第804話 進軍進軍進軍
全軍で移動を開始してすぐに竜たちはあっという間に見えなくなってしまった。
障害物のない空を馬よりもはるかに速い速度で飛べるのだから当然か。
圧倒的な存在感を放っていただけに、さっきまで本当にいたのかとすら思ってしまう。
灰の国の進軍速度も速い。
ほぼ全軍がアンデッドや魔物化しているためだろう。
乗っている馬ですらそうなのだ。
彼らのペースに合わせていたらこっちの馬や兵がバテてしまう。
置いていかれるように、やがて灰の国の軍隊も見えなくなってしまった。
遅れて参戦する形になりそうだ。
「いやはや、あれが敵じゃなくてよかったねぇ。アンデッド化すれば無限に走る馬かぁ」
ラミザさんが感心するように言った。彼女からすれば興味深い以上の意味はないんだろうな。
あるいは口に出さないだけで一匹くらい欲しいと思ってそうだ。
「危険ですから彼らには近づかないでくださいよ」
「分かってるって。私も冒険者の端くれだったから、灰の国の魔物がどういう存在かは身に染みてるよ。ああでもいいなぁ。一匹くらい融通してくれないかなぁ」
訂正。口に出すほど欲しいようだ。
貰ってもアンデッド化してるんだから都市にも入れられないし、どうするつもりなんだろう。
下手に口を出すとなんとかしてと言われそうなので口を閉じる。
この人との付き合いもそれなりに長いので人となりは大体わかるからだ。
王国の主要な人物は現在馬車の荷台に全員乗り込んでいる。
王族相手でもおもてなしができるように色々積み込んでいてよかった。
ユーペ王姉を乗せた経験が活きたと思う。
マニは全体の指揮があるので別行動しているくらいか。
普通の馬車なら半分も乗れなかっただろうから、これをくれたケルベス皇帝には感謝しないと。
もし買ったらいくらするんだろうか。
空間拡張の魔法が刻み込まれており、夏は涼しく冬は暖かい快適な状態を保つというおまけつき。
そもそも金を出して買えるかも怪しいな。
「太陽神連合国ってどういうところなの? 王国とは一応隣り合っているのは知ってるけどまともな情報がないのよね。外交官を受け入れてないし、王族として招かれた記憶もないもの」
「そういえば昔から聖職者は送ってきても国としての外交はあまりなかったような気がする」
ユーペ王姉は色々な国に顔が効く。
生来の美しさに加えて磨き抜かれたセンス。
相手の懐に潜り込む上手さと、いつまでも話していたいと思わせるトーク術など。
……まあ、一言でいえば楽しく話せる奇麗な女性に男は弱い。
外国の来賓を招いた時など、ティアニス女王よりもユーペ王姉の方が人気があったほどだ。
その彼女でも、太陽神連合国のことはほとんど知らない。
ティアニス女王も同じらしい。
そんな状態でも疑問に思わなかったのは、それだけ太陽神教の外交が効果的だったのだろう。
こうなる前の太陽神教は聖職者を各国に送り、教会を建てて布教しながら地域貢献を勝手にやってくれるありがたい存在として有名だった。
炊き出しやほぼ無料での治療、地域の相談役など。
今思えば地域に根を張り、情報を集めるのにそれが一番効率的だったのだと分かるが。
後は誘拐する際にいなくなっても困らない人間の調査か。
そして向こうから人と親切の押し売りはしてきても、こっちから人を送ることに関しては頑なに拒否してた。
今思えば呑気なものだが、それだけ便利な存在でもあったのだろう。
物の行き来はあったので、交易や行商人なら多少は知っているはずだが今ここにはいない。
俺も太陽神連合国には行ったことがないんだよな。
あっちからの品物の輸入は契約している商人に任せっきりにしていた。
それもやがて情勢の悪化と共に流通が滞るようになって仕入れ値が上がったり、物が手に入りにくくなったりと困った覚えがある。
「大陸で三番目に大きい国ですが、意外と神秘のヴェールに包まれてますね」
「元は国ともいえないほどの小さな国が数多く密集していた地域でしたが、太陽神教の最初の神殿が経ってからは太陽神教がそれらを飲み込むように吸収、合併していったと言われております」
ルーケが説明してくれる。
連合国、と名前が付いている由来だ。
「多くの小国ゆえに多種多様な文化があった地域ですが、今は太陽神教という大きな存在で染め上げられていると思っていいでしょう」
「……それってあのおかしな教義でしょ? 太陽神を信仰し崇めれば死後楽園へと導かれるってやつ。まさかその結果が燃やされても死なない化け物になるとは思わなかったでしょうけど」
「まあ宗教の建前はどれも似たようなものですが、実際に神という存在が大きかったのでしょう。ですが、普通の人は多少熱心に信仰していたとしてもああなることを許容するとは思えません。カルト化するにしても、人数が多すぎます」
「おかしな事件が起きるにしても、内に籠ってこじらせちゃうパターンがほとんどだもんね」
「絶対あの女が何かしたんじゃないの」
少し脱線気味になっているので、咳払いをして話を戻す。
「とにかく、太陽神教の本拠地はアーサルム軍でも踏み込めなかった場所です。太陽神教がその本性を出してきた以上は、何が起きてもおかしくない。心の準備だけはしておきましょう」
「神様、ねぇ。そんなの空想上の存在だとばかり思っていたのに」
「太陽神が消えれば、すくなくとも悪い神様はもういなくなると思いますよ」
「ならいいけど」
エルザの言葉は、やけに実感がこもっていた気がした。
太陽神教の本拠地に辿り着くまでの間にある砦や関所、都市は全て放棄されたままだった。
アーサルム軍が攻め落とした後に放棄され、撤退してから占拠することもできたはずだが、足止めすらするつもりはないようだ。
素通りできるのはありがたい。
「……ちょっと暑いわね」
ユーペ王姉がパタパタと服の胸元を掴んで扇ぐ。
荷台の中は快適に保たれているはずだが、それでも影響があるということは外の気温がよほど高くなったのか。
荷台から顔を出してみると、まるで真夏のような日光が降りそそいでいた。
南に移動したわけでもないのに、これでは南国……いや砂漠地帯だ。
外の異変を確認したエヴァリンが外の熱気から身を守るために魔法で結界を張ってくれる。
兵士たちには水分をよくとるように命じ、突き進む。
もうそろそろ本拠地というところで、騒がしい音が聞こえてきた。
騒がしいというよりも物騒と言った方がいいか。
「見て、あそこ」
ラミザさんが指さした方を見ると、雲よりも高い上空で天空の鯨と竜たちが激しく戦っていた。
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