第4話「出会い」

「ほえ~」


 クレアは、特務部隊本部の建物を見上げながらため息をついていた。

 一般傭兵部隊の隊員たちが寝泊まりする簡素な建物とは違い、まるでお城のような荘厳華麗な建物である。


 空を見上げるほどの高さの屋根に、終わりが見えないほど横に広がった外壁。

 屋根のてっぺんにはアルスタイトの守護獣である朱雀の像が彫られている。


(本当に、ここに配属されたんだ……)


 クレアは緊張した面持ちで特務部隊本部の門をくぐった。

 門の先に見える大きな扉。

 そこの前には、以前まで配属されていた十二大隊にもいないような屈強そうな男が立っている。


 クレアは緊張した面持ちで男に話しかけた。


「あ、あの……」

「………」


 男はぶっきらぼうな顔でクレアに視線を向けた。目つきが怖い。


「なんだ、ここは一般人は立ち入り禁止だ」

「い、いえ。えーと、今日からここに配属されましたクレア・ハーヴェストと言います」


 クレアの言葉に、男は怪訝な顔を見せた。


「ここに?」

「は、はい。本日付で……」

「冗談を言うな。ここがどこだかわかっているのか?」

「い、いえ、本当です。ていうか、私もにわかには信じられないんですけど……。連絡はいってませんか?」

「知らんな。第一、配属されるなら身分証が渡されるはずだ。持ってないのか」

「も、持ってません……」

「なら、帰るんだな」


 おかしい。


 クレアは頭が真っ白になった。

 彼女の転属は本部の命令だったはずだ。

 それなのに、門前払いをくらうとはどういうことだ。


 連絡の行き違いか。

 はたまた、自分が場所を間違えているのか。


 彼女の頭は次第に混乱してきた。


 急な人事異動で予備知識もないまま、ほぼ着の身着のままでやってきてしまった。彼女が持っているものは数日間の着替えと、わずかばかりの金銭だけである。

 知り合いもいなければ、彼女の身許を証明できる者もいない。

 下手をすれば、このまま路頭に迷う羽目になる。


 そもそも、この転属命令じたいが何かの間違いだったのではないだろうかとクレアは思った。

 別の者を呼ぶつもりが手違いでクレアを呼んでしまったのでは。

 それなら、経験の浅い彼女が特務部隊に選ばれた理由もうなずける。


(そっか、そういうことか)


 クレアは納得した。

 自分は間違えて呼ばれたのだ。

 それ以外、考えられない。


「す、すいません。私の勘違いだったみたいで……」

「そうか。気をつけろよ。ここは血の気が多い連中ばかりだからな」


 怖いことを言う門番に頭を下げて立ち去ろうと振り返ったクレアは、ドンと壁のようなものにぶつかった。


「あた!」


 まるで岩の塊に弾かれたかのように地べたへと突っ伏す彼女。

 そんな彼女の前に立っていたのは、王宮から戻ったローランとマルコー、シャナの3人だった。


 まるで悪漢のような男たちの姿に、クレアの顔は蒼白になった。

 壁だと思ったのは、マルコーの鋼のような肉体だったからだ。


「ひっ」


 それに気づいてクレアは思わず身体を震わせた。

 見るからに凶暴そうな3人だ。

 悪党の一味にも見える。


「す、す、す、すいません! ボーッとしてて……」


 慌てふためくクレアの姿に、スキンヘッドの大男マルコーがニヤリと笑った。


「おー、いてぇ。こいつぁ骨が折れちまったかな」


 ふざけるかのように言う彼の言葉に、クレアは恐怖した。

 因縁をつけられた、そう直感した。


「すいません、すいません、すいません!」

「こりゃあ、治療費が高くつきそうだぜ」

「本当にすいません、お金だけは勘弁してください……」


 思わず涙目を浮かべるクレアを意地悪く見下ろすと、凶暴な山賊のような顔立ちのマルコーがさらに恐ろしげに顔を強張らせる。


「おいおい、人にぶつかっといて謝罪だけですまそうってのかい? いい根性してんじゃねえか」

「ひ、ひいい!」


 もはやクレアは失神寸前である。

 いくら傭兵学校の出とはいえ、こんな凶悪そうな男に因縁をつけられたら勝ち目はない。

 彼女はどう言い繕おうか真剣に考えた。


 しかし、助けは意外なところから出た。


「やめろマルコー。人を怖がらせるのはお前の悪い癖だ」


 彼の後ろに立つローランがたしなめるように言った。黒いコートを羽織った、長身の男だ。紳士、と呼ぶには程遠いが、目の前の巨漢よりははるかに紳士的だ。

 ローランの言葉に、マルコーは「へいへい」とうなずいた。


「嬢ちゃん、悪かったな。冗談だよ冗談」

「へ?」


 苦笑いを浮かべながら手を差し伸べる巨漢。

 さきほどまでとは打って変わった、優しい顔である。いや、意地の悪い笑顔ともいえる。


「嬢ちゃんがあまりにビビりまくるからよ、ちょっとからかっただけよ」

「か、からかっただけ……?」


 わけもわからない顔でクレアはマルコーの手を握ると、ひょい、と持ち上げられた。


「ひゃっ!?」


 まるで小動物でも扱うかのように立たさせられたクレアは、きょとんとした顔をしている。


「んとに、もう。マルコーはその冗談で何人も気絶させてんだから、ちょっとは自重しな」


 シャナが腕を組みながら説教じみた口調で言う。


(じ、冗談だったんだ……。にしては本気に思えたんだけど……)


 とりあえず、因縁はつけられそうにないとわかったクレアはホッとして床に落としたバッグを拾い上げた。


「こ、こちらこそ、すいませんでした……。取り乱してしまって」

「怪我はねえかい?」

「は、はい、大丈夫です。ありがとうございました……」


 ペコリと頭を下げて立ち去ろうとするクレア。

 しかし、そんな彼女を後ろに立っていたローランが呼び止めた。


「どこへ行く気だ? クレア・ハーヴェスト」

「え……?」


 急に名前を呼ばれてクレアは立ち止まった。


(い、今、私の名前呼んだ……?)


 驚きを隠せない表情を見せる彼女に、追い打ちをかけるかのようにローランは言った。


「今日から貴様はオレの第八特務部隊に配属されたはずだが?」

「は……?」

「は、はあああぁぁっ!?」


 驚きの声を上げたのは、クレアではなくマルコーとシャナのほうであった。

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