第7話 事件ですよ
授業のほうは奴隷術の手順や奴隷の相場について、教育手段など多岐に渡ったものを勉強している。
「ゼオリス、君はいつも昼からどこかに行っているみたいだな」
「俺もオークションに参加しようと思ってね。ちょっとした金策だよ」
パティはいつも昼からいなくなる俺を不思議に思ってたようだ。
そりゃあ昼飯に誘われても一切断ってすぐギルドに向かってたからな。
だけどそんな俺の答えを聞いてあまりいい顔はしてないように思う。
「ゼオリスがオークションに参加したい理由を聞いてもいいかな?」
「俺の故郷の村は人口が減ってきててな、将来きっと高齢化って問題が出てくる。だから村の発展と人口増の為に奴隷たちに村で働いてもらいつつ、五年を目処に自由の身になってもらう計画を立ててる。その一部でもそのまま住んでもらえるようになったらいいかなぁってさ」
ここで突然パチパチと手を叩くが響き渡った。その音のするほうにはニリス先生がこちらに向かって拍手をしていた。
「すごいねぇゼオリス君。今まで奴隷商人でそういう使い方をしている人は見たことがないよぉ。そんなお金にならないことはねぇ」
「私も聞いたことがないな。村の発展のために村民になってもらおうというのだろう? 私財を投げ打ってそんなことを考える者はそうそういない。もし本当に実行するならかなりの金額が必要になってくるけど、その金策というのは大丈夫なのか?」
ニルス先生とパティが揃ってこの計画の核になる部分に触れてきた。
今の計画なら数十人単位で奴隷を必要とするからな。そんな金一般人の俺にどうこうできるレベルじゃないのは馬鹿でもわかるだろう。
「大丈夫だって。今冒険者ギルドに登録して優秀な奴と組んでるから」
「ほほう、優秀な冒険者ねぇ」
「冒険者!? そんな危険なことをやっているのか?」
ニルス先生は顎に手をやりウンウンと何か納得してるが、それとは対象的にパティは怪訝な面持ちだ。
奴隷商人が冒険者ギルドで何するだって思われても仕方ない。実際そんな奴がいたら俺も正気かと疑うだろうし。
「ギルドから紹介された冒険者だから優秀だし危険じゃないよ。じゃあ俺そろそろ行くから!」
数日後にオークションがあるということもあって、最後の金策のため早々に話を切り上げ、俺はギルドへと走り出した。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドにやってくると、ギルド前にかなりの人だかりができていた。
その人だかりは大半が冒険者らしく、何やら大声で話し合っているようだ。
「聞いたかよ、北の海鮮亭て宿の裏でバラバラ死体が見つかったらしいぞ」
「あの安宿か! でもバラバラとは酷ええもんだな」
「それも俺たちと同じ冒険者って話だ。俺は直接見てねえし又聞きだから詳しく知らねえんだけどよ」
「僕が聞いたのはまだ若い女って情報だけですね」
どうやら冒険者の女が殺されたみたいだ。おっかないな。
メリナにも注意するように言っておこう。
「金か体か、はたまた他の理由で殺されたのか……」
「冒険者が狙われてる可能性もあるからな、注意しとくのに越したことはねえな」
いつまでも話の絶えない、噂好き冒険者集団の後ろを通ってギルド内に入ると、エレーナさんに声を掛けられた。
「ゼオリスさん、ちょっと奥に来ていただけます?」
その表情は固い。有無を言わさない雰囲気を漂わせ、俺を奥の個室へと連れていく。
部屋にいたのは前回と同じギルドマスターのブレイザ、その横には見覚えのない若い男性だ。
「初めまして、僕は副ギルドマスターのユベンタと申します」
ユベンタは立ち上がると握手をしてきた。
見た目は頼りなさそうなのに、芯は逆に熱そうなそんな男だ。
ブレイザとユベンタに座るように促され、二人の前のソファへと腰を下ろす。エレーナさんは今回同席しないようだ。
「いきなりこんなとこに連れてきてすまねえな。こっちにも色々と事情があってよ」
「早速ですが、昨晩はどちらのほうにおられましたか?」
ブレイザはやれやれといった具合でソファにもたれかかる。両手を両脇へと伸ばし一言で表すと横柄な態度だ。それとは逆にユベンタは前のめりになり俺の一挙手一投足に注目している。
「いきなり何ですか? 昨晩ならここの依頼を完了してからすぐ学寮に戻ってましたけど」
「それ以降外出はしてないのですか? それを証明できますか?」
「だから何なんです? 俺が何かしたって言いたいんですか?」
完全に俺に何か不審を抱いてる目だ。この副ギルドマスターのユベンタという男は何か俺に恨みでもあるのか? 濡れ衣でも着せようかという勢いだ。
昨晩は寮長とかなり遅くまで話をしてたからその旨を伝える。寮長なら信用もあるから大丈夫だろう。
「だから言っただろう。こいつはシロだってな。お前はいつも突っ走りすぎだっつうの」
「ですが、彼女と共に行動し、噂によると大金を彼女に渡していたと」
「そりゃあ一緒に行動してんだから報酬も分けるだろ」
「その分け前がおしいと思ったとしたらどうでしょうか? 本当か嘘かはわかりませんが、緊急依頼も含めここ数日の依頼も全て、彼一人でこなしていたというではありませんか。それならば報酬を独占したくなるのもわかります」
俺がメリナに何かしたような言い草だな。メリナには同ランクから見たら大金とも言える金を渡してあるが、それでも俺と彼女の分け前は俺が八割でメリナが二割ってとこだ。これでもかなり俺に有利な比率なんだけどなぁ。たった二割のためにメリナに何かするとかありえないだろうに。
「メリナから金を奪ったとかそういう嫌疑でもかけられてるんですかね?」
「……お前まだ知らねえのか?」
ブレイザは呆れた目で俺を見たあと、天井へと顔を向けデカイ口を開けて大笑いしはじめた。
「がっはっはははは、聞いたかよユベンタ。こいつまだ知らねえらしいぞ」
「わかりませんよ。知らないふりをしているだけかもしれませんし」
いい加減腹が立ってくる。
この間も刻々と時間だけが過ぎているんだ。時間を無駄にしたくないのに、こんな訳のわからない尋問を受けさせられる謂われはない。
「俺はこのあともメリナと約束がある。これ以上何か聞きたいなら彼女も呼んでさっさと終わらせてくれ」
部屋中に微妙な空気が漂う。ユベンタもさっきまで大笑いしていたブレイザも口を結び眉間に皺を寄せ、真剣な表情に切り替わる。
「メリナという冒険者なら昨晩殺されましたよ。発見された時はそれはもう悲惨なものでした。持ち物からは金品が奪われ、死体が誰なのかすらわかりませんでしたから」
全身から血の気が引いていくのがわかる。顔、手、足と温度が、感覚が薄れていく。
は?
昨日まで普通に依頼をこなして、今日も一緒に依頼を受ける約束をしてたんだぞ?
「……その様子じゃ本当に知らなかったようですね」
「おいおい大丈夫かよ、落ち着けって。そんな青い顔してたら俺らが何かしたみたいじゃねえか」
ギルド前に集まってた連中が言ってたことはメリナのことだったのかよ。
昨晩殺されたのならもしかするとあの魔術が使えるかもしれない!
絶対犯人を許すことはできない! 見つけてその罪を償わせてやる!
「昨晩殺されたっていうのは、だいたい何時頃なんですか? それと表で冒険者が噂していた海鮮亭の裏っていうのが殺害場所で間違いないですか?」
「日付が変わる頃に発見され、遺体の状況から時間はあなたと別れて暫くしてからでしょう。場所は海鮮亭で間違いないと思います。血液量から見ても他で殺して持ってきたとは考えづらい」
てことは時間的にもあまり余裕はなさそうだ。あの魔術は殺されてから一日以内でしか効果が現れない。
善は急げと席を立つと慌てた様子でブレイザが俺の腕を掴んできた。
「ちょっと待てって、まだ話は終わってねえぞ。お前にはアリバイがあるし、さっきの様子からも犯人じゃねえってのはわかるが、それでもお前はこの事件に関係あるかもしれねえんだ。はいそうですかって自由にさせるわけにはいかねえぞ」
「そうですね。彼が犯人と関係ないとしても、彼自身が狙われる可能性は大いにあります。Fランクの彼が初日に大金を得ているのは周知の事実ですからね。犯人が金品目当てならば狙われる可能性は最も高いと思われます」
「俺を襲ってきたら返り討ちにしてあげますよ」
「Fランク冒険者の言葉とは思えませんね。フフッ」
俺を馬鹿にするようにユベンタは口元に手を当てクスクスと笑い始めた。
若干イラッとくるが、得てしてそう思われても仕方ないランクだし我慢する。
「すみません。馬鹿にしてるわけじゃないんですよ。実力はギルド長も認めてるようですし。ただあまりにランクと先ほどの発言が釣り合ってなかったものですから」
軽く咳払いをし、襟元を正すユベンタ。ブレイザもまたソファに座り、とりあえず座って話を聞けと無言の圧力を俺に向けてくる。
だが俺は座ることもなく二人を見下ろし、一瞥をくれるとそのまま部屋をあとにした。
◆ ◆ ◆
「あ~あ、行っちまったな。ユベンタお前はどうみるよ?」
「どうと言われましても。彼が犯人じゃないとわかれば、あとは彼の自由ですからね。ギルドで注意はできても拘束する権利はありませんし、そもそも助ける義務もありませんから。こちらとしては泳いでもらったほうが得策でしょう」
「冷てえ奴だなお前は。でもまあ数日あいつを見てたが、悪い奴じゃあない。実力も結果だけなら相当なもんだ。実際どうなのかはこの目で見てないからはっきりとは断言できねえけどな」
「では何をそんなに気にしているのです?」
ブレイザは少し間を置き、深く息を吐いた。それは諦念にも似た、もどかしい自分の立場を理解してのものだった。
「あいつが襲われた場合
「実力差のある過剰防衛は認められていませんからね。場合によっては次は彼が犯罪者となるかもしれません――――それはそれとして、取りあえずお茶にしませんか?」
「ああ、苦いやつ頼むわ」
このあとギルドはゼオリスに尾行者をつけるも何度も撒かれ、結果ゼオリスを泳がせ犯人を捕まえるという目論見は霧散することとなる。
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