第621話 土地を汚す魔物
エルザとエヴァリンと共にコテージに戻る。
先程いたはずの木の人形の姿がない。
コテージの中に入るとアズたちも起床していて、毛布などを片付けて待っていてくれた。
「お帰りなさい」
「ただいま。エルザとエヴァリンさんを見つけて戻ってきた。魔物を見に行く前に腹ごしらえをしておこう」
「分かりました。パンとチーズと燻製肉を出しておきますね」
冒険者の定番メニューだ。
とりあえず腹を満たすにはこれで十分。
一応それなりのものを用意しているので美味しく食べられる。
「それがあなたたちの朝食なの?」
「ええ、そうです。保存が効いて食べやすいものとなるとこうなりますから。エヴァリンさんもどうですか?」
「いいえ。私は遠慮しておくわ。食べる物なんていくらでもあるのにわざわざ保存食なんて。自然のものをもっと食べないとダメよ」
重厚な足音が近づいてくる。
これは……木の人形が戻ってきたようだ。
だが扉の前で立ち止まっている。
……開けて欲しいのだろうか。
エヴァリンの方を見ても反応がない。
「アズ、ちょっと見てきてくれ」
「はい」
アズに頼み扉を開けてもらう。
何かあってもアズなら対応できる。
扉を開けると、山ほど両腕に食べ物を抱えた木の人形が佇んでいた。
ジッと扉が開くのを待っていた姿はなんというか、ちょっと可愛い。
初めは不気味で恐ろしいとすら思ったのに、見方が変われば印象も変わるものだな。
扉をくぐって入ってくる。
木の実が零れ落ちるが気にしない。
オルレアンとアズが拾って追いかける。
机の上に抱えて持ってきた食料を全て置く。
山のようなフルーツや木の実だ。
アズとオルレアンが拾ったものをそこに追加する。
「凄い量ですね。一人で食べるんですか?」
エルフは大食いなのだろうか。
見た目からは想像できないが、燃費の問題でそうであってもおかしくない。
「……別に。私はそれほど食べなくても平気。そもそも魔力を生命力に変換できるから」
「なるほど、それは便利ですね。それじゃあこれは一体」
「一応あなたたちは森を抜けて尋ねてくれた客人だし、客人には食事くらいは振る舞うのが人間たちのマナーなんでしょう? エルフは別に礼儀知らずじゃないんだから」
どうやらこの食料はエヴァリンが木の人形に指示して、我々のために用意してくれたようだ。
歓迎する気持ちがあったんだ、と素直に感心してしまった。
「それに魔物に対処するのに協力してくれるみたいだし、これくらいはね」
「ありがとうございます。出先で新鮮なフルーツなんかは食べられると思っていなかったので嬉しいですよ」
「そう。よかったわね。適当に食べたら?」
エヴァリンは熟したブドウを手に取り、早速食べ始めた。
せっかくの好意だ。頂くとしよう。
木の実を一つ手に取り、食べる。
木の実はものによっては渋くて、煮たりあく抜きしないと食べられない。
だがこれは別物だ。
噛むと香ばしい風味が口に広がって、甘みも感じる。
「これ、美味しいですよ」
アズが渡してくれたのは青りんごだった。
熟していないのかと思ったがこれはそういう品種らしく、甘酸っぱい。
ブドウもこれだけで商品になるほどの美味しさだ。
この森はこんなに素晴らしい食べ物が豊富にあるのか。
エヴァリンが気にかけるのも分かる気がする。
もし炭鉱の影響でダメになったとしたら元に戻すのは難しいだろう。
魔物だけではなく、それを危惧したのかもしれない。
しばし舌鼓を打つ。
調理しなくても極上の朝食だった。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「ここならどこにでもあるものよ。動物も魔物も、ここでは分け合って食べてるわ」
「この森が好きなんですね」
「そうね……そうかもしれない」
少しずつこの人のことが分かってきたかもしれない。
最初はもっと理不尽な相手を想像していただけにホッとする。
だが問題はまだ解決していない。
エヴァリンの言う魔物がどういうものかまだ見てすらいないからだ。
それがもし本当に炭鉱に由来するものなら、彼女は決して鉱山を解放しないだろう。
意志の強さというか、頑固さを感じる。
そして敵に回るなら、我々ではかなわない。
今回は素直に諦めるしかない。
そうならないように願うしかない。
山ほどあった食べ物もアズたちにかかれば見事に完食した。
「人間ってたくさん食べるのね。とりあえずあるだけ持ってこさせたけど」
「まあ彼女たちは冒険者なので、よく食べますよ。体が資本ですからね」
「ふぅん」
どうでも良さそうだった。
彼女に限っては会話の裏をいちいち考える意味はなさそうだ。
恐らく素直に言っているだけだろう。
エルフが皆こうだとすれば……素直さは人間関係において必ずしも美徳とは言いづらい。
言わなくてもいいことを言ってきたのだろう。
苦労しそうだなと思った。
「それじゃあ移動するわね。結界のおかげで位置は掴めているわ」
「分かりました。案内をお願いします」
噂の魔物の所へ案内してもらう。
エヴァリンの後ろを歩いてついていく。
透明な羽衣が揺れて、後姿に見入ってしまいそうだ。
しばらく歩くと、明確に空気が変化した。
先ほどまでは清涼な空気だったのに、今はどこか淀んでいる感じがする。
「うぅ、なんだか嫌な感じがします」
「結界の外でこれ、ですか。相当強力な環境を汚染する魔物みたいですね」
「少しだけ腐ったような匂いがする。これ死臭が漏れてんのよ」
アズたちの意見は散々な物だった。
だが同意だ。
結界の奥は土が腐り、有毒そうな煙がひしめいている。
「もしかして結界の中が全部こうなってるの?」
「こうなってるのは少し前までは発生地点だけだった。私も驚いてる。思ったより増殖する速度が早い」
「蚊の魔物、だったわよね?」
アレクシアはエヴァリンに尋ねる。
肯定の相槌があった。
結界の中は一言でいえば死の土地だ。
これが魔物によって引き起こされたとすれば……結界がなければこの森全体もいずれは死んでしまうだろう。
その後は世に放たれて……。
ここでなんとかする必要がある。
「増えてるのならやっぱり炭鉱は関係ないんじゃない? 封鎖してるんだし」
「……そうかもね。奴らが来るわ」
遠くから羽音が聞こえてくる。
近づくにつれそれは大きく、そして大量になる。
まるで騒音のように鳴り響いた。
「なによ、これ」
フィンが空を見上げた。
結界の外は青天だが、結界の中はまるで夜のように真っ暗になっている。
蠢く蚊が空を覆っているのだ。
弱った鹿が結界の外に出ようとフラフラとこっちにくる。
蚊の魔物はそうはさせまいと鹿にまとわりついたと思ったら離れる。
「ひぃ」
オルレアンの悲鳴が聞こえた。
そこにあったのは鹿の死体だった。
無惨に体液を全て吸われてしまい、干からびている。
それだけではない。卵を産み付けられたのか、干からびた肉体から新たに蚊の魔物が湧き出てきた。
そこに残っていたのは骨の欠片くらいだ。
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