こんな学生も、世の中にはいるのだ。

テラ・スタディ

第1話 精神的に向上心のないものは、馬鹿だ。

 私と同じように、Kにとっても、修養を怠る人間というのは、程度の低い生き物だったのだろう。だが、私と違うのは、そのKさえもそれに堕ちてしまったことだ。葛藤している分、その他の奴らよりはマシだとは思うが、その状態に陥る時点で、尊敬の対象では無い。恋愛をするしないは個人の自由ではあるが、私の主観からすれば「くだらない」の一言に尽きる。

 今日行われた入学式で、私は義務教育の枠を超えた高校生という身分になった。しかしながら、特別なことだとは思えない。エリクソンやハヴィガーストによる発達段階にて、今私は青年期なのだが、彼らの提示する発達課題にあたるとは思えない。既に私は理性的な思考をする「人間」であり、他の奴らのような「獣」では無いのだ。勿論、勉学に励むことに変わりはないが、それだけである。

「河合、やっぱり蹴ったか。代表挨拶」

「ああ。別段やりたいとも思えんしな」

断った際には色々言われたが、何故やる必要があるのか、分からない。そもそも私の意思を尊重すべきであり、断る行為に文句を言うことなど、何処の誰も出来はしない。他人にそのような権利は無いのだ。

「可哀想に、あの子。自分が一番だと思い込んでるぜ、多分」

「勉学に優劣は無い。向上心さえ有れば、少なくとも馬鹿では無い」

私は山村と、廊下を歩きながらそのような話をした。この山村雅俊やまむらまさとしとは中学の頃からの付き合いだ。友人という存在が必要かどうかは議論の余地があるが、彼は将来医者になりたいらしく、私に勉強について聞いてくる。教えるとなれば、私もごめん被るところだが、彼が抱く疑問はなかなか鋭く、幾らかマシであるため、関係を保っている。

「それにしても同じクラスでよかったなぁ、河合。おかげで心置きなく化学式聞けるぜ」

「その程度、自分で調べろ。後お前、単語帳か何か、持ってきてるのか?」

「流石に入学式には持ってこねえよ」

隙間時間を利用すれば、英単語の一つや二つ覚えることが出来るだろうに。何故持ってこないのか、甚だ理解出来ない。

「お前、空気に呑まれるなよ」

「分かってるよ。ちゃんと今日家で勉強するさ。少なくとも夏の実践模試には間に合わせる」

大抵の人間は環境に流されてしまう。良い環境ならば良いのだが、逆の影響を受けてしまう環境では駄目だ。孟母三遷の教えにあるように、周りが勉強に直向きであれば、それに越したことはないのだが、この学校はそうでもないみたいだ。感情を優先し、理性を排した、人間の皮を被った動物ばかり。賢しらな会話の一つすら聞こえないとは、辛いものだ。

 教室では、担任教師の挨拶などが終わり、再び喧騒に包まれていた。学友作りであろうか、それとも単なる無能の馬鹿騒ぎか。いずれにせよ、私の耳を劈くばかりだ。

「帰らせてくれても良いのにな」

「写真撮影か何かあるのだろう。くだらない」

「こんなことなら単語帳持ってこればよかったな…」

「whether or not の副詞節の意味は?」

「あー…えーと…それは…譲歩!」

まさかこの程度も一瞬で思い出せないとは…。本当に医学部を目指す気があるのか、甚だ疑問である。それはそうと、運が良いのか悪いのか分からないが、私の前の席は山村であった。まぁ、見ず知らずの馬鹿が私の視界を蝕むよりかは幸福であろう。

「この程度、一瞬で出せ」

「そいつあんま出ないじゃん。出ても名詞節だろ」

「普通に和訳でも出題されたことがある。だから覚えろと言っているのだが」

特にカンマで挟まれる文には注意が必要だ。主語のすぐ後にくると途端に分からなくなるのは研鑽が足りない証拠だな。

「お!もう帰れるみたいだぜ」

「そうか。ならさっさと帰るか」

「だな」

他の生徒には保護者がおり、保護者同士の無駄な会話を待ち、またその逆も存在しているのだろうが、私と山村にそのような存在は居ない故、誰かを待つ必要もない。やはり個人の自由を縛られない状態は素晴らしいものだ。個人の権利や自由を分からない愚か者とは関わりたくないものだな。それこそ、私の学習の邪魔をするものがいないことを願うばかりである。

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