迷子の風船

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迷子の風船

 バス停で、バスの到着を待っていた一条いちじょう直人なおとは、自分のことをじっと見つめている少女の存在に気付いた。

 黒い髪をツインテールにして、白いワンピースを着た少女。

 中学生の直人よりも遥か下。

 小学生中学年くらいだが、もしかしたら低学年かもしれない。そんなことを考えていたら、少女の方から声をかけられた。

 少女が問いかけてきた。

「あなたは誰ですか?」

 だから直人は問い直す。

「君こそ誰なんです?」

 と聞いたら、

「私は……」

 と言いかけたところで、バスが来てしまった。

 バスの昇降口が開くが、また少女は話しかけてくる。

「私、変なんです。身体がふわふわと浮いて、宙を舞ってしまうんです。迷子の風船みたいに。私は何者なんでしょう? 教えて下さい」

 直人がバスに乗らないでいると、バスの扉は閉じてしまった。

 バスは動き出す。

 それを見送りながら、直人は呟いた。

「耳を澄ませて。君の名前を呼んでいる人が居ない? その人のところまで、一緒に行こうか」

 それから直人は少女に微笑みかける。

 直人は彼女の手を取り、飛んでいかないように。

 そうして二人は、歩き始める。

 それは、まるで兄妹か恋人同士のような、そんな光景だった。大通りを抜け、街を流れる川へと出る。

 そこで、少女の足が止まった。

「聞こえる。この辺りには誰もいないハズなのに、どうして聞こえるの?」

 直人は、対岸の向こうに白い建物を見た。

 街の中央病院だ。

「あそこだよ。迷わず行って」

 直人が、そう言うと少女は力強く答え、病院がある方向へと飛んで行った。


 【魂の行方】

 遠野物語に傷寒を患って危篤状態になった男がいた。

 男は足に少し力を入れてみると体は宙に浮かび上がり、人の頭ほどの高さを前下がりに滑空し、とても心地よい気分であったという。

 だが自分の名前を騒がしく呼ぶ声がするものだから渋々引き返してみると、布団で正気を取り戻した。

 親族の人たちが意識を取り戻させようとしていたという

 所謂、臨死体験とされる話。


 少女が目覚めた瞬間、ベッドの側には医師や看護師の姿。

 そして両親が泣いていた。

 少女の名前は詩乃しの

 あの時、詩乃は死の淵にいた。

 安堵した両親は、医師に何度も礼を述べていた。

 だが、詩乃は知っていた。

 本当に自分を死の淵から救ってくれた少年がいたことを。

「名前。聞いとけば良かった」

 手を繋いだ暖かさが今でも消えない。

 もう会えないと思うと胸の奥が苦しくなった。

 それは初めての感情だった。

 その日、詩乃は初めて恋をした。

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