第九話 近くの町というもの


 屋敷のある丘を下り町へと向かう僕達。

 二階の窓から町の外観は上から見ていてそこまで大きくない規模だというのは知っていたけど実際に行くのは初めてだ。

 学校は十歳から十五歳までなので先の話だし、ついて行く必要性を感じなかったからね。

 貴族だし下手に外に出て誘拐されるのも怖いから誰かと一緒か大きくなるまで行かないと決めていた。


 【行ったことが無いのか、引きこもりというやつだな】

 「違うよ!?」

 「どうしたのウルカちゃん?」

 「う、ううん、なんでもない……」


 馬車の屋根の上にいるらしいゼオラがくっくと笑いながら不名誉なことを言ったので思わず抗議の声を上げてしまった。

 後で訂正をしないといけないなと思いつつ窓の外を見ると――


 【ばあ!】

 「うおう!?」

 「だ、大丈夫ウルカちゃん!? 具合でも悪いの?」

 「くそ……。だ、大丈夫だよ、母さん」


 またしても大声を上げてしまい、驚いた母さんが僕を膝に乗せ、額に手を置いてから体調を確かめてくれた。

 

 「奥様そろそろ町へ入りますがまずはどちらへ?」

 「そうね、大通りから商店街をぐるりと回って町長のお宅へ止めてもらえる?」

 「かしこまりました」


 町は漫画とかで見るような高い壁に覆われたりしておらず、自然な形のまま家屋が建てられていた。

 魔物避けの柵がところどころにあり、僕の住む屋敷から見て左手に森、右手が草原となっていて、右手は結構な畑が広がり例の池がある付近まで覆われている。


 「母さん、町の周りって防備が薄い気がするけど魔物とかは大丈夫なのかな?」

 「ウルカちゃん、まだ五歳なのにそんなところに気付くなんて偉いわ! さすがはママとパパの子! お兄ちゃん達もそうだけどウルカちゃんは特に気が付くわね」

 「ふわあ」


 髪の毛が無くなるんじゃないかと思うくらい母さんが僕の頭を撫でまわし、話を続ける。


 「魔物は出るけどこっちも武装をした警備衛兵が居るから安心なのよ。……あの池の蛇はちょっと例外だけど。ただの動物の方が畑に被害を出しているかも」

 「そうなんだ」


 滅多に人前に姿を現さないのは動物も魔物も一緒で、森などはともかく草原や平野を徘徊するのは昆虫や蛇みたいな小型から中型程度が居るくらいだとか。


 剣と魔法の世界だけど割と平和そうで良かった。これならデスクワークみたいな仕事をすれば寿命まで生きられると思う。

 そのまま馬車は道なりに進み、町へ入ると地面がしっかりとした石畳へと変わっていく。最初に目に入った建物を皮切りに一気に周囲が変化した。


 「わー」

 「ふふ、ウルカちゃんたら目を輝かせて。たまには町のお散歩もいいかもしれないわね」

 「その時は私もお供いたしますよ」

 「ありがとうバスレ」


 女性二人というのはなにかあった時に心許ないような気がするけど明るい時の町なら大丈夫かな?

 そんなことを考えていると通りに人が集まってくるのが見えた。


 「おー、ガイアス家の馬車だぞ」

 「クラウディア様が乗っているみたいだ。こんにちはー!」

 「あ、小さい子が乗っているわ。まさか――」


 と、手を振りながらこちらに笑顔と挨拶を向けてくる。すると母さんが窓を開けて口を開く。

 馬車はゆっくりなのでみんな歩いて着いてきていた。


 「皆様こんにちは。ご機嫌いかがかしら?」

 「いつも通り平和なものですよ。ほら」

 「え、あれって……犬?」

 「あら、珍しいわねフォレストウルフだわ」

 「ま、魔物!? いや、おばさんの近くにいるけど!?」

 「ああ、大丈夫だよ」


 農作業をしているおばさんの近くによだれを垂らしている灰色の狼が身を低くして今にも襲い掛かろうとしていた。

 

 「うぉふうぉふ!!」

 「危ない……! 魔法を――」

 「こらぁぁぁぁぁぁ! あっちへ行け!」

 「きゃうん!?」

 「うわあ!?」


 飛び掛かった!

 そう思った瞬間、魔法を放とうと手をかざす僕。しかし鎧に身を包んだ屈強な大男が麦畑から顔を出し物凄い剣幕で怒鳴り散らした。

 フォレストウルフは文字通り飛び上がり、一目散に草原の向こうへ消えていく。

 不意打ちということもあるけどあれは下手をすると気絶するなあ……。


 「一匹だけみてえだな。群れからはぐれたヤツかな」

 「この町を襲うフォレストウルフなんて命知らずかヨソ者、それか『はぐれ』くらいなもんだからな。はっはっは!」


 どうやらああいう警護の人があちこちに居て町の平和は守られているらしい。というかあんな熊みたいな人に怒鳴られたら小さい子は泣いてしまうくらい怖い。


 「それより、その子を紹介してくださいよう!」

 「ふふ、初めましてよね。この子は一番下の子ウルカティウスよ。ほら、ウルカご挨拶」

 「は、初めまして家族はウルカティウスです! ウルカと言うのでみなさんもそう呼んでくれると嬉しいです!」

 「おー、可愛いー!」

 「握手して握手!」

 「あ、はい……」

 「……」

 

 自己紹介すると集まっていたみんなが顔を綻ばせて窓から顔を出す僕に構ってくれていた。なぜか御者台に居るバスレさんがずっと舌打ちをしていたのが気になったけどまあいいか。

 しばらくちやほやされていたけど母さんの一言で町の散策へ戻ることに。そこで屋根の上からゼオラの声が聞こえてくる。


 【悪くない町だな。活気もあるし。そういえばウルカの家は貴族なのに町長でも領主でもないというのは不思議だな。他に貴族が居るのかねえ】

 

 そういえば父さんの仕事ってよく知らないや。後で行くみたいだし、その時分かるかな?


 「……ケッ、なにがウルカだよ。俺と同じガキじゃねえか」

 「そういうの良くないよ」

 

 去り際に悪態をつくような言葉を聞いて窓から顔を出すと、僕と同じくらいの子供が二人、目に入った。

 他にもなにか言っていたようだけど馬車は進んでいたので最後まで聞くことは無かった。

 遠ざかったのは仕方ない。さて、他にはなにがあるかな? 折角だし色々見てみたいね。

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