第24話「ライトニングの死」

「はあ、はあ、はあ」


 洞窟内を逃げ惑っていたクレアは、どうっと倒れ込んだ。

 その弾みで背中に背負っていた瀕死のライトニングが地面に放り出される。


 何がどうなっているのか、自分でもよく思い出せない。

 無我夢中でレイピアを振るい、気づけばライトニングを背負って逃げ出していた。


「うう……」


 かすれる声が聞こえてくる。


「ライトニングさん!」


 慌てて彼女は声をかけた。

 右腕は斬り落とされ、脇腹と左肩からは大量の血があふれ出ている。

 見るからにすでに絶望的であった。


「ク、クレ…ア……」

「しゃべっちゃダメです! 今、隊長たちのところへ連れて行きますから!」


 そう言いながら、とめどなくあふれ出る血を両手で抑え込む。

「どうしようどうしよう」とつぶやきながら辺りを見渡す。

 もう、どうしていいかわからなかった。


 そんな彼女をライトニングは口から血を吐きだしながらうつろな表情で見つめていた。


「ク……レア……」

「ライトニングさん、しっかり!」

「ぼ、僕はもう、ダメだ……。君だけでも……逃げ……ろ……」

「ダメです! ライトニングさんを置いては行けません、今出口に」


 クレアは瀕死の彼を担ぎ上げようと、手を伸ばした。

 その手を、ライトニングがぎゅっと握り返した。


「聞くんだ、クレア……。今、世界規模で……何か大変なことが、起きようとしている……。魔族の出現は……、その前兆だ…。僕らはそれを……世界中に伝える義務がある。今、それが出来るのは、君しかいない……」


 クレアは涙を流しながら彼の言葉を聞いた。

 涙でかすんで、顔がよく見えない。


「私、どうすれば……」

「自信を持て、クレア……。僕は、さっきの戦いで君の中に眠る力の断片を見た……。君には、僕らの想像もつかないような……、秘められた力が隠されている」

「秘められた力?」

「歴史上、戦乱の世になると、稀にそういった人間が現れると聞く……。クレア、おそらく君はその類の人間だ」

「そんな」


 ごふ、とライトニングの口から大量の血が流れ落ちる。

 慌ててクレアは仰向けになった彼の身体を抱きかかえた。


「き、君はまだ……、その力を解放しきれていない……。その力を自分の意志で解放できれば……君は世界一の剣士になれるだろう……」

「でも、どうやって」


 オロオロと泣き崩れるクレアに、ライトニングは言った。


「きっかけは、なんだっていい……。怒り、悲しみ、憎悪、負の感情が爆発した時に、秘められた力が目覚めるはずだ……」

「怒りや憎悪なんて……」


 戸惑うような顔に、彼は「ふ」と笑った。


「君は、本当に根っからの善人だ……。でも、時として非情に、冷徹になる必要もある。クレアに必要なのは、その強い心だ……」

「強い心……」

「本当の優しさは、怒りや憎悪の先にある……。すべての悪を憎み、あらゆる魔を斬り倒したいという気持ち……。悪には絶対に負けないという、強い意志……。それを、強く持て」


 彼の言葉に、クレアの心に何かが芽生えるのを感じた。

 自分の意志とはまったく別の何か。

 それがなんなのかよくわからなかった。


「でも今は、ライトニングさんを助けたい」

「ダメだ……、僕なんかに、構わず……逃げろ……!!」


 その直後、二人の目の前にギンガムたちが再び姿を現した。


「逃がさぬわ」

「ひっ」


 クレアが慌ててレイピアを構える。

 剣先がぶるぶると震えて今にも落ちそうだった。

 部下を斬り倒した時の姿とは似ても似つかない、そのあまりの変わりようにギンガムの顔が一気に冷めた表情を浮かべる。


「なんだ、その怯えた顔は。本当にさっきの女か」


 クレアの目は恐怖のあまり焦点が定まっていない。そのことにギンガムは拍子抜けどころか怒りすら覚えた。


「少しは骨のあるヤツかと思ったが、とんだ見当違いだったようだな」


 そう言って、手の平から巨大な火の塊を作りだす。

 今度ばかりは避けられそうもない。

 自分一人ならいざ知らず、今は瀕死のライトニングがいるのだ。

 クレアはぎゅっと彼の身体を抱きしめた。


「ふん、美しき姿よな。ともに死を選ぶか。我らには到底、理解できぬことよ」


 くくく、と周囲から笑みがこぼれる。


「まあよい。二人仲良く、あの世に行くがよい」


 ギンガムの手から、巨大な火の塊が放たれた。

 それはスローモーションのようにクレアたちに迫る。

 その光り輝く光球を見つめながら、彼女の脳裏には様々な人物の姿が浮かんでいた。


(隊長、シャナさん、マルコーさん、ワッツ先輩……)


 短いながらも、初めてできた仲間たち。そして、今まで世話になった人々。

 浮かんでは消えていく彼らの姿に、彼女はつぶやくように言った。


「さようなら」


 目を閉じたクレアの身体が、ふいに何かに押された。


「……!?」


 その力に、クレアの身体がはじけ飛ぶ。

 目を開けると、ライトニングが残ったほうの手で彼女の身体を突き飛ばしていた。


「ラ、ライトニングさん……!?」


 火球は、ゆっくりとライトニングに向かって伸びていく。


「クレア」


 彼は笑っていた。

 最期に何かをささやいていたようにも見える。

 しかし、その言葉は聞けなかった。

 巨大な火の塊が、ライトニングの身体を包み込むと大きな渦となって辺りを燃やし尽くしていた。


 炎の渦は、すさまじい勢いで洞窟内を焦がしていく。

 クレアは目を見開いて、その光景を見つめていた。


「ラ、ライ……ト………?」


 ワナワナと手を伸ばす。

 震える手の先には、業火がすさまじい勢いで燃え上がっている。


 彼女は思っていた。 

 ともに逃げられないのであれば、ともに死のうと。

 しかし、炎の渦の中に彼の姿はすでになかった。

 あまりの高熱で蒸発してしまったのか、跡形もなく消滅してしまっている。

 その瞬間、クレアの中で何かが弾けた。



「う、わああああああぁぁぁ───ッッッ!!!!」



 彼女の絶叫が洞窟内に響き渡る。

 その発狂にも似た声にギンガムが笑った。


「んんー、実によい響きだ。人間の悲しみの叫びは、本当に心地いい」

「あ……あ………」


 クレアが胸を抑えてうめく。

 あまりのショックに意識が朦朧としていた。口をパクパクと開け、目は大きく見開き、今にも死にそうな顔つきである。


「ふん、無様な。やはり人間はもろい」


 おい、とギンガムが部下に目を向ける。


「この女の処分は、貴様らに任せよう。好きにせい」

「は」


 ギンガムの命令に、黒マントの魔族たちがいっせいにクレアを取り囲んだ。

 パクパクと口を動かしながら虚ろな表情を見せている彼女の瞳に、魔族の姿が映りこむ。

 その姿を見て、クレアの動きが止まった。


「我らの仲間を殺した罪、その身であがなえ」


 彼らの言葉に、ゆらり、とクレアが立ちあがった。

 その手にはレイピアがしっかりと握られている。


「ほう、やる気か」


 ニヤリと笑う魔族。

 その瞬間、クレアの目の前にいた魔族の首がゴロリと転げ落ちた。


 音も動作も何もない。


 いきなり、首がもげたのである。


「……?」


 一瞬、何が起きたのかわからない表情を見せる周りの魔族たち。

 気が付くとクレアの構えが変わっていた。


 まさか、あの一瞬で首を刎ねたのか。


 しかしそうとしか考えられなかった。

 クレアの中で、変化が起きていた。

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