サンタクロースは煙突から入りたい

名波 路加

 

 サンタクロースがどんな人なのか、真剣に考えたことなんてない。だって、そんなことを考えなくても、クリスマスの朝にはちゃんと枕元にプレゼントが置いてあったから。そのプレゼントをどんな人が置いてくれるのか、実際のところはどうでもよかった。私はただ、プレゼントが欲しかっただけ。そしてきっと、そこに添えられる愛が欲しかっただけ。


 だからプレゼントを置いてくれるのは、別にサンタクロースじゃなくてもいい。「サンタクロースはいない」とネタバレしたあの子の話を、当時どれだけの子が信じただろうか。私はどうでもよかったから、「あぁ、そうだったんだ」と納得してたと思う。でもその記憶は最近になって、だいぶ違ったのだと教えられた。






純佳すみか、疲れたでしょう。家事なんかしなくていいから、しばらくゆっくり休みなさい」


 私の母は厳しい。だからこうやって私を甘やかしてくれることには、強烈な違和感があった。

 私は大学を卒業して、就職のために上京した。働いてみて分かったのだけど、私は何にもできない人間だった。人並みの努力はしていたつもりだったけど、それは本当に「つもり」だったみたいで、実際は怠けていたのかもしれない。それくらい、周りの人との能力差が大きかった。能力もなく努力もできない私はいつの間にか会社を辞め、東京の高い家賃を払えなくなって逃げ帰ってきた。

 会社を辞めた理由は、予定されていた役員会議が突然中止になり、一人で徹夜して準備した資料が無駄になったこと。次の会議まではかなり期間が空くから、その資料は破棄してくれと言われて、それでプツンと何かが切れて、辞めてしまった。

 酷い理由だと思う。頑張って作った資料が無駄になったから、不貞腐れて辞める。まるで子供だ。母は昔から厳しいから、こんなことで私が帰ってきたらきっと怒るだろうと思っていたのに。なのにどうして、こんなに優しくしてくれるんだろう。


「お母さん、あなたの育て方を間違えたかなぁ」


 あ、やっぱりそう思ってたんだ。そりゃそうか。ごめんねお母さん。出来損ないの娘で。


「甘やかし過ぎると努力ができなくなると思ったから厳しく育てたつもりだったけど、ちょっとやりすぎたかも。純佳は努力できる子になったけど、息抜きができない子になっちゃったのね」


 息抜きならしてるじゃない。今ここで。逃げて帰ってきたんだから。


「純佳、お母さんがサンタクロースの話をしたの、覚えてる?純佳が学校から泣いて帰ってきた日。小学校ニ年生くらいだったかな」


 記憶にない。泣き虫だったから、そんな日は多過ぎて。


「純佳さぁ、同じクラスの男の子から“サンタクロースはいない”って聞いて、すごくショックを受けていたんだよ」


「え、うそ。私はそれ、なんとなく覚えてるけど、冷静に受け止めていたような記憶があるよ」


「私が煙突の話をしたからじゃない?」


──煙突?


「純佳にサンタクロースはいないのかって言われたとき、私は正直に“いない”って言ったのよ。だって、純佳が寝てから夜中にコソコソとプレゼントを置くのも大変だからね。私とお父さんがクリスマスイヴの夜に堂々と部屋に入れるように、純佳にはネタバラシしたんだよ」


 全然覚えていない。人間の記憶は本当に曖昧だ。


「それでも純佳が納得しないから、”サンタクロースは煙突がない家には来ない”って言ったの」


 煙突のある家の方が珍しい。皆の家には煙突がないから、サンタクロースは来ない。昔は来てたかもしれないけれど、もう来ない。だから代わりにお父さんとお母さんがプレゼントを置いてくれる。それでいいじゃない、と。


「そんなふうに納得してたのね。私は単純だね」


「その話をしても、純佳はしばらく泣いてたんだよ。だから私はその後、サンタクロースはおじいちゃんだったから疲れちゃって、それでサンタクロースをやめちゃったんだって言ったんだよ」


 思わず笑ってしまった。今聞くと、かなり適当に話をつなげている。煙突がないからとか、疲れちゃったからとか。サンタクロースはどうしても、サンタクロースをやめたかったらしい。


「まぁこの話は、あのときその場しのぎで作っただけだけどね。でも、もしも本当にサンタクロースがいたとしても、ある日突然サンタクロースをやめちゃうことだって、あるんじゃない?」


「煙突がないせいで?」


 母は笑って、それでも目は私をちゃんと見て頷いた。


「きっかけなんて、些細なものよ。サンタクロースは、煙突のせいにしてしまうくらいに疲れていただけなんだから」


 母は私の手をそっと握った。


「純佳が働いていた場所には、きっと煙突がなかったんだね」


 一人で作った役員会議資料を、馬鹿みたいに延々とシュレッダーにかけていた私。煙突がないからやめてしまったサンタクロースと、どっちが間抜けなのかな。

 その日は、自分でもビックリするくらいに声を出して泣いた。沢山泣いたら疲れてしまって、夕方まで寝てしまった。

 




 そろそろご飯の支度を手伝おうと台所へ向かうと、いつもならそこで忙しなく晩ごはんを作っているはずの母が、リビングのソファで寛いでいた。


「ごめんね、純佳。クリスマスイヴだからかな。今日はなんだか、“お母さん”が面倒になっちゃって。どこか素敵なお店で、美味しいもの食べに行かない?」


 私達は子供みたいにはしゃいで、イルミネーションが輝くクリスマスイヴの街へ出かけた。

 欲しいものは、自分達で探しに行かなきゃ。煙突がない私達の家に、疲れちゃったサンタクロースが来なくていいようにね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンタクロースは煙突から入りたい 名波 路加 @mochin7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ