第七話 憑りつかれたらしいというもの


 とりあえずバスレさんを放置して庭へ向かう。

 ここなら特に怒られないだろうから外に出ても問題ないしね。それにあの美人幽霊にも話を聞いておきたい。


 「えっと、僕の部屋の窓があそこだから――」

 【来たか坊主】

 「うひょう!? 背後に立つの止めてよ!」

 【ゴーストはこんなものだぞ? 人を驚かせるだろう】

 「そういうものでもないと思うけど……。っと、ちょっと人目がつかないところに行こう」


 この幽霊が見えないというのであればそれはそれでいいけど、ここで話していたら僕が一人でなにやら呟いているように見えるので、誰かに見られて変になったと思えれたらまた自由が減りそうなのでガーデニングのあるテーブルセットへ案内する。


 使用人が少ないのは幸いだなと思いながら着席すると対面の席に幽霊も座った。


 「椅子に座る必要が……」

 【雰囲気だよ坊主。それにこんなナリでも疲れるものさ】

 「そういうもんなの? えっと僕は坊主じゃなくてウルカティウス・バーン・ガイアスって名前なんだ。みんなはウルカって呼ぶよ。ちなみに五歳。あなたは?」

 【あたしの名はゼオラ・フォンゲルグってんだ。よろしくなウルカ】


 腕組みをしながらニカッと歯を見せて笑うゼオラさん。まずは助けてもらったことについてお礼を言わないとね。


 「あの、ゼオラさん。あの時は助けてくれてありがとうございました。おかげで無事に家に帰れました」

 【ああ、気にしなくていい。あたしを視認できるヤツは初めてでね、ちょっと嬉しくなったからさ。あと、あたしのことはゼオラでいい】


 手をひらひらとさせながらそんなことを口にする。

 

 「うん。で、ゼオラはどうしてそんな姿で彷徨っているんだい? 大魔法使いとか言っていたような気がするけど」

 【そこだ。というかいつ死んだのかも、どうしてこんな姿なのかも覚えていなくてね。気づいたらフラフラと彷徨っていたよ。最近この土地に来たんだけど何度かウルカの姿を見ていたのさ】


 どうやら母さんと散歩をしていたり、池に来ていた僕を見かけていたようだ。その時も目の前に立ったりしていたみたいだけどまったく気づかなかったなあ。


 「どうして見えるようになったんだろう……」

 【さあな。この前も言ったけどお前は他とはちょっと違う。母親の影響だろうけど他にもなんかあるんじゃないか?】

 「母さんの? それは分からないけど僕はウルカであってそうでもない。記憶は前世のものを引き継いでいるんだよ」

 【へえ……? 詳しく聞いてもいいかい】


 このことを話すのは初めてだなと思うし、どうしてそれを口にしようとしたのか自分でもよく分からない。

 両親と兄ちゃんズに話しても信じてもらえないと思うのと、口にすることで気味悪がられるのも怖いからだ。

 だけどゼオラは幽霊で他に暴露する相手も居ないだろう。それになんとなくこの秘密を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 

 【ほう……死後の世界、か。面白いな。それにこの世界ではないところから来たとは】

 「信じるんだ?」

 【まあな。全ての事象には必ず始まりがある。それを認めることで初めて一歩を踏み出せるとあたしは思っている。否定から生まれるものなど存在しないのだ、魔法もその一つだ】

 「確かに……」

 【真実かどうかを他人の言葉で判断するのは嫌いでねえ。自分の目で、手で、感じたものを信じるようにしている】


 フッと笑いながら左腕で頬杖をつくゼオラは、青く長いポニーテールと導師のような白いローブ、切れ長の目という容姿と衣装もあってか大魔法使いというより賢者や探究者といったことを連想させてくれる。


 「魔法や自分のことは覚えているのに、どうしてそうなったかは分からないんだ」

 【うむ。悔しいが記憶が断片的でな。なんといえばいいか、頭の中にぽっかりと穴が空いているという感じでその部分だけがアクセスできない】

 「死んでから長いというのも?」

 【わからん】

 「記憶……海馬か側頭葉に異常があるのかな」

 【聞いたことが無い言葉だな。ウルカのいた前の世界はなかなか発展していたと見える】

 「でも魔法は無かったし幽霊は視えなかったけどね」

 【はは、一長一短というやつか】


 そういって笑うゼオラに僕は次の話題へと変える質問を投げかけることにする。


 「それでゼオラはこれからどうするの? また彷徨う?」

 【ん? いや、この前ウルカの身体に入れて貰ったろう? あれでお前とあまり離れられないようになったみたいなのだよ。だから今後は一緒にいることになるだろうな。はっはっは】

 「え……?」


 今、なんて言った? 今度は一緒にイルコトニナル……?


 「ど、どういうこと!? もしかして憑りつかれた!?」

 【かもしれん。ただ、絶対にそばにいるというわけではなくある程度なら離れられるようだ。窓に居たのもその一環だな】

 「いや、僕にとってなんの解決にも……」

 【なあに、まだ子供だ。自慰もセックスもやらないだろうから大丈夫だろ】

 「それはそうだけど、幽霊に憑りつかれたってかなり嫌だよ……」

 

 僕がそういうとゼオラはあっけらかんと笑いながら「いいじゃないか、普通と違って面白いぞ」と適当なことを言った後に、


 【悪いことだけでもないぞ、あたしがお前に魔法を教えることができる。強くなりたいだろう?】

 

 そんなことを言いだす。


 「いや、特にそういうことはないけど……」

 【ないの!? いや、男の子は強さに憧れるんじゃないのか? 兄貴みたいに】

 「ああ、ロイド兄ちゃんはそうかも。でも僕はさっき語ったとおり向こうでは病気で死に両親を悲しませたから平穏に暮らしたいんだ。強くならなくてもいいかなって」


 騎士になって戦いに赴くなどもってのほかだし、魔物を退治する冒険者と呼ばれるモンスターのハンターになるのも論外だろう。

 僕の一生はゆっくり平和に暮らしてお嫁さんでももらえればラッキーだし、貰えなくてもまあお金と地位はそれなりにあるから仕事に困ることもないはずだ。

 貴族なんだから危険でない仕事も選べると思う。ギルバード兄ちゃんの執政官みたいにさ。


 すると彼女は僕に告げる。


 【それもいいかもしれないが、強さはあった方がいいぞ。そのニホンとやらとはやはり違う世界だからなここは。つい先日、蛇に襲われたのを忘れたのか? ああいうイレギュラーは起こりうる可能性が高い。もしお前が重要な役職についたら暗殺があるかもしれない。魔物が群れを成して町を襲ってくるかもしれない。過去にそういう例があった】

 「そういうのは覚えているんだ」

 【『個人の記憶』ではないからだろうな。一般的な知識は残っているんだよ。それにどうせ離れる方法もすぐにはわからない】


 どちらかと言えば習っておいた方が今後楽になるとのことらしい。

 ふうむ、そう言われれば憑りつかれて放置するよりはお得、かな……?

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