第二百三十二話 快適馬車というもの

「よし、後はこれを組めば完成だ!」

「ふう、なんとか間に合ったね」


 グラフさんの工房で僕は汗をぬぐいながら安堵する。

 なんとか明日の出発までに快適な馬車が作れそうである。


「それにしてもこんなんで乗り心地はよくなるのか?」

「原理としてはこれがこう動いて、クッションになるんだ。まあ乗ってみたらわかると思うよ?」


 グラフさんが首を傾げながらスプリングの効果について尋ねて来た。論より証拠とばかりにさっそく取り付け作業にかかる。

 馬車はラースさんに購入してきてもらったので改造を始めた。まだ夕方に差し掛かったくらいなので焦らずいこう。


「……っと、こんな感じか?」

「そうだね。だいたい合っているかも。これを量産した暁にはウチの経営は一気に上がると思う」

「マジでか……結構硬いけどなあ。でも馬車は面白い造りだぜ」


 グラフさんがいうとおり、通常の馬車とは違い、いわゆる「シャーシ」と荷台部分を分けて作り、車軸にスプリングをつけてその上に荷台を乗せるという形をとった。

 昔の馬車のは板みたいなのを使っていたようなのをネットで見たことがあるけど、馴染みがあり、なんとなく見たことのある車みたいな感じにした。


「ここをこうして……」

「あー、こういうことか!」

【ほうほう、いいじゃないか】


 荷台をサスペンションのあるシャーシへ乗せると、大きく反動で揺れた。そこでゼオラ達はこの馬車の意図が読めたようだった。


「ボルトで固定して……完成だ!」

「よっしゃー! さっそく引いてみようぜ! スピカを呼んでくる!」

「僕もみんなを呼んでくるよ!」


 やはり馬車ならここはハリヤーだろうということで一度自宅へ戻り、バスレさんやラースさんも連れてくることにした。

 ベルナさんは宿の仕事をしているので抜けられないと言っていたので残念だ。


「というわけで完成したよ!」

「わふわふ」

「クルルル!」

【普通の馬車となにが違うでござるか?】

「……この車輪の部分だね。だいたい馬車は荷台に直接つけるけど、なにか他にあるな」


 ラースさんがしゃがみ込んで覗き込む。

 さすがにシャーシには気づいたようだ。けど、乗り心地で今から驚くことになるのが楽しみだ。


「それじゃ早速乗ってみてよ! ハリヤーだけで大丈夫かい?」


 結構大きな馬車に6人くらい乗るため少し心配だけど、ハリヤーは『なんでもありませんよ』といった感じで鼻を鳴らしていた。頼もしい限り。


 というわけでバスレさん、ラースさん、グラフさんとスピカさん、それとパン屋のおじいさんとおばあさんが乗り込むのを確認してから僕はハリヤーの上に乗って出発する。


「よーし、まずは球場まで行ってみよう!」


 ハリヤーの首を軽く叩くとゆっくりと歩き出した。少し早く進んでもらった方がいいかな?


「ごめんハリヤー、もう少し早く歩いてもらっていいかな?」


 するとすぐに速度が上がり、荷台が揺れ始めた。

 でも通常の馬車とは違い――


「お、揺れが少ない……」

「これは凄いかもしれない」


 まずはグラフさんとラースさんの声が聞こえてきた。そのまま続けてスピカさんが口を開く。


「凄いわ……! 普通なら道が悪いと跳ねる感じになるのに、殆ど揺れを感じない」

「そうですね。さすがウルカ様」

【これなら骨が揺れないでござるぞ。これは画期的!】


 スピカさんに続けてバスレさんとオオグレさんが感想を述べたけど、ちょっと違う気がするなあ。

 まあ、でも快適であるというお墨付きはもらえたと思っていいと思う。


「……ウルカ様? 馬車に乗ってどうしたんですか?」

「クルルル!」

「あ、フォルテちゃんこんばんはー」


 球場に立ち寄りボルカノに挨拶をしてから果樹園、牧場と回り工房へと戻った。


「うん、これをお土産にしたら喜ぶだろうね。こういうのは大好きだからさ」

「ゲーミングチェアの時に物凄く熱弁を振るっていたもんね」

「いいものを作らせてもらったぜ」

「グラフさんには今後これを量産してもらうつもりだからね?」

「え?」


 しみじみと『仕事をしたぜ』と笑み浮かべているが、グラフさんの仕事はこれからである。


「これを作って売るんだよ、この領地で唯一買える馬車を作れば名物になるよね」

「うおお……! そ、そんな大役を!?」

「グラフ、あんたの腕の見せ所じゃない!」

「そ、そうだな!」

「もちろんマージンとかは払うしね。いつか真似されるかもしれないけど、人を集めるのは唯一ここでしか無いものが必要だと思うんだ」

「確かにね」


 僕の言葉に頷くラースさん。彼がそのまま続ける。


「この国オンリーで行くなら、特許を出しておくのはどうだろう? 陛下に言えばただ真似されるよりいいと思う」

「あ、そういうのがあるんだ! それは使わないとだね」

「お店も増やしたいけど、まずは開拓を進めないといけないからなあ。ボルカノの存在がありがたいよ」


 ラースさんが肩を竦めながらそういって笑う。そろそろ騎士さんの家屋も出来るので次は商店街を作っていくことになりそうだ。

 それはともかく、まずはキールソン侯爵様に会いに行こう。


 みんなを乗せた後、外装を加工してお土産用にすることができた。そういえばスレイブさんが見当たらないなあ。どこに居るんだろう?

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