のなさそうな気だるげな所もかっこいいよねと噂されているが、実際はそんな人間ではない。
一年の時は同じクラス委員で一緒になったことがある。
誰よりも一生懸命働いてくれていて、見た目とは違い随分と活発な男だった。
同じクラス委員だった結紀の幼なじみの
でも、そんな透がどうしてここにいるのか。
「お前、無事だったのか」
透は驚いたようにそう言うと、結紀のことをじっとみた。
上から下まで怪我がないか探られているような視線に、いたたまれなくなって結紀は思わず目を逸らす。
透は結紀から手を離すと、何かを考え込む素振りを見せた。
そして、数秒開けてから言葉を紡ぐ。
「……いや、まさかな。それよりも帰るぞ」
「帰るってどこに?」
「現実世界にだよ」
現実世界に帰る。
つまりは、ここがアリス世界だと証明しているようなものだ。
でも、アリス世界は一度飲み込まれてしまえば自力脱出は不可能だ。
帰ると言っても一体どうやって。
もしかして抜け道でもあるのだろうかと辺りを見渡していると、透は結紀の手を引いた。
透に引っ張られて顔を上げると目の前に謎の黒い穴が出来ている。
それは図鑑などにあるようなうさぎの巣穴のように見えた。
「まさか、この穴にはいるの?」
「当たり前だろ」
うさぎ一匹なら入れるだろうが、人間一人を通すほどの広さはない。
そんな所に入れるはずがないと呟く。
透は結紀のその言葉を聞いて、掴んでいた手を無理矢理引っ張って黒い穴に向かっていく。
これが本当に穴なのかも分からない結紀は、ぶつかることを恐れて思わず目を閉じた。
それと同時に浮遊感。
何が起こっているのか分からないパニックの中で結紀は目を閉じたまま意識を失った。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もし良ければ感想などお願いします|´-`)チラッ
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