第百七十一話 おやおやこれはというもの

「だから、お前の意見はいいんだって!」

「どうせ生活できなくて戻ってくるんだから最初から行かなきゃいいって言ってるのよ」

「なんだか揉めていますねえ」

「あいつらはいつもこうだ。顔を合わせると喧嘩ばかりしている」


 言い争いを続けるグラフさんとスピカさんにため息を吐くドランさん。

 奥さんも止めているけどおさまらない様子を見かねて大声を上げた。


「おら! お客さんの前だぞ静かにしやがれ!!」

「うお!?」

「きゃ……!? お、おじさん……」

「あんた」


 ドランさんの怒声に萎縮する二人と、窘める奥さん。そこでスピカさんへ笑いカケルドランさん。


「おう。スピカちゃんこんにちは。怒鳴って悪かったなちょっと大事なお客さんなんだよ」

「う、うん。私もごめんなさい……。って、そうじゃないわ、グラフが町を出るって本当?」

「……ああ。俺が許可した」

「なんで――」


 と、スピカさんが口を開く前に僕とラースさんが挨拶を挟む。


「こんにちはお姉さん。僕はウルカ。グラフさんを雇ったのは僕なんだ」

「え? 子供……?」

「なんだけど、彼は辺境の土地の領主なんだ。俺はラース、よろしく」

「う、イケメン……! 眩しい……!」

「なんだいそれ」


 ラースさんを見てたじろぐスピカさんが気を取り直して僕に目を向けて尋ねてきた。


「領主……この子が!? み、みんなで私を騙しているとかじゃ……」

「ないですね。私はバスレ。失礼ですが、貴族たるウルカ様にそのような態度をされては困ります」

「あ、は、はひ……! すみません! ……でも、どうしてグラフを……」

「それはかくかくしかじかで」

「なるほど」


 経緯を話すと難しい、というより少し悲し気な顔で俯いていた。ドランさんとラースさんが追加説明し、グラフさんにとってはチャンスであることを告げた。

 

「で、でも……」

「向こうには女性の騎士さんも居るし、料理を教えてもらってもいいよね、ラースさん?」

「ん? ……ああ、そうだな」

「……!」

 

 ラースさんが僕の意図を読んだらしく、ニヤリと笑って肯定してくれた。

 恐らくスピカさんはグラフさんが好きなのだろう。だから引き止めたいと文句を言うのだ。

 しかし、貴族との折衝ができる今、将来の仕事が確実に良くなる土台ができるため移住したほうが間違いないのも理解した。

 だからグラフさんに彼女が出来る可能性を示唆してみる。これで強固に引き止める? いいや、僕達の狙いは――


「そんなに言うならグラフさんが大丈夫か見極めるため、スピカさんも村に来ませんか?」

「「えっ!?」」


 ――グラフさんとスピカさんが同時に驚きの声を上げる。

 そう、これは二人をくっつけるための下準備なのだ。グラフさんも多分、好きみたいだし?

 

「い、いや、さすがにスピカを連れては無理だぜ。おじさん達が反対――」

「「しない!」」

「な……!?」

「おや!?」


 グラフさんが驚いたのも無理はない。彼の背後にいつの間にか知らない夫婦が立って叫んでいたからだ。


「なんか大変そうだから呼んで来たわ」


 いつの間にかグラフさんのお母さんが連れて来たらしい。そこでグラフさんがその夫婦に話しかけた。


「い、いやあ。今のところなにも無い村みたいだしスピカはきてもつまらないんじゃないかなあ、と……。町の門もないような場所らしいです、はい……」


 とりあえず『危険だから』というのは合っていなくもない。ついて来て欲しくないとは言っていないので純粋に心配しているようだ。


「スピカはどうなんだ?」

「ひゃい!? え、っと……行ってもいいの?」

「うむ。スピカの言う通り、グラフ一人では頼りない。なあドラン」

「けっ、お前には言われたくないだろうぜ」

「んだと……!」

「親父達が喧嘩すんのかよ!? 止めろって」

「「チッ」」


 仲がいいのか悪いのか。

 とりあえずグラフさんとスピカさんのお母さん二人のニタリ顔を見る限り、僕達と同じらしい。僕と目があったのでサムズアップをすると二人とも返してきた。強い。


「わかった私も行く! グラフがちゃんと生活できているか監視するわ!」

「マジかよ……!? お、お前、本当にいいのか……?」

「い、いいわよ。あ、あんた一人じゃ餓死しそうだし……」

「いっぱい人がいるみたいだからならねえよ!? あ、まあ、来てくれたら助かるけどよ……」


 グラフさん達も握手をして一緒に行くことを決意したようだ。そんな中、僕は二家族に提案をしていた。


「それじゃ二人は同じ家でいいですかね? 広さはだいたいこれくらいで、ご両親が来たとき用の部屋もこんな感じで――」

「おお、ウルカ様すげえな……いや、いいんじゃねえか? え? ウルカ様が建てるのか……?」

「素敵なお家じゃない? あ、この辺に……」

「ああ、ちゃんと子供部屋も作りますよ」


 後半はひそひそと話を進めていたりして。


「か、勝手に決めるな……!」

「そ、そうよ!」

「いえ、違うわぁ二人とも! ウルカ君は今、騎士達の家も建てているの。まだまだ時間がかかるわぁ。そこでグラフさんの工房兼自宅を建てるとなると労力がかかる」

「え、ええ……」

「だからぁ、ウルカ君の負担を減らすために一緒のおうちに住んで欲しいのよぅ♪」

「私からもお願いします。ウルカ様は色々なお仕事をやっていますし、パン工房なども控えているのです」


 よし、ベルナさんの援護射撃もきた……! バスレさんは素で言ってそうだ。

 僕達が言葉を待っていると、顔を見合わせた二人がこちらを向いて頷いた。


「それじゃあ決まりということで、帰ったら家を建てますね。あ、その間二人でテント暮らしをおねがいします!」

「あ、ああ……」

「わかったわ……」


 ということで移住者が一名から二名になった。これは先が楽しみだなあ。張り切って家を建てようっと!

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