第622話 災害指定
魔物……といっても実は色々だ。
人間にとって有益な魔物もいれば、ただ被害だけをもたらす魔物もいる。
例えばウォーターシープなんかは余すところなく利用価値があって重宝する。
そして強い魔物ほど人間に対しての敵意が高い傾向にある。
「災害指定級じゃない、これ」
アレクシアが呟くように言った。
災害指定。
放置すれば甚大な被害をもたらす魔物に対しての扱いの一つだ。
指定された魔物が現れた場合、都市の防衛隊が駆り出され冒険者も必ず協力しなければならない。
そういう規模の相手だとアレクシアは判断したようだ。
オルレアンは完全に怯えてしまい、裾を掴んで離さない。
鹿が殺される光景はそれほどショッキングなものだった。
「これがエヴァリンのいう魔物ですか? 蚊の魔物と言っていましたが」
「そうよ。ここまで増えているとは思わなかったけど」
「結界に封じ込めてあるんですよね?」
「そうよ。こういうタイプは一匹外に出れば勝手に増えるから」
なるほど。
初期対応としては完璧だ。
ただその後はほぼ放置されているのがよくない。
エヴァリンは炭鉱を封鎖すれば自然に消えると思っていたようだが、今の様子を見るととてもそうは思えない。
森を食い尽くしてひたすら増え続けている。
「ちなみにこの結界が破られることは?」
「私が張った結界だから大魔法を受けてもそう簡単には破れないわ。物理的に圧迫されたら分からないけど」
「物理的に圧迫って、あの蚊の魔物が結界を埋め尽くすまで増えるってこと? おぇ」
勘弁してよ、というフィンの顔に同意する。
これは……王国が国を挙げて対処するべき問題のように思える。
ただティアニス陛下やアナティア嬢たちは今のところ仕事で忙殺されてとてもそんな余裕はないだろう。
軍もまだ機能しているとは言い難い。
できればこの面子でなんとかしたいところだ。
炭鉱都市なので仕事もないから冒険者組合の支部もない。
「中を調査したことはありますか?」
「一度だけ。確認した時はふもとまでつながっている小川が発生原だったわ」
「だから炭坑が原因だと思ったんですね」
その小川を確認したいが、中に入ったら空を埋め尽くすあの蚊の魔物の集団が襲ってくるだろう。
「アレクシア、魔法でどうにかできないか?」
「火の魔法ならどうにかできなくはないと思うけど……山火事に気を付ける余裕はないわね。むしろ一帯を焼き尽くした方が早いわ」
「なるほど」
虫系の魔物には火がよく効く。
蚊の魔物がどれだけいてもアレクシアがいれば対処は可能そうだ。
結界の内部を改めてみる。
土は魔物の影響で毒に侵されて紫色に変色しており、腐っているのかドロッと溶けている。
木々もかろうじて自立しているが、傾いている木の方が多い。
動物たちは恐らく結界内はほぼ壊滅状態だろう。
結界のおかげでその影響は外には出ていないが、いくらエルフが膨大な魔力があるからといってずっと張り続けるわけにはいかない。
むしろ一度浄化した方がいいだろう。
「エヴァリンさん、結界内の魔物を一度火で退治しましょう。このままでは取り返しのつかないことになります」
「森を焼くの?」
「腐った部分は取り除かないと他も腐りますよ。こうなったらそうした方が後々も楽でしょうし」
「そう……なのかしら」
「そもそもこの森って誰の持ち主なんですか? 王国領です?」
エルザの言葉を少し考える。
勢力圏的には王国のものだ。
北の大森林より奥には国も存在していない。
だが支配しているかどうかといえば、実はそうでもない。
ろくに開拓も進んでおらず、出てくる魔物の脅威もあり放置状態だ。
所々に集落はあるものの、手つかずの状態である。
だからこそエヴァリンが住んでいたのだろう。
「誰のものでもないだろう。この区画は住んでいる人もいないから文句を言われることもない」
「だったら燃やしちゃいましょう」
「ねぇ、本当に燃やすの……?」
「他に手はありますか? あの魔物の恐ろしさは貴女にもよく分かってるでしょう? こんな封印までしたんですから」
エヴァリンは燃やすのに反対したそうだったが、蚊の魔物の脅威は理解していた。
魔物の自然消滅の可能性がなくなった今、火の魔法を使って対処するのが一番良いのは彼女にも分かるだろう。
「結界の広さはどれほどですか?」
「ぐるっと歩いて六時間ほどかしら」
「結構広いですね……。その広さをすぐに結界で封鎖したんですか」
「そうだけど?」
きょとんとした顔で言われた。
とんでもないことだ。
エルザやアレクシアに聞いてみたが、こんな広さの結界を張るのは不可能だと言っていた。
しかも魔物を逃がさないように即日だ。
やはりエルフは凄い。規格外という言葉がふさわしい。
「人数と道具を予め用意していればできなくはないけど……それでも一日が限界よ。王都を守っていたような強力な結界は、長い時間をかけて貴重な魔道具も使ってるからできるのよ。間違っても個人でこんなことはできる魔導士はいないわ」
「エルフならではですねぇ」
「ふふん」
褒められて嬉しそうだな。
正直結界で封じ込めた後にそのまま焼き払ってくれれば解決したと思うのだが、やはり森に火を放ちたくなかったのだろう。
ここに至ってようやくといったところだ。
蚊の魔物の群れが纏まって結界に体当たりしてくる。
やつらにとって結界は窮屈に感じているのか。
ドン、と鈍い音が聞こえるが結界はビクともしていない。
何度も何度も繰り返す。
その衝撃でポロポロと死骸が落ちるが気にした様子はない。
不気味な光景だった。
恐ろしい悪意が形になったかのようだ。
一旦離れ、作戦を練るためにコテージに戻ることにした。
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