第一話 物語の始まりのようなもの


 ――痛みが引いた。


 そう感じた瞬間、僕の身体は悪寒が無くなり暖かくなった。

 

 死んだらこういう風になるのかと妙に冴えた頭でそんなことが浮かんでくる。

 ともあれ病気になる前からかけられていた保険はン千万単位で降りるはずなので最後の親孝行だと思うことにする。悲しいけど、僕の人生は幕を閉じた。


 閉じたのだが――


 というかまだ意識があるのはなんでだ? いや、まあ今までの思い出とかを振り返る時間と考えるか。

 死んでから走馬灯というのも変な話だけど、物心ついてからさっきまでの情景が目に、脳裏に鮮明に浮かぶ。


 クラスメイトもお見舞いに来てくれていたし、両親と弟との仲も良かった。このまま召されても悔いは――


 『ありがとう』


 ……!?


 今のは……?


 小学生……の僕……か?

 いま見えた黒い服の女の子は……誰だっけ?


 『いつかその日が来たら「   」』

 

 っ……。


 ダメだ顔を思い出そうとしても思い出せない。黒く塗りつぶされたような顔に、何故か口元だけがニタリとしている……ような気がした。

 

 まあ思い出せないものは仕方がない。思い出したところで意味もない。

 体があるのかないのかも分からないし目を閉じていると思っていてもなにも見えないので目があるのかも分からない。

 その内に消えるのだろうと感覚で『寝転がった』と思いつつ、


 「十七年……短かったけどいい両親に恵まれた。もし次があるなら今度は親より先に死ぬのだけは避けたいな。いや、いっそ死なないとか」


 そんなことを口にしていた。

 というか喋れるのか……。


 ま、まあ、神様が最期にくれた時間なのかもしれない。早くしてほしい気もするけど。

 それはさておき、僕は大半をベッドで過ごしていたから本を読むかゲームで遊ぶことが多かった。

 小さい頃は『不死の王』というものに憧れたもので『リッチ』という存在になったら親が悲しまないとか考えていたっけ。


 『お父さんと子供の王様って楽しいのかしらぁ?』

 「それは『父子の王』だろ!? 楽しくないよ! ……って誰だ!?」


 体があるのかすらも分からない状況で、間延びした声の女の子が聞こえてきて思わずツッコんでしまった。テレビも見ていたからお笑いもバッチリだ。

 いや、そんなことはどうでもいいと自身にもツッコんでいると、急に目の前が眩しくなった――


 『うふふ、ようこそ天国へ生神 劾さん! わたしは……ってあらぁ?』

 「目……目がぁ……」

 

 暗いところからいきなり明るいところへ出されると眩しすぎて前後不覚になる。逆もまたしかりで僕は地面をのたうち回ってしまう。

 程なくして体が少し持ち上がり顔が何かに押し付けられた。


 『あらあら大丈夫ですかぁ』

 「なんか柔らかい……。おおう……!?」


 恐る恐るうっすら目を開けるとそこには見たことも無いような大きなアレが僕の顔、具体的には鼻から下を埋めていた。

 そして凄く美人である。


 「なんか暖かい……なんか……眠く……」

 『きゃあ、寝ちゃダメですぅ!』

 「ふぐ……!?」


 天国から地獄。

 まさかのさば折りで僕の意識が無理やり覚醒させられ、ようやく現状に理解が追いついてきた。


 「ちょ……離れて! いてて……危うく死ぬところだった」

 『もう死んでますよ?』

 「そういやそうだ。って君は誰だい? そしてここは一体……?」


 まだ少しくらくらする目を細めて周囲を見ると、足元には雲のようなものが立ち込め、頭上にある球体のようなものが明かりを灯し、どこかへ続く階段と中央にはテーブルセットが置かれていた。

 色調は白か淡いクリーム色って言うのかな? そういう感じで統一されていて、


 「天国、か」

 『そうでぇす♪』


 と、感覚で呟く程度には天国だった。

 改めて先ほどの女性に目を向けると、アニメとかで見るような白い布を……羽織ったりしておらず、なぜかジャージだった。

 ピンク色をしたパーマがかかったようなゆるふわな髪と糸目アヒル口をした美人である。


 「はあー……凄いな……こんなの物語でしか見たことない。ある意味、死んだことを実感したよ」

 『皆さんそうおっしゃいますぅ』

 「よっと……自分の足で立つのも久しぶりだな。それで僕は死んだと思うんだけど、これからどうなるの?」

 『いいご質問ですぅ! まずは自己紹介からさせてください。わたしの名前はユキと言いまして一応、女神をやらせてもらっています』

 「意外と普通の名前なんだ……」

 『皆さんそうおっしゃいますぅ』


 普通の名前をしたジャージ女神のユキさんがニコニコ顔で頷きながらテーブルセットを指差した。どうやら座って話そうということらしい。

 僕は彼女についていき着席をすると向かい合って話が続けられる。


 『それでぇ、ガイさんをここへお呼びしたのには訳がありまして……』

 「もしかして別の世界へ転生、みたいな……?」

 『あ、そうですそうです! ニホンから呼んだ人は皆さんそうおっしゃいますぅ。話が早くて助かりますねぇ。それで――』


 と、ユキさんが説明してくれたのは次の通り。

 本来であれば死んで魂をまた別の『なにかに』生まれ変わるんだけど、期間限定のお試し期間中により、二十歳未満の病気で亡くなった人を別世界で人間として生まれ変わらせるようにしているそうだ。


 「確かにそうだけど……話がうますぎない?」

 『皆さんそうおっしゃいますぅ』

 「ですよね!? 他に目的がある、とか?」

 『いえ、人間として生きていたかっただろうという無念を解消するためですねぇ。なぜか? ガイさんはそういうことは無さそうですが……いるんですよ稀に』

 「な、なにが?」


 急に少し目を開けてトーンを落としてきたのでごくりと喉を鳴らす僕。


 『人生を呪ってやるぅとか、恨んでやるぅみたいな負の感情を抱えたまま亡くなると、次の生まれ変わり先でも不幸に見舞われるか、不幸を撒く側になってしまうんですよぅ』

 

 トーンを落としただけで可愛い感じは変わらなかった。

 要するに僕みたいな人間をもう一度、必ず人間に生まれ変わらせてくれるらしい。

 確かに悪意や憎悪を持って生まれ変わったら害を為すであろう部分は納得できる。 


 『皆さんそうおっしゃいますぅ』

 「なにも言って無いよ!? ま、まあ僕としてはどっちでもいいけど、どんな世界とか聞いてもいいかな?」

 『はい!』


 そうだな、まずは――

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