第593話 押し付けたわ

 マニはすぐさま正気を取り戻す。


「私にそのような大任はとても……!」

「では誰が適任か申してみるがいい。その者に任せるとしよう」

「それは……」


 マニは誰かの名前を上げようとした。

 だが、すぐに詰まる。


「これは私がただ思い付きで言ったわけではないのよ。いないの、任せるに足る人物が今王国には」

「そのような……ことは」

「軍務卿は名門貴族の家柄だった。そしてその家が長い間軍務卿の地位を独占していたの。するとどうなると思う?」

「有力なポストはほとんど軍務卿の息がかかります」

「そう。実績があったり有能な人間も出世のために軍務卿の下に行く。お前はそうしなかったようだけど」

「私が女だからですよ。どうせ出世しないのだからと色々とたらい回しにされました。何とか結果を出してようやく今の地位にきましたけど」

「だから若いのに顔が広い。実力もあるし現場も知っている。やっぱり適任ね。言っておくけど拒否権はないわ。私は王女で命令すればいいだけだから」


 ティアニス王女は反論しようとするマニの背中を叩き、送り出した。


「これで軍の立て直しはなんとか押し付けられたかな。元々専門外で私には手に負えないし」

「それはそうですが、思い切りましたね。かなり若いのに将軍職だなんて」

「仕方ないわよ。残ってる百騎長は仕事はできても日和見主義でとても任せられない。それならあれくらいやる気がある人間に任せた方がよっぽどいいの」

「やる気は大事ですからね」


 カズサに宿を丸々任せたのも信頼できるのとやる気があったからだ。

 あんまり人のことは言えないかもしれない。


「帝国側には色々知られちゃったわね。明日からいきなり大軍が来たりしないかしら」

「ケルベス皇帝はだまし討ちのようなやり方はしないと思いますが……もしそうなったらどうしますか?」

「アーサルム軍が間に合わないなら白旗を振りましょう。こんな状態で抗えば犠牲になるのは民と兵よ」


 意外な答えだった。

 徹底抗戦するとばかり思っていたのだが。


「言っておくけど太陽神教は話が別よ。あいつらに占拠されたらどうなるか分からない。帝国なら話が通じるから無抵抗ならそう悪い扱いは受けないわ。私と姉さんはともかくね」

「そうならないように祈りましょう」

「そうね。あとここだけの話だから」


 それからティアニス王女の執務室に移動する。

 そこには書類の山に埋もれるユーペ王女がいた。

 どうやらひたすら仕事を押し付けられているらしい。


「どうして私がこんな目に……おかしいわ」

「ユーペ姉さんご苦労さま。ちょっと休んでいいわよ」

「ちょっと!? 朝からずっと働かされてるんだけど!」


 へなへなとソファーにへたり込む。

 いい具合に疲れ切っていた。


「怪我も治って健康になったんだから国の役に立ってくださいね、お姉さま。仕事が終わったら好きにしていいから」

「そんなこと言って、こんな山のような仕事が終わるわけないじゃない……」


 ティアニス王女の顔色がいいのはユーペ王女をこき使って睡眠時間が確保できるようになったからか。

 アナティア嬢もそういえば肌艶がいい。


「ふふ。二人だと色々と厳しかったけど三人ならだいぶ楽ね」

「二人とも絶対私に多く割り振ってるでしょうが」

「ああ、ユーペ姉さんに殺されそうになってとっても怖かったなぁ」


 そう言われてはユーペ王女は黙るしかない。

 ティアニス王女に弱みを見せたのが運のツキだ。

 とはいえいずれはマシな扱いになるだろう。


「そこのお前」

「私ですか?」

「そう。ティアニス王女の腰巾着のあなたよ。ちょっと来なさい」


 外から見るとやっぱりそう見えるのか。

 否定してもしょうがないので言われた通り近くに移動する。


「実はずっと首がかゆいのよね。でも鏡を見る勇気はでないし、お前ならちょうどいいわ。私の首、どうなってるの?」


 ユーペ王女はチョーカーをずらして首の部分を見せる。

 白い肌に続く鎖骨が視界にうつった。

 肝心の首の部分は……とげのような痣がある。

 アズが斬りおとした箇所にそって発生していた。

 おそらく一度首が落ち、それをくっつけて再生したことによる影響だと思う。


 離れた首がくっつくこと自体があり得ないといえばあり得ないのだが。

 見たままを言うことにした。


「首をぐるっと一周した痣がありますね。痒いのはそれが影響かと」

「嘘……」


 ユーペ王女が首の痣へと指をそっと這わせた。


「うぅ、たしかに何かある。私の完璧な体が」

「あの状態から命が助かっただけ上等だと思いますが」

「分かってるわよ、うるさいわね。だからこうして大人しく仕事してるのに。ティアニスに仕えてるだけあって一言多いわよ」


 ユーペ王女はチョーカーを戻して不機嫌そうにソファーに横になった。

 不貞寝するつもりだ。


「仕事は楽になった。帝国は相手の出方を待つしかない。さて、今のうちに延期になった世話係でも雇おうかしら」

「そういえばそうでしたね。色々あってうちのアズたちが手伝ってやりくりしてましたが、ようやくですか」

「悪かったわよ。その分給料は払うから」

「毎度ありがとうございます」

「でもどうしようかしら。結局どう雇うかすら決まってないのに」

「でしたら、改めて配給広場に行きませんか? 今なら十分な食事が配られているでしょうし」

「そうしようかしら。もちろんユーペ姉さんも行くわよね」

「私は寝てたいんだけど」

「誰の食事を奪っていたのかその目で見なさい!」


 渋々ユーペ王女は立ち上がる。

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