第102話 出航ですよ
リューイが調達してきた船はバルド・ロンド号というらしい。
乗船すると、クルーは若い獣人族の女性のみで構成され、全員で二三名になるそうだ。
俺はなるべく煩悩を捨て去ろうと、彼女たちには近づかないように心掛けた。
しかし出航してそれも儚い夢だと思い知らされた。なぜかこの船の中では俺はモテモテだったのだ。
――――男が俺だけだからか? それともここじゃ俺の顔がイケメンになってるのか!
カダツ村では、最後は避けられるまでになっていたというのに、このモテ
港を出港してから数日、やることもないため船内を当てもなく徘徊していると声を掛けられ、酷い時には後ろから抱きつかれるのだ。
フィアンセが五人いるとはいえ俺も男だ。間違いがないとは言い切れない。なぜなら獣人族は超積極的、そしてみんなそこそこカワイイ……
そして事件は静かに起こり静かに過ぎ去っていった。
事の顛末はこうだ。
※
出航から三日目、俺は獣人族の超積極的なアタックに興奮しながらも船内の倉庫に身を潜め隠れていた。
まずはその興奮を抑え、煩悩に抗った自分を褒めたい!
まあ、そんなことはどうでもいい。
この時、俺を探していたクルー数人が油断し、俺の存在に気付かないまま喋り始めたのだ。
「あのゼオリスって人、全然靡かないな」
「でも、何だかだらしない顔してるし絶対落せるって!」
「ダーメ! あの人を落すのは私なんだから」
だらしない顔って……落とす気みたいだけど、好意をまったく感じない!
更に聞き耳を立て、一言一句聞き漏らさないよう集中する。
「でもさ、リューイ様と一緒にいるって絶対普通の人じゃないぜ」
「そうそう! リューイ様にタメ口利いてるの見ちゃったもん!」
「それなら尚更落さないわけにはいかないわね」
物陰から顔を出し、彼女たちの様子を窺うことができた。確認できたのは三人。一人は初日から抱きつてきて猛烈アタックをかましてきた子だ……
「ありゃあ絶対どこかの王族だぜ」
「早く結婚して楽がしたいよ!」
「顔なんていくらでも我慢してあげる。やっぱりお金よお金!」
……嫌な現実を知ってしまった。
知りたくなかったぜ。怪しいとは思っていたが普通にモテていると思いたかった。心の底ではこんなことになるんじゃないかという予感はしてたよ。
よしっ! これからはクルーは全員頭のいいホブゴブリンか何かだと思って接しよう!
こうして俺の異常なモテ期は静かに去っていった。そしてまた一つ女性というものが恐ろしいということを再認識させられたのだ!
※
「あら、ゼオリスさんどうかなさいましたの?」
食堂室でここ数日の出来事を頭の中で整理していると、不意にリューイから声を掛けられた。
その双眸は俺の心を精察するように、鋭くヒンヤリしたものだ。お世辞にも友好的などとは言い難く、熱いものは感じられない。
「数日、女性に追いかけられているようですし、羽を伸ばしていらっしゃるのかしら」
リューイは右手に持った錫杖はそのままで俺の向かい側の席に腰を下ろす。
「それとも、まさか六人目を物色中などということはありませんわよね?」
「そんなわけないだろ。テンションダダ下がり中だ」
俺はこの船であったモテ期、煩悩の封じ込め、クルーの思惑、すべてをリューイに話した。べつにリューイに話すことに対して何も思うところはない。評価が上がろうが下がろうがどうでもいいからだ。
「それは面白いことになってますのね。まあわたくしとこうして話せる者もそうはいませんし、クルーの言っていることも
そう言って俺から視線を外し、この食堂室の入り口へと視線を向けなおすリューイ。そこにはこちらの様子を窺う何人かの気配が感じられる。
「わたくしはてっきりどんな理由があろうと、ゼオリスさんならタイプの女性をモノにするのかと思ってましたわ。ここのクルーにはわたくしから見ても器量の良い娘が何人かいますし、絶好のチャンスなのではありませんの?」
「一度確認しておきたいんだけど、リューイの中で俺はどういった人物なんだ? ヴェルラヤたちとも話して少しは理解してくれたのかと思ってたんだけどさ」
「そうですわね……要注意人物ですわ。隙あらばハーレムを形成していくような人物。そういう風に捉えてますわ」
こちらを小馬鹿にするような挑発的な視線を向けられる。
その見立て、間違いではないぞ!
「当たらずと
俺の言葉を聞き終えると、リューイは嘲笑うかのようにその爆乳を揺らす。
「でしたら、あなたの好みではない女性があなたに惚れた場合、どうなさるのかしら? とても甲斐性があるようには見えませんわね。今の発言は惚れても自分からはアタックしない軟弱者と言ってるのに等しいですから」
どうして俺に喧嘩を売るようなマネをしてくるんだろうか?
俺としては今回の問題が無事解決できればそれでいいんだけど……
「リューイは一夫一妻じゃなければダメみたいなことを言う時もあれば、今みたいなことを言うしどちらがいいと思ってるんだ?」
「当然一夫一妻ですわ。一夫多妻をやろうとしているゼオリスさんの考えがわからないだけですわ」
こっちも好きでやってるわけじゃないし……半分は成り行きでやってるんだよ! もう半分は本気になってきたけどな!
「さっきの話の続きだけど、もしリューイが俺に惚れたら幸せにしてやるくらいの甲斐性はあるぞ」
どうだ! 返答に困るであろうピンポイントを責めてやったぞ。少しは恥じらいの顔でも見せてみろ。
「そういうのは冗談でもやめていただきたいですわ。虫唾が走りますの!」
錫杖を持つ手に力が入り、逆の手で体を抱きしめ震えるリューイ。
ここまで本気で拒絶されると、逆に清清しいものがあるな!
そういう
この日を境にクルーからのアタックは鳴りを潜め、俺の周囲は今までが嘘だったかのように静かになった。この日常こそ俺の求めていたものだ…………白状します、ウソです。ものスゴく物足りません!
島に着くまでの間、リューイはそんな俺を冷ややかな目で見つめていた。
港を出てから九日、水平線に大きな島が姿を現した。近づくと緑に覆われた島に小さな港町が目に留まる。
「もうすぐ着きますよぉ! 着いたらリューイ様とゼオリスさんを降ろしたら速やかに引き返すのでよろしくです!」
クルーの一人が大きな声で皆に伝える。
リューイに目をやるとまったく驚くこともなく、平然としている。
これはリューイが指示したのかもしれない。本気で帰る時は俺に任せるつもりなんだな。一言も相談されなかったよ。
バルド・ロンド号がゆっくりとその船体を接岸する。だが船から見える港町に人気がない。どこを見ても人っ子一人見当たらないのだ。
「この町はこれが普通なのか?」
「ここへ魔族が移り住んで数百年が経ち交流は殆どなかったのですけれど、それでもこれはおかしいのですわ。少し警戒する必要があるようですわね」
俺とリューイの二人だけが下船すると、リューイはさっさとバルド・ロンド号に港を出るように促す。
船が去った後の港はガランとしていて、リューイと二人だけの空気が微妙なものになる。
「本当におかしいですわ。どうして誰もいないのでしょう……」
「いないなら探すしかないだろう。それにしても薄気味悪いな」
俺たちは現状の誰もいない町が理解できず、二人で町を散策することにした。
普通なら賑わっているはずの魚市場を見つけるも、店は開いていても店番は誰もいなく、そのまま放置された商品は酷い有り様だ。
魚は腐り果てて酷い悪臭を放ち、ハエが大量に群がり蛆が元気のいい姿を見せている。
他の店を見つけてもそんな状態のものばかりで、とにかく誰もいない。
波の音しかしない町。それ以外は風が吹き抜ける音くらいしか何も聞こえない。それが今のこの町を表すのに最適なものだ。
「困りましたわ――――こうまで誰もいないと、ここがどういう状態なのかもわかりませんし」
頬に手を当て長い嘆息を漏らすリューイ。
「いや、かなり弱弱しいが
町の北端に位置する小さい家が密集する地域から僅かな魔力の反応を感じる。
あまりに弱弱しく、今にも消えてしまいそうな魔力だ。
「早く向かったほうがよさそうだ」
俺たちはその小さな魔力に警戒心を持ちつつ急いで向かった。
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