第3話「第八特務部隊」

 この世界は、大小合わせて200以上の国々からなっている。


 中でも、とりわけ軍事力・経済力の発展した5大国が世界の中枢をなしている。

 すなわち、


 東のアルスタイト。

 西のノア。

 南のグラン。

 北のピュアラ。

 そして中央のガイラス。


 それぞれが独立した王国でありながら、互いに手を組み、世界の安定を図っていた。

 各国の共通認識、それは“魔物の掃討”である。



 いつの頃からか、世界中に魔物が溢れ出し、人々を襲い始めた。

 魔物の襲撃によって滅ぼされた町や村は全世界で500を軽く超えている。それも、把握しているだけの数であって、未開拓の土地や、存在自体を知られていない秘境の村々を合わせれば1000を超えるかもしれない。


 天災にも似たこの未曽有の危機に、世界が手を結ぶのは初めてのことだった。

 互いに不可侵の条約を結び、魔物の脅威を取り払うことを最優先としたのである。


 アルスタイト王国では傭兵部隊を編制し、各地に散らばる魔物を駆逐していった。

 形だけの訓練しかしていない国軍とは違い、実戦的な経験を積んでいる傭兵部隊の活躍はめざましく、今では身分の低い彼らの方が発言力が強かった。


 中でも、傭兵部隊の上級クラス特務部隊の幹部ともなれば、王宮内での作戦会議にも参加できるほどの権限を持たされていた。

 その中の一人、ローランは不死身の朱雀隊とまで言われる第八特務部隊のリーダーであった。


 屈強な体つきに、眼光鋭い目。彫の深い顔立ちは、まさに見る物を震え上がらせるには十分な迫力を持っている。今年35歳と、年齢的に山場を迎えてはいるものの、彼の剣さばきを超える者はいまだ誰もいない。


「隊長、聞きましたぜ」


 そんなローランのもとに、二人の隊員が声をかけてきた。

 一人はほぼ上半身裸のスキンヘッドの大男。両腕にドクロのタトゥーを入れた、山賊のような男である。背中に背負った大斧が、いっそうこの男の怖さを倍増させている。


「新人が来るんだってね」


 もう一人は線の細い女である。腰の両側にショートソードをぶら下げ、肩にはロングボウを担いでいる。赤毛のショートヘアに小ぶりの唇。目つきの悪さから、道行く人々はこぞって目を背けるほど人相が悪い。


「聞いたことないぜ。入隊半年のひよっこが、特務部隊に配属されるなんてよ」


 いきり立つように、スキンヘッドの大男が言った。


「マルコーの言う通りだわ。剣聖だの天才だの言われていた私でさえ、入るのに5年もかかったのに」

「ま、おめえはそれ以前に素行の悪さが知られてたからな。シャナ」

「なによマルコー。あんた、あたいにケンカ売ろうってのかい」


 シャナと呼ばれた女剣士が、目つきの悪い目をさらに細めて大男を見上げた。


「おおっと、そんなに怒んなよ。本当のこと言っただけじゃねえか」


 彼女は両腰に手を伸ばすと、ショートソードの柄に手を添えた。


「いっぺん死ぬか、ブタ野郎」


 ピリッとした空気が一瞬にしてその場を支配する。

 ローランは、そんな空気を意にも介さず冷静な口調で二人を仲裁した。


「やめろ、お前ら。ここがどこだかわかっているのか」


 第八特務部隊隊長の言葉に、二人は殺気を静めて辺りを見渡す。

 ここは、王宮内のロビー。多くの宮廷人が往来している場である。


 本来、傭兵とは無縁の彼らが青ざめた表情でマルコーとシャナを遠巻きに見つめていた。


「わっはははは、冗談だよ冗談!!」


 穏やかな顔を見せるも、宮廷人たちはそそくさとその場を逃げるように去っていく。

 慌てふためく彼らの姿を見て、シャナは「ふん」と鼻をならした。


「あんたが余計なこと言うから、変な空気になっちまったじゃないか」

「オレのせいかよ」

「あんた以外、誰がいるっていうのさ」

「てめえが殺気をビンビン放ってるからいけねえんだろうが」

「んだと、こら」


 終わりそうもない二人のやりとりに、ローランは「やれやれ」と肩をすくめた。

 もうこの際、徹底的にやりあえば気が晴れるかもしれない。そう思わずにはいられなかった。

 とはいえ、今はそんな時間もない。


「とにかく、本部へ戻るぞ。第八特務部隊の新入りの手続きは済ませた。あとは本人の到着を待つだけだ。もっとも、もう着ているかもしれんがな」


 ローランはそう言って、いがみ合っている二人を促すように王宮をあとにした。

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