第五十八話 兄はいつでも弟にいいところを見せたいというもの
残念貴族。
どこからかそう言われそうなフェリガという男は兄ちゃんズ&女子二人を見て歯噛みしていた。
どっちかが好き、もしくは両方ということだろうけどそりゃ節操がないし嫌われるのも当然だろう。
「ぐぬ……ロイド君、決闘だ! マリーナさんとのデートをかけて!」
「嫌だよ、今は仕事中だ」
「……」
急な申し込みもロイド兄ちゃんにあっさり返され口を噤むフェリガさん。なるほどマリーナさんの方が好きなんだ。
さて、ここでまごついていても仕方がないと僕はロイド兄ちゃんの袖を引っ張りながら言う。
「そろそろ巡回に戻ろう? 暗くなってきたし」
「だな。つーわけでフェリガ、悪いが構っている暇はない」
「そうやって逃げる気だな……!」
「もー、そういうのウザイよフェリガ」
「マ、マリーナさん!?」
まあウザ絡みは男女問わず嫌われるから仕方ないよね。こういう人居るよねと思っていると、馬車から声が聞こえてくる。
「お兄様、ダメです!」
「む……」
「おや」
一同が声のした方に目を向けると、馬車から人が降りてきた。小柄……というより子供だ。それも僕より小さい。
「お兄様、そんな言い方をしてはいけません! みなさんがこまっています」
「むう……」
てくてくとこちらへ歩いて来ながらぷりぷりと怒るその子はフェリガさんに似た金髪。しかしふわっとした髪質で目も大きくとても可愛らしい。
「いつも優しいのに今日はどうしてしまったのです?」
「それは……」
「可愛いー! ウルカ君も可愛いけどこの子もっと小さいよね! お名前は?」
「あ、初めまして! ボクはクリフといいます」
「ボク? 女の子じゃないの?」
礼儀正しく頭を下げるクリフに僕が尋ねると、顔を赤くして首が千切れんばかりに振る。
「ボクは男の子です! なんだか兄がへんなことを言っていたみたいでごめんなさい」
「弟か? お前よりちゃんとしているじゃねえか」
「う、うるさいぞロイド! ほら、クリフは馬車に戻っていような」
「ダメです。お兄様はしつれいなことを言ったのに謝ってないです」
「しっかりしてるなあ。何歳?」
「ボクは三歳です!」
しっかりしているよホントに!?
「くそ……わ、悪かったな」
「ごめんなさい。よかったいつものお兄様だ!」
「お前……こんないい弟が居るんだから真面目にやれよ……二番手でも実力は十分だろ」
「ええい、うるさい。これでいいだろ、祭りへ行くぞ」
「う、うん」
うーん、多分クリフ君の前だといいお兄ちゃんなのだろう。もしかすると今もいいところを見せようと突っかかって来たのかも?
そんなことを考えているとクリフ君がチラチラと僕の方を見ていることに気付く。
「どうしたのクリフ君? あ、僕はウルカって言うんだ。五歳だよ」
「あ、はじめまして。ボク、そんな大きなわんわんを見たことが無くてびっくりしたんだ。でも大人しいから撫でてみたいなって」
わんわん呼び可愛い。
「シルヴァ? 噛んだりしないから大丈夫だよ。フェリガさん、いい?」
「……許可する。なにかあったら裁判だからな」
「ホント! わーい!」
不機嫌そうだけど可愛い弟のためにそこは承諾するあたり根は悪くなさそうな感じはある。それはともかくとことこと近くまでやってきたクリフ君のために、シルヴァに伏せをさせる。
「いいかな?」
「わふ」
「いいって」
「わあい、ふわふわだー!」
「家ではギル兄ちゃんがブラッシングをしっかりやっているからね」
小さな手でシルヴァを撫でるクリフ君は心底嬉しそうでこっちも頬が緩む。
というか可愛すぎて僕はつい口に出す。
「本当に男の子、なんだよね……?」
「そうだよ! なんでみんなそう言うんだろう?」
「可愛いからねえ」
「ボク、お兄様みたいなカッコいい男になりたいんだよー」
「「「ほう」」」
「……」
シルヴァの首に抱き着きながら可愛く頬を膨らますクリフ君がそんなことを言い、兄ちゃんズとマリーナさんがにやにやしながらフェリガさんに目を向ける。
するとフェリガさんは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「いいなあ、わんわん」
「クリフ、わんわんではない。犬だ」
「狼だよ」
「わんわんはわんわんだよ!」
「女の子だよもう」
拳を握り力説するクリフ君にリカさんが悶えていた。三歳ならまあこんなものではないだろうか。
「ウチもそうだけど随分年が離れているな」
「……聞くな。クリフ、そろそろいいだろう。行くぞ」
「はあい。ウルカお兄様またね!」
不意打ちを受けた。
というかなんで口ごもったんだろうなフェリガさんは?
「兄ちゃんでいいよ。またねクリフ君」
「うんー!」
「今日のところはこれくらいで勘弁してやるぞロイド。……また後でな。マリーナさん、リカさんも」
「よー分からんが、気を付けてな」
「ふん」
ロイド兄ちゃんを睨みつけてフェリガさんも馬車へ乗り込もうとする。そこでマリーナさんに耳打ちをして声をかける。
「フェリガさん、その髪型カッコ悪いからすぐ辞めた方がいいよ」
「うん。もっとワイルドな方がいいわ」
「マ、マリーナさん……! ふ、ふん、三男坊も覚えていりょ!」
噛んだ。
そんなツンデレ兄ちゃんを乗せた馬車は広場へと向かっていく。馬車用の駐車場は作ってあるからそこに止めるのだろう。
それにしても――
「あいつがねえ……」
「弟を可愛がっているとは」
「ちょっと見直したかも?」
「髪型は……確かに……」
――本当に意外だったようだ。
リカさんは違うベクトルでぶつぶつ言っていたけど、それほどまでにクリフ君と一緒に居るフェリガさんは違うようだ。
「ナンバー2の実力なら十分だと思うけどなあ」
「いやいやロイド兄ちゃんそうじゃないよ。ナンバー1のロイド兄ちゃんにマリーナさんが好きなのが悔しいのさ」
「な!? ウルカ……前から思ってたけどどこでそういうことを覚えてくるんだよ……」
「ふふ、将来は大物だねきっと。さ、それじゃまた巡回しよう」
「こけー……」
元気にそう言ってくれるリカさんに、自分は撫でてもらえなかったというような声を出すジェニファーであった。
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