第627話 病ではない何か
フィンのおかげで少しだけ気分が楽になった気がする。
呼吸するのが楽になった。
だが効果はそれだけだ。
「ちょっとした病なら今ので落ち着くんだけど。やっぱり普通じゃないわね」
「旦那様から少し嫌な気配を感じます。多分それが原因かと」
「嫌な気配ねぇ。私にはさっぱりだけど……後さっきのは他の連中には黙っときなさいよ」
「フィン様、さっきのとは一体?」
不思議そうに尋ねてくるオルレアンに、意識していたのは自分だけかとフィンはそっぽを向いた。
それから他の皆も帰ってきた。
食料や薬草を採りに行ってくれたようだ。
「よかった。目を覚ましたんですね」
「ああ、なんとか。フィンが用意してくれた薬草で楽にはなったんだが起き上がるのも苦しい。情けない限りだ」
「フィンさんは急いで集めてましたからね……それにそんなことありませんよ! ご主人様はボロボロになった私にも優しくしてくれたじゃないですか。今度はこっちの番です」
「とりあえず何か食べれますか? 体力をつけないと」
アズがいくつか果物を差し出してくるが食欲は一切湧かなかった。
水ならなんとか喉を通るのだが……そう言うとエルザがコップの上で握りつぶしてジュースにしてくれた。
それで二口ほど飲みこむことができた。
「そっちの人間は生きてたの。幸運ね」
「他人事みたいに言うんじゃないの。結局仕留めそこなったし」
「元が森の精霊だから火の魔法がよく効くと思ったのだけど、性質まで変わってて残念だったわ」
エヴァリンは淡々という。
あの魔法は確かにすさまじかった。
あれで仕留められないとなると、討伐は難しいかもしれない。
「発汗が異常ですねー……。熱冷ましの効果のある薬草も効果がないみたいです」
「どうにかして治せないの? 病人を抱えながらあれの相手は無理でしょ」
「あ、そうだ。これの出番じゃないですか?」
アズが取り出したのは世界樹の実だ。
運良く手に入れて以来、使うタイミングもなく道具袋の中で死蔵していた。
これを使って治療できるのなら使ってもいいかもしれない。
「貴重な物ですけど、ご主人様の命には代えられません」
「世界樹の実。珍しいものを持ってるのね。でもそれじゃあ治療できないわ」
「なんでですか!?」
「世界樹の実を食べさせればすぐ全快するでしょう。でも毒素を取り除くわけじゃないからまたすぐに元通りよ。あくまで回復させる効能しかないから。その代わり死んでなければどうにかしてしまうほどなんだけど」
「そんなぁ……」
アズがしょんぼりしながら実を仕舞う。
「結界の状態は? いや、そもそもあの後どうなったんだ?」
尋ねるとアレクシアが答えてくれた。
「ご主人様が倒れた後、あの黒い液体が結界に衝突したわ。地震かと思うほど大地が揺れたけど結界はビクともしなかった。エルフが用意しただけあって流石だわ」
「当然よ」
「ただ、あのまま大人しくしてるとはとても思えない。強い敵意や憎悪を感じたから、何かしてくるでしょうね」
「精霊は基本的に温厚なイメージなんだがな。森の中でそうなるなんて一体何があったんだ……」
精霊は強大な力を持つが敵意はない。
それが今まで見てきた感想だ。
人間が何かした場合はその限りではないが、こんな森の奥地で誰かが何かをするとも思えない。
太陽神教が何かしたのでは、と疑ってもいたのだが今のところあいつらの痕跡は見つけられなかった。
「あの、旦那様の症状は病ではないかもしれません」
「どうしてそう思うの?」
オルレアンの言葉にエルザが反応する。
治療においては司祭であるエルザの方が知識も経験もあるはずだ。
だがそんなエルザとは違う見解があるらしい。
「エルザ様は大変実力のある司祭様です。そんなエルザ様が奇跡を使って毒や病を癒せないのは普通ではありません。未知の毒だったとしても効果はあるはずです」
「まあそうね。奇跡ってそういうものだと聞いたことがあるわ」
「フィン様の用意した薬草でもあまり効果はありませんでした。それなら、病の症状に似た別のものかもしれませんる例えば……呪いとか」
呪い。
一般的ではないものの、そういった力があるのは聞いたことがある。
アンデッドや呪術師が扱うものでイメージはかなり悪い。
「蚊に刺されたら病ではなく呪いにかかるっていうの?」
「有り得ますね。あれは蚊の魔物ですし、そもそも森の精霊が生み出したものなので普通ではありません。むしろ、呪いを打ち込むための端末と考えたらしっくりきます」
「えっと、呪いだった場合どうすれば?」
呪いの治療方法はよく知らない。
聖水を浴びればいいと聞いたことはある。
「聖水はもちろんあります。ちょっと試してみましょうか」
エルザは毛布を剥がすと、こっちの衣類を脱がし始めた。
恥ずかしい気持ちもあったが治療のためだ。
なすがままにする。
だが全員からじっと眺められるのは気になるな。
上半身裸になると、刺された場所を中心に青ざめていた。
まるで何かの模様のようだ。
傷口は削いだはずなのに……。
誰かの悲鳴が聞こえた気がする。
「じっとしててくださいね」
エルザが馬乗りになると、聖水の蓋を咥えて外し、中身をそっと刺された場所へ垂れ流す。
聖水に触れた瞬間、火傷するほど熱く感じて体が跳ねそうになるが、エルザが完全に抑え込んでくれた。
「凄い、少しですが青い痕が引きましたよ」
「うーん。効果はありますけど、ただの聖水だと弱いですね。このやり方だとご主人様がもちません」
聖水の当たった場所が真っ赤になっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます