第93話 パティとデートですよ!
昨日に続き今日もデートということになっている。
今日の相手はパティだ。
パティはジルスではなく、このカダツ村でデートがしたいらしい。少しでも俺の故郷のことが知りたいんだと。なんて健気なのだろうか!
残念ながらこのカダツ村、俺の故郷のこの字も残ってない気がするんだけど言い出せなかった……
今日のデートに合わせ、他の四人は外出禁止ということにしている。町中であったら気を遣うからな。のびのびデートをするための策だ。
以前コークを呼び出した噴水広場でパティを待っていると、周辺がざわつき始める。
案の定ざわつき始めたところには我がフィアンセ、紺のワンピースに薄めの金髪が靡くエルフが注目の的になっていた。そのまま小走りで俺の前までやってくると、軽く裾を持ち上げ気恥ずかしそうに自分の服を眺めだした。
「久しぶりのスカートは……やはり恥ずかしいな」
「だがそれがいい!」
「?」
パティは理解しなくていいんだよ。その程度で恥ずかしがるパティがいいんだよ。慣れてもらっては困るのだ。
周りの奴らはパティに目が奪われているようだ。カダツ村にはエルフはパティだけだし、やっぱりこのエルフ特有の美女ってのは格別だ。
「確か今日のデートは買い物だっけ?」
「ああ、ここは腕のいい職人が集まってるみたいで、かなりカワイイ服があるのだ」
可愛いものの話になると赤くなるパティ。キリリとした受け答えにこのギャップ。いつものビシッとキメた格好ではなく、偶に着る爽やかな花のようなワンピースとのギャップ。パティはギャップ萌えがタマラナイ。
「体調が良くないのか? 顔が赤いぞ?」
「パティはそういう格好が似合うなぁと思ってね――――じゃあ行こうか」
俺はパティの手を取り歩き始める。
たとえ童貞でも五人とキスをして尻も触ってると、こういうことくらいは朝飯前だ。
俺が手を引っ張っていると赤くなった長耳がピクピクと揺れている。周りの視線も殺伐としたものではなく、何か温かいものを感じる。ジルスなら殺気が充満しているはずだ。
やってきたのは村の西側に作られた職人街だ。
腕に自信のある職人が、数は少ないが一点ものを並べている。その分少々値は張るのだが。
商人のように大量に仕入れて捌かない分高い。だが間に業者を挟んでないからそれでも安めではある。
パティが気になる服を手に取り、店主と雑談を始める。それを俺が後ろで聞くことになるわけだが、これが見ていて面白い。
店主が女性なら商品のデザインのここがいい、ここの縫製が綺麗だと言えば話が弾み、自分の作品をそこまで認めてくれるのならと少し値引いてくれるのだ。店主が男性なら褒めるのは当然として、店主が勝手にパティに惚れこみ値引いてくれる。自分の作品はやっぱり美少女に着てもらいたいのだろう。鼻の下も伸びてはいたが。
パティ本人はまったくそういう意図ではないのだが、結果的にパティが買った店はすべて割り引いてくれるという結果になっていた。
俺も何着かプレゼントしたんだけどな、その時は男の店だったせいか全く割り引いてくれなかったぜ!
隣を歩くパティは手荷物でいっぱいだ。俺も持ってるわけだが、ここまで買うとは予想外だ……
「すまない……少しハメを外してしまった」
「いいんじゃないか? 普段買わないんだから買える時に買わなくちゃな」
「もう買う予定はないのだが……もう一軒行きたいところが……行ってもいいだろうか?」
デートをし始めたのは昼過ぎ、買い物自体も数時間だけだし、夕方近いといってもまだまだ時間には余裕がある。
何よりデートなんだし、パティが行きたいところに行くのは当然だろう!
「どこへでも付き合うぞ。世界の反対側でも連れてってやるぞ」
「あ、いや、すぐ近くなのだが……」
パティが歩き出し後ろを付いて行くと、徐々に教会が近づいてくる。教会と言っても信仰されているものは民族で違う。カダツ村の教会は特定のものを信仰しているわけではなく、民族に関わらず使えるように聖典、聖像を都度変えて祈りを捧げているようだ。手抜きと言われれば否定はできないだろう。その分効率はいいぞ。
だが、パティが向かった目的地はこの教会ではなく、その隣に建てられた衣装屋だった。
外から中を見ると、さっき行った職人街のような服ではなく、同じ一点ものでもこちらは豪華なドレスしか置かれていない。
「ここでいいのか? 普段着ることのない衣装ばかりだな」
「それはそうだ――――――――この表に並んでいるのは、主に獣人族と亜人族でよく着られているウェディングドレスだから――――あれなんてカワイイと思わないか!」
既にガラスに顔を押しつけ鼻息が荒くなっているパティ。
恥ずかしいからもう入ろう……
中に入り荷物を店の者に渡す。持って帰るのも面倒だし、金を渡して運び屋に任せることにした。
パティはその間ドレス選びに夢中だ。何着か手に取り、試着のために店の奥へと兎族の女性に連れて行かれてしまった。一人残されたそんな俺に、運び屋の手配をお願いした女性が話しかけてきた。
「ご結婚なされるんですか? 綺麗なエルフの方ですね」
「ええ、まだいつかは決まってませんけど」
「あんな美人さん捕まえてお幸せですね! 他の方に手を出しちゃいけませんよ」
「……………………そんなの当然でしょう……ははははっ」
悪いことをしてるわけじゃないのに、どうして良心の呵責を感じるんだ。
ここで全部話してすっきりしたい! たぶん引かれるな! でも全員幸せにしてやるぞ!
無難に話を合わせるのがこんなに苦痛だなんて!
そんな俺の前に、純白のウェディングドレスを着たパティが現れる。どことなく口縁の儀の衣装に近いものを感じる。
「どどうだろうか!! 私には似合わないかな……」
パティが着ているのは人族が着るタイプのドレスでも、亜人族よりのデザインになっているようで、アシンメトリーな部分が少し取り入れられている。
ウエストが締まり、胸元から肩先まで大きく開いたそれは、パティのために作ったんじゃないかというほどよく似合い、サイズも完璧だ。
「凄く綺麗だぞ――――すみません、あれください」
「!! か、買うのか? 安くはないと思うんだけど……」
「次来てなかったら困るだろ?」
「ここは基本貸衣装屋だからな、なくなることはないと思う」
そうなのかと先ほどの女性を見ると首肯して答えている。
でもなぁ万が一ってこともあるし、それに……
「これって今まで誰か着たことありますか?」
「いえ、それは新作で昨日入荷したばかりですので」
俺の質問に流暢に受け答えしてくれる。
ということは、今は新品、次に来る時はあっても使用済みってことも考えられるわけだ。
「じゃあやっぱりください」
「!!!! いいのか!? ありがとうゼオリス!」
その時、店の奥からパティの担当だった兎族の女性が、俺に一組の上下を持ってきた。
「ご主人さまのお召し物もございますぴょん、ご試着なされますぴょん?」
「そうだ! ゼオリスも着て見せてくれないか!?」
なかなかなタイミングで持ってくるんだね。
パティも乗り気だということで俺も着替えることに。
黒が基調となっている人族が着る正装一式だ。
「着替えをなさったなら、隣の教会は今日締め切っておりますので、なんならそこをご利用なさってもかまいませんよ」
笑顔で教会を使ってもいいと言い出す女性。
女性の甘い誘惑の蜘蛛の糸にパティはもう雁字搦めになっている。
その間に俺も急いで着込み、鏡の前で前を向き後ろを向き確認する。
「完璧ですぴょん!」
馬子にも衣装とはこのことか。普段の俺より二割増しほどイケメンになった気になる。
着替え終えると俺だけ先に教会に行くことに。
教会内部へは隣ということもあり扉一枚で繋がっており、俺は薄暗い中、中央祭壇でパティを待つことになった。
教会内部は中央祭壇奥が巨大なステンドグラスで、天井が全面ガラス張りの爽快感が凄い造りとなっている。そこから見える空は薄闇が支配しだし、星がいくつも顔を覗かせ始めている。
ベンチタイプの椅子が並び、各列に設置された小さな魔灯に明かりが灯り、幻想的な空間ができあがる。
すると教会正面の入り口の扉が開き、ベールを被ったパティが現れた。扉が閉まり、この空間にいるのは俺とパティだけになる。
ゆっくりと足を進め俺の元へと歩み寄るパティ。魔灯と星の淡い光に照らされた姿はどこまでも純麗で清廉で息を飲んでしまう。清らかな風を従い辺りを清浄していくようだ。
「私は……皆に怒られないだろうか」
「どうしてだ?」
「二人で先にこんな真似事をして……」
どうやらパティは式の真似事が後ろめたいらしい。
言われてみれば、まあフライング行為でもあるしな。
「じゃあ二人だけの秘密にしようか」
俺の言葉が意外だったのか、俯き気味だったパティが目を見開いて俺を見つめてきた。
「ゼオリスは悪いことを考えるのだな」
「ダメかな?」
「――――そんなことはない。二人だけの秘密か、ふふふ」
パティのベールを上げ、ピンクに染まった白い肌、潤んだ双眸が脳裏に刻み込まれていく。
本当の式を挙げているのかと一瞬思ってしまった。
「ゼオリス緊張しているのか?」
「――――少しだけな」
生唾が喉を通り過ぎてゆく。パティに聞こえたりしてないかな……
気合を入れてパティの両肩にそっと手を乗せる。
「――――俺はパティが好きだ。マジメなところや、優しいところ、可愛いもの好きですぐに赤くなるところも。もちろん美人なところも。つまるところ、全部好きだ。だからこの場ではっきり言う。家のことは関係なしに俺と結婚してほしい」
これは本心だ。水禍の対決の時の宣言が嘘かと言えばそうではないが、今は自然と湧き起こる感情や伝えたいことが口から出てくるという感じだ。あとはパティの気持ちがどうなのかが気になる。
「私は最初、結婚そのものに憧れがあった。それがゼオリスになって嫌な思いはなかったが、正直わからない部分もあった。ヴェルラヤを命を懸けて助け、ナーシャの気持ちに応え、リーゼも助けて帰ってきたのを見て完全に惹かれている自分に気付いた。それと同時に少し不安が募った」
パティは一切視線を離さず、俺の心にその言葉を直接投げかけてくる。
俺もしっかり受け止めるつもりではいるが、如何せん、婚約が強制だった分不安も大きい。
「私は水禍の対決で宣言は聞いたが、あれは所詮その場の成り行きで言ったに過ぎないだろう? そういう意味でゼオリスの本当の気持ちが知りたかった。だから今聞いた言葉は嬉しい。嬉しい以外に言葉が見つからない」
そう言うと、一旦視線を下に向けるパティ。
両肩に置いた手から、パティが若干震えているのが伝わってきた。
「ヴェルラヤのように命を懸けてもらいたいと思った。ナーシャを見て羨ましく思った。リーゼを見て私も守ってほしいと思った。今では独占したい、そんな浅ましい考えさえ浮かぶほどに、私はゼオリスのことが好きになってしまった。だからもっと私のことを見てほしい、好きになってほしいんだ」
これ以上ない告白だった。顔を上げたパティからは普段では想像できない、こちらが溶けてしまいそうな熱い視線を向けられる。
「…………こんなワガママな女はダメ……かな?」
「パティからそんな告白を受けて嬉しくない男なんていないだろ。俺は凄く嬉しいよ」
頭上に数多の星が輝きを増す中、誰もいないその神秘的な雰囲気に満たされた教会で、俺たちは二度目のキスを交わした。
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